「蒼!」

 部活も終わり、立野が片づけをしているときに、一人の男子が声をかけてきた。

 立野を名前で呼んでいる男子に、俺は明らかに嫉妬を覚えた。

 こいつは立野のなんなんだ?

 立野は、その男子が誰か、分からないようだった。

 そんな立野に彼は、「高倉 久」と名乗った。次の瞬間立野の口調が変わった。まるで男子のような口調に。

 俺は、そんな二人のやり取りを、ただ黙って見ていたのだが、立野の表情が変わっていくのに気づいた。

「今は空に何見てんだ?」という高倉の言葉あたりからだ。

 それが何を意味するのか、俺にはさっぱり分からない。だが。

 立野の好きなやつ?

 高倉の口から出てきた言葉に、どきりとした。

 立野に好きな人がいるのか? なんでこいつは知ってるんだ? 立野はいないと以前から言っていたのに。

 知りたいような、知りたくないような。

 とにかく気になり、動揺した。が。

 立野を見ると、俺以上に動揺しているようだった。なんだろう。殺気のようなものが、立野からゆらめいているのが感じられた。



「それ以上言うな」


 立野が発したその言葉は、今まで聞いたことのないような低い声だった。

 どうしたというのだろう。なんでここまで立野は怒っているのだろう。

 俺にはまるで分からない。

「違う。あたしの想いはそんな単純で軽いもんじゃない! そんなちゃらちゃらしたものなんかじゃない! 女だったって何?! あたしは小学生のころと変わってなんかいない! 変わったのはお前たちじゃないか!」

 立野?

 あたしの想い、とはナンダロウ? 

 どうして、立野はこんなにも怒っているのだろう?

 そんな立野を無視して、高倉は言葉を紡ぐ。そのとき。

「やっ、やめて!!」

 今度は、ヒステリックな立野の高い声。

 そして見ている俺までもがつらくなるような立野の表情。

 俺が幽霊じゃなかったら、高倉を制していたところだ。

 立野は言った。

「黙れ! 黙れ!! 二度と言うな! あたしに好きな人などいない。なぜ、昔のように扱ってくれない? 久。昔はよく一緒に遊んだのに。昔は女扱いしなかったのに。急にやめろよ。気持ち悪い。みんな変だよ! 不愉快だ。あたしは帰る。じゃあな」

 立野を呼ぶ高倉の声を無視して、立野は走り出した。

 俺はあわててついていく。
 立野の横にはいるけれど、声をかけることができない。

 先ほどの立野の顔は、女の顔だった。

 瞳に怒りを孕ませて、叫んでいた立野を見て、俺はそう感じた。

 立野……。なにが立野をこんなにさせたんだ? 高倉ってやつの言葉になにがあるんだ?

 横で走っている立野を見て、俺ははっとした。

 立野は泣いていた。

 そんな立野をどうにか慰めてやりたい。そう思うけれど、声をかけられなかった。

 立野は苦しんでいる。追い詰められている。

 俺にはそれがなぜなのか、分かるようで分からない。

 自分は無力だと、俺はこのとき思った。

 そして、立野の力になりたい、立野を助けるのは俺でありたい、と心底思った。