ーー青木! 本当にどこにもいないの? 死んでしまったの?
嫌だよ。青木。死んだなんて嘘だよ! なんであんなにいいやつがこんなに早く死ぬんだよ!
青木!!ーー
俺は思い出していた。自分が、立野の部屋に幽霊になって現れた理由。
自分を強く呼ぶ声が聞こえたんだ。悲しみの絶叫。あまりに可哀想で、ほうっておけなくて、だから来てしまった。
そして、今、自分の役割が終わろうとしているのも分かる。
自分がどこにも属せないことに戸惑いと苛立ちを感じていた少女、立野。
女性でありながら、そのことを受け入れられず、自分の「好き」という感情さえ否定し続けてきた立野。
だから、時を止めたいと、一心に跳び続けていた立野。
そんな彼女を助けるために、俺はここに来たのに違いない。死んでも生きてもない、どこにも属せてない幽霊として。男にも女にも属せてない立野の気持ちが分かる者として。
「蒼。俺は蒼が好きだ。異性として好きだよ」
俺は立野の目をしっかり見つめて、想いをちゃんと告げた。
立野は赤い顔のまま俺を凝視している。
「青木、あたしのこと、ほんとに好きなの?」
「ああ。好きだ。大好きだ」
俺は立野の手をぎゅっと握る。熱くて細くて柔らかい立野の手の感触。
成仏したらこの想いも、立野の手の感触も、忘れてしまうのかな。
「ど、どこが? どうしてあたしなんか」
「さっき言ったじゃないか。もうどこがとか、そういうのを超えてるんだ。蒼にだけ俺の心が動くんだよ」
「心が動く……」
立野はそう呟いて、考え込むような顔をした。
「それは、分かる。分かるよ。あたしも青木にだけ心がどうしようもなく反応する。これが、「好き」?」
「俺はそうだと思ってる」
立野は憑きものがとれたような顔になった。やっと納得したのかな。
俺は立野の頭を不器用に撫でた。
「なあ、蒼。変化は悪いことではない。生きているからこそ起こることなんだよ。もう、俺には起こらないけど、蒼は日々、女として、人間として変化していってるんだ。それは恐れることじゃない。そして。好きという感情は、決して軽いものでも汚いものでもなく、むしろ単純だからこそ、尊く美しいものだと俺は思う。恥ずかしいものなんかじゃない。……もう、自分を許してあげなよ」
「許す……」
俺の言葉を立野は反芻するように何度か頷いた。そして、決意したように、俺を見た。
月明かりに照らされたその瞳は、澄んで美しかった。
「青木。あたしも。あたしも青木が好きだよ。大好きだよ! 認める。あたしは、青木が特別で、世界で一番好きなの」
立野は言って、どこかほっとしたような顔をした。ようやく言えた。そんな顔だった。
「嬉しいよ、蒼。両想いってやつだな」
俺は笑って言った。
ああ、俺の役目が終わる。
俺は自分の存在が、段々希薄になっていってるのを感じていた。本当にこれで最期なんだな。俺は、成仏するんだ。
悲しいことだけれど、立野の清々しい顔が見られて本当に良かった。
立野は何かを予感したのか、不安な顔で俺を見つめてきた。
「でもさ、さっきから青木青木って、澄広って呼んでくれって言ったのに」
俺は苦笑して言った。
「澄、広? これからいくらでも呼ぶよ! でも、なんか、澄広、透けてきてる……!」
「ああ。時間らしい。俺はもともと現世にいてはならない人間なんだ。そんな顔をしないでくれ。心が痛む」
立野は涙をぼろぼろこぼしながらぶんぶんと頭を振り、そして、泣き笑いを浮かべた。
「そう、だよね。澄広もきつかったんだよね。幽霊で、五感も失って、時間も失って、居場所もないのに、成仏できない。苦しかったよね」
「ああ。だから、蒼の苦しさが分かったんだよ」
うんうん、と立野は涙をこぼしながら頷いた。
「澄広ともう会えなくなるのは、あたし、寂しいし、悲しいし、苦しいよ。まだまだ澄広を知りたかったし、一緒に跳びたかった。もっといろんなことしたかった」
蒼は嗚咽を我慢するように、顔を隠した。
「蒼……。俺もだよ。俺ももっとも蒼のそばにいたかったし、いろんなことを二人でしたかった。死んだことに後悔なんてしなかったのに、今は現世を離れるのがとても辛いよ。こんな、損な役目なら……」
俺は言おうとして、頭を軽く振った。
「いや。損なんかじゃないや。やっぱり蒼のもとで一緒に過ごせて、よかったと思えるよ。蒼。不安定な存在だからこそ、不安定な蒼を救えた。そして、生まれて初めて恋することができた。幽霊になってできるなんて思わなかったよ。俺は満足だ」
俺は笑顔で言った。
「うん。わかってる。澄広はあたしを救ってくれた。澄広は、いつまでも幽霊でいちゃいけない。分かってる。分かってるんだけど、あたし、澄広と離れ離れになるのが、辛い。一緒に、いたいよう!」
立野は頭ではわかってるけれど、心が追いつかないようだった。それでも、泣きながらも、一生懸命笑顔を作っていた。
ああ、最後に見る笑顔は、心からの笑顔が良かったけど、でも、それだけ俺のことを想ってくれてるからなんだよな。
「蒼! 俺も。俺も蒼といたいよ? でも、蒼だって本当は分かってるんだよな? もう俺はすでに死んだ人間なんだ。幽霊という状態は自然の摂理に反している。人はいつかは死ぬ。蒼もそうだよ。でも、だからこそ、人の生き様は美しいんじゃないか? 俺はたまたま人生が短かった。でも、悔いなど微塵もないよ。誰よりも、蒼は分かるだろ? ハイジャンは短い時間に全てをかけるよな? 俺の人生もそんなものだった。でも、いい景色が見られたと思っているよ。だから、悲しまないでくれ。俺は幸せだった。蒼はまだ生きていて、これから未来が広がっているのだから。時間を止めるために跳ぶのではなく、未来のために跳んでおくれよ」
ああ。もう体が……。
そんな俺の変化に、立野はついに笑顔を消した。泣きじゃくる。
「そんな……! いや! いや! あたし、ちゃんと送り出してあげたいのに! 澄広の力になりたいって、成仏させてあげたいって、思ってたんだよ?! それでも、やっぱり、いやだよ!! 一緒にいたいよ!」
涙でぐしゃぐしゃの立野が俺に手を伸ばす。その手は俺をすり抜けるだけだ。
そんな顔するなよ。
神様。あと少しだけ時間をください。
俺は透けて空気に溶け込もうとしている指を立野の顎にかけた。
そして、呆然とする立野の唇に口付けた。柔らかくて熱い立野の唇の感触。
はは。ファーストキスってしょっぱいや。
「蒼。ちゃんと生きてくれ。約束だぞ。俺、空から見てるからな。じゃあな」
嫌だよ。青木。死んだなんて嘘だよ! なんであんなにいいやつがこんなに早く死ぬんだよ!
青木!!ーー
俺は思い出していた。自分が、立野の部屋に幽霊になって現れた理由。
自分を強く呼ぶ声が聞こえたんだ。悲しみの絶叫。あまりに可哀想で、ほうっておけなくて、だから来てしまった。
そして、今、自分の役割が終わろうとしているのも分かる。
自分がどこにも属せないことに戸惑いと苛立ちを感じていた少女、立野。
女性でありながら、そのことを受け入れられず、自分の「好き」という感情さえ否定し続けてきた立野。
だから、時を止めたいと、一心に跳び続けていた立野。
そんな彼女を助けるために、俺はここに来たのに違いない。死んでも生きてもない、どこにも属せてない幽霊として。男にも女にも属せてない立野の気持ちが分かる者として。
「蒼。俺は蒼が好きだ。異性として好きだよ」
俺は立野の目をしっかり見つめて、想いをちゃんと告げた。
立野は赤い顔のまま俺を凝視している。
「青木、あたしのこと、ほんとに好きなの?」
「ああ。好きだ。大好きだ」
俺は立野の手をぎゅっと握る。熱くて細くて柔らかい立野の手の感触。
成仏したらこの想いも、立野の手の感触も、忘れてしまうのかな。
「ど、どこが? どうしてあたしなんか」
「さっき言ったじゃないか。もうどこがとか、そういうのを超えてるんだ。蒼にだけ俺の心が動くんだよ」
「心が動く……」
立野はそう呟いて、考え込むような顔をした。
「それは、分かる。分かるよ。あたしも青木にだけ心がどうしようもなく反応する。これが、「好き」?」
「俺はそうだと思ってる」
立野は憑きものがとれたような顔になった。やっと納得したのかな。
俺は立野の頭を不器用に撫でた。
「なあ、蒼。変化は悪いことではない。生きているからこそ起こることなんだよ。もう、俺には起こらないけど、蒼は日々、女として、人間として変化していってるんだ。それは恐れることじゃない。そして。好きという感情は、決して軽いものでも汚いものでもなく、むしろ単純だからこそ、尊く美しいものだと俺は思う。恥ずかしいものなんかじゃない。……もう、自分を許してあげなよ」
「許す……」
俺の言葉を立野は反芻するように何度か頷いた。そして、決意したように、俺を見た。
月明かりに照らされたその瞳は、澄んで美しかった。
「青木。あたしも。あたしも青木が好きだよ。大好きだよ! 認める。あたしは、青木が特別で、世界で一番好きなの」
立野は言って、どこかほっとしたような顔をした。ようやく言えた。そんな顔だった。
「嬉しいよ、蒼。両想いってやつだな」
俺は笑って言った。
ああ、俺の役目が終わる。
俺は自分の存在が、段々希薄になっていってるのを感じていた。本当にこれで最期なんだな。俺は、成仏するんだ。
悲しいことだけれど、立野の清々しい顔が見られて本当に良かった。
立野は何かを予感したのか、不安な顔で俺を見つめてきた。
「でもさ、さっきから青木青木って、澄広って呼んでくれって言ったのに」
俺は苦笑して言った。
「澄、広? これからいくらでも呼ぶよ! でも、なんか、澄広、透けてきてる……!」
「ああ。時間らしい。俺はもともと現世にいてはならない人間なんだ。そんな顔をしないでくれ。心が痛む」
立野は涙をぼろぼろこぼしながらぶんぶんと頭を振り、そして、泣き笑いを浮かべた。
「そう、だよね。澄広もきつかったんだよね。幽霊で、五感も失って、時間も失って、居場所もないのに、成仏できない。苦しかったよね」
「ああ。だから、蒼の苦しさが分かったんだよ」
うんうん、と立野は涙をこぼしながら頷いた。
「澄広ともう会えなくなるのは、あたし、寂しいし、悲しいし、苦しいよ。まだまだ澄広を知りたかったし、一緒に跳びたかった。もっといろんなことしたかった」
蒼は嗚咽を我慢するように、顔を隠した。
「蒼……。俺もだよ。俺ももっとも蒼のそばにいたかったし、いろんなことを二人でしたかった。死んだことに後悔なんてしなかったのに、今は現世を離れるのがとても辛いよ。こんな、損な役目なら……」
俺は言おうとして、頭を軽く振った。
「いや。損なんかじゃないや。やっぱり蒼のもとで一緒に過ごせて、よかったと思えるよ。蒼。不安定な存在だからこそ、不安定な蒼を救えた。そして、生まれて初めて恋することができた。幽霊になってできるなんて思わなかったよ。俺は満足だ」
俺は笑顔で言った。
「うん。わかってる。澄広はあたしを救ってくれた。澄広は、いつまでも幽霊でいちゃいけない。分かってる。分かってるんだけど、あたし、澄広と離れ離れになるのが、辛い。一緒に、いたいよう!」
立野は頭ではわかってるけれど、心が追いつかないようだった。それでも、泣きながらも、一生懸命笑顔を作っていた。
ああ、最後に見る笑顔は、心からの笑顔が良かったけど、でも、それだけ俺のことを想ってくれてるからなんだよな。
「蒼! 俺も。俺も蒼といたいよ? でも、蒼だって本当は分かってるんだよな? もう俺はすでに死んだ人間なんだ。幽霊という状態は自然の摂理に反している。人はいつかは死ぬ。蒼もそうだよ。でも、だからこそ、人の生き様は美しいんじゃないか? 俺はたまたま人生が短かった。でも、悔いなど微塵もないよ。誰よりも、蒼は分かるだろ? ハイジャンは短い時間に全てをかけるよな? 俺の人生もそんなものだった。でも、いい景色が見られたと思っているよ。だから、悲しまないでくれ。俺は幸せだった。蒼はまだ生きていて、これから未来が広がっているのだから。時間を止めるために跳ぶのではなく、未来のために跳んでおくれよ」
ああ。もう体が……。
そんな俺の変化に、立野はついに笑顔を消した。泣きじゃくる。
「そんな……! いや! いや! あたし、ちゃんと送り出してあげたいのに! 澄広の力になりたいって、成仏させてあげたいって、思ってたんだよ?! それでも、やっぱり、いやだよ!! 一緒にいたいよ!」
涙でぐしゃぐしゃの立野が俺に手を伸ばす。その手は俺をすり抜けるだけだ。
そんな顔するなよ。
神様。あと少しだけ時間をください。
俺は透けて空気に溶け込もうとしている指を立野の顎にかけた。
そして、呆然とする立野の唇に口付けた。柔らかくて熱い立野の唇の感触。
はは。ファーストキスってしょっぱいや。
「蒼。ちゃんと生きてくれ。約束だぞ。俺、空から見てるからな。じゃあな」