青木が父親の仕事の関係で、ゴールデンウィーク明けに突然引っ越すことになった。

「え? 突然過ぎ!」
「青木行くなよ~」
「寂しくなる~」

 クラスに衝撃が走った。

 あたしは天と地がひっくり返るような、頭を殴られたようなショックをうけた。

 嘘!

 「見ない」のと「見られない」のは全く違う。
 見なくてもいつのまにか感じとれるようになっていた青木の気配。笑い声。それらも全く感じられなくなるのだ。

 青木と会えなくなる。青木の存在を感じられなくなる。

 大袈裟でなく、世界が、変わる……。

 あたしの、名前さえ分からない淡い想いは、青木の転校で、昇華されることなく胸の奥隅に抜けない棘のように残った。



 青木とよく一緒にいた男子たちは、青木がいなくなって、しばらく居場所を失ったかのようにうろうろとしていた。けれど時間というのは残酷なもので、そのような彼らの姿ももう見られなくなった。

 青木がいない時間は当たり前のように過ぎていき、違和感は日常の中に溶けて消えた。

 時というものは全てを流しさってしまう。

 留めておこうという意思がなければ人の脳は段々過去の記憶を手放し、代わりに新しい情報で埋まっていく。

 そんなの寂しい。これからもあたしだけは青木のことを覚えていたい。そう思うけれど、あたしが覚えている青木はもう過去の青木だ。あたしは、今青木がどうしてるか全く分からない。自分の知らない青木が、毎日増えていくのはなんだか怖かった。

 唯一の救いは、青木と連絡をとっている男子から、青木の話題がたまにあがることだ。
 転校先でも青木は元気なようだ。向こうでも青木はクラスメイトに囲まれて笑ってるんだろうと想像するとき、教室にはちょっと幸せな明るい空気が漂う。その瞬間があたしにはたまらなく愛しく、そして切ないのだった。


 青木、今日も笑ってるよね?


 よく晴れた青い空は、あたしの中で青木を思い出す鍵になっていた。輝く空を見るとあの眩しい青木の笑顔を思い出す。

 少し幸せな、それでいて切ない気持ちが胸に広がる。

「頑張ろ」

 あたしは空を見て自分を励まし、今日も部室への足を速めた。


***


 中体連のバーは125センチから。
 あたしの身長は158センチで、最高記録は136センチだ。身長からすると、もう少し跳べるはずだ。

 練習はきついけれど、自分のペースで自分の限界に挑むのは悪くない。
 何よりバーを越えるときの一瞬が気に入っていた。

 浮遊感とともに視界が空だけに支配される一瞬。えもいわれぬ快感。それはわずかコンマ何秒か。次に訪れるのはマット上に落ちる衝撃。空が一瞬で遠のいて、世界が一瞬どこかへ飛んでいってしまうような感覚。

 初めてバーを落とさずに跳べたとき、あたしはぞくぞくと鳥肌が立ったのを覚えている。
 今までのどの遊びよりドキドキして、気持ちよかった。
 あたしはその感覚に酔ったように跳び続ける。

 部活時のバーを飛ぶ瞬間だけ、あたしは青木のことを忘れるのだった。