トスッ。

 マットに背をあずけて立野は笑顔になっている。

 いつもと変わらない部活の時間。

 立野は笑うと幼くなる。
 可愛い。立野は笑っていたほうが絶対いい。

 できれば俺が立野を笑わせられたらいいのに。
 俺だけのために笑ってくれたらいいのに。

「立野?」

 なかなか立ち上がらない立野を見ると、立野はマットの上から空を見上げていた。

「なんか、安心する。空に支配されているときは、時間に支配されてない気がするから」

 ふと出された立野の言葉に、俺は違和感を覚えた。

 時間に支配されてない?

「時の流れは早すぎてあたしにはついていけない。変わらなくていいものまで変わっていくんだもん。あたしはどうすればいいか分からなくなる」

 立野はきつそうに言った。



 俺が跳ぶときに感じていることと、立野が感じていることには微妙な差があると、俺はこのとき感じた。
 空に支配される快感を立野も俺も知っている。でも立野はそれだけじゃないんだ。


 それはなにか重要なことのような気がした。


 時間に支配されていないということは、なにを意味するのか。

 立野はもしかして時間を止めるために跳んでいるのか?

 まさかね。

 それはあってはならないあり方だと俺は感じた。

 時間を止める。

 それは生きていることを否定することではないのだろうか。

 生きている立野と死んでいる俺。時間が進んでいる立野と止まっている俺。

 なんだろう。分からない。けれどとても重要なことの気がする。

 もしかしたら、俺が立野の前に現れた理由の鍵がそこにあるのかもしれない。