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 ハイジャンの練習のとき。
 隣のハンドボールのコートからボールが転がってきて、あたしはそれを拾い上げた。
 ボールを取りに来たのは青木だった。 

「拾ってくれてありがとう!」

 青木はあたしに向かって笑顔を見せた。

 初めてあたしだけに向けられた笑顔は、もう眩しいどころではなくて、あたしは全身が心臓になったみたいな感覚がした。

 青木の笑顔、やっぱり最高だ!


 青木の素直な性格や笑顔に惹かれたのはあたしだけではなかった。同学年の女子の口から青木の名前を聞く機会が増えていった。そのたびにあたしの心はどうしようもなくざわめいた。

 青木の名前を軽々しく呼ばないで。

 そう思ったとき、自分勝手過ぎる思いに愕然とした。

 こんなこと、初めてだ。

 あたしの青木への想いは、同学年の彼女たちのものとは違う。違うんだから。

 それなのに、どんどん青木への執着は増していく。あの眩しい笑顔を独り占めしたいと思う自分がいる。
 青木があたしだけに微笑んでくれることなんて、そうあるはずないないのに。
 分かってるのに、ボールを拾ったときの青木の笑顔が忘れられないんだ。あの笑顔を思い出すと、胸がきゅうっと締め付けられるように痛むんだ。

 これは、なに?

 そんなとき、クラスのそんなに仲のよくない女子から言われた。

「立野さんて、青木君のこと好きでしょ? 見てるよね?」
「そんなんじゃ、ない!」

 私は叫んで部室への道を急いだ。動揺していた。

 あたしはなんだか怖くなって、青木を目で追うのをやめた。けれど見ないようにすればするほど青木の眩しい笑顔に対する執着は強くなる一方だった。

 こんな苦しい気持ち、知らない。

 あたしにとって青木は、同い年の女子たちの言うような「好きな人」なの?

 確かに青木を「仲間」とは思えない。
 でも「好き」なんて言葉で表せるような単純な想いじゃないんだ。もっと崇高な、綺麗な、かけがえのない気持ち。

 そうだよね?

 だってあたしは、青木の彼女になりたいなんてことは思っていない。
 それなのにやっぱり笑顔は独り占めしたい。

 矛盾している。あたしはなんだか変だ。