「立野、やっとブラつけたんだ」

 部活後、部室で着替えていると早田に言われて、あたしはとっさに胸を隠した。

「なにその反応。つけてないほうがよっぽど恥ずかしいんだよ?」

 早田が呆れたように言った。

「え?」
「こないだの雨の日、立野の胸透けて丸見えだったもん。見てるこっちが恥ずかしかった。立野は分かってないみたいだけど、ああいうの男子が見たら、変な気起こすことだってあるんだから。立野は無防備すぎだよ」

 無防備……。青木の言葉を思い出した。

 早田とは広田先輩のことで気まずかったのに、こんなこと言ってくるなんて。また、責められているのだろうか?

「べつに、あたしの胸なんか見ても」
「そんなことないない。立野は自分が思ってるより可愛いんだから。特に広田先輩が見たら、大変だったよね〜、きっと」

 横から大塚がからかうように言ったのを、早田が制する。

「大塚! もう! 真面目な話、本当危ないんだからさ。うちらって思春期真っ只中なんだし、男子も女子もお互いに違うところ気にしてる。特に男子は単純だから、むらむら〜ってなりやすいらしいよ? ……ブラのこと、ほんとはもっと早くに指摘したかったけど、同じ女子でもなんか言いづらくて。自分で気づいてよかった」

 早田はつっけんどんな言い方をしたけど、心配してくれていたのが伝わってきて、なんだかくすぐったい気がした。よくわからない内容もあるけど、早田はきっと、自分のことをちゃんと女子って受け入れてるし、男子とは違うって感じてるんだろうな。同い年のはずの早田が、なんだか一瞬、大人に見えた。

「あ、ありがと」

 あたしは早口に言った。なんだか照れくさい。

 青木が怒ってジャージを着るように言ってきたのを思い出す。

 もしかして、青木も早田のように心配してくれたの?

 女子でも言いづらいことなら、青木はどんな気持ちで言ったのだろう。どんなに恥ずかしかっただろう。

 あたしはなんだか複雑な気持ちになって、心で青木に謝った。

「べ、別に」

 早田も遅れてあたしに早口で返してきた。

「こらこら、早田! 今がチャンスでしょ?」

 大塚が早田を突いている。
 あたしは意味が分からず二人を見た。

「わ、わかってるって! 大塚に言われなくったって、言おうと思ってたんだから。立野」

 早田がやや頬を赤くしてあたしを見た。

「な、なに?」
「あの、中体連のあと、ごめん」
「え?」

 予想外の言葉にあたしは目を見開いた。

「私、私ね。広田先輩のこと、ほんとはかっこいいなって思ってたんだ。す、好きだったんだ。でも、だからって立野に当たるのは筋違いだったってのも分かってる。でも、あのとき、どうしても感情止められなくて。立野にあんな言い方して、そのあと空気悪くなって。ずっと謝りたかった。ごめん」
「……」

 あたしは。

 なに、これ。
 早田、広田先輩のこと……。

 地面が揺らぐ感じがした。

 あのとき、あたしが言い返したことは。もっと酷いことじゃなかった?

 あたし。

「べ、別に。気にしてない」

 そうじゃなくて。そんな言葉じゃなくて。違う言葉があるでしょう?

 あたしは早田の気持ちを理解しようとしたの?

 女子の想いは軽いなんて失礼なことをオモッテタノハ。

「早田、あたしもごめん」

 あたしの口からかろうじて出たのはそんな言葉だけだった。

 早田はそんなあたしに照れたように笑った。

 ズキ。罪悪感に胸が痛んだ。

「よかったね〜。これで仲直り。あ。それから、立野。これ、西月先輩が立野にってさ」

 あたしは、本当はもっと早田の気持ちについて考えなければならないのに、大塚にせがまれて紙袋を開けた。

『ブラ記念にあげる!』

 と書かれたメモ紙に覗き込んでいた周りの女子部員が爆笑した。

「西月先輩って部活のとき厳しいけど、立野のこと本当好きだよね」

 あたしは反応に困った。可愛がられてるのは分かってるし嬉しい。西月先輩は修学旅行のあとも教室までお土産を持ってきたことがあった。ただ、それは恋愛成就のお守りで、あたしは「意味不明!」と青木に見られないよう、机の奥にしまい込んだのだった。チョイスがなあと思う。

「肝心の中身はなに?」

 女子部員たちによってたかられて、あたしは目を白黒させた。

「あ、『真珠の涙』だ! これ泣けるよね〜」

 覗き込んだ大塚が、紙袋の中の小説のタイトルを見て言った。

「知ってるの?」

 あたしが訊くと、

「そうかあ、立野読んだことないんだ〜。まあ、そうだよね〜。立野だもんね〜」

 としたり顔をされてあたしはなんだか面白くなかった。

 なんだというんだ。

「あたし帰る。お疲れ!」

 紙袋をバッグに入れると、あたしは部室を出た。

「ちゃんと読むんだよ〜」

 揶揄するような声と笑い声が部室から聞こえてきてあたしはますます憮然とした。

 なんだか面白くない。女子ってやっぱり苦手だ。

 でも、あたし、なにか大きな勘違いをしてない?

 早田の顔が浮かぶ。

 あたし……。


***


 帰宅後、夕飯を食べて、あたしは紙袋から小説を取り出した。
 女らしいピンク色の表紙にたじろぐ。

「なにそれ?」

 青木が上から覗いてきた。

「あ、あたしの趣味じゃないんだからね! 西月先輩がくれたの」 
「ふーん?」

 あたしは気を取り直してリビングのソファーに寝そべり、小説を開いた。

「!」

 パタン!

 数行読んであたしは本を閉じた。

「立野? 顔赤いけど大丈夫?」

 青木の言葉に、

「な、なんでもない!」

 と返すと、あたしは小説を元の紙袋に入れ直した。

 なにこれ! 

 キスシーンから始まっていた小説にあたしは動揺を隠せない。

 みんなこんなの読んでるの?!

 泣けるってみんな言ってた。偏見はよくない。そうは思っても、再び本を開く気にはなれなかった。 

 唇と唇が触れ合うのを想像すると、なんだか気持ちが悪くなった。

 好きならできるの?! 付き合ってたらするの?! じゃあ、西月先輩はもう、してるのかな……。

「立野、体調悪いなら早く寝たほうがいいんじゃないか?」

 青木が言いながらあたしの額に自分の額をこつんとつけた。ひんやりとした青木の額。

「な?!」

 青木の唇がすぐそばにある。あたしはあわてて青木から身を離した。あたしを見る青木の顔が、みるみる赤くなっていく。青木は、

「あ、わ、悪い。その、熱があるんじゃないかと思って……。考えなしだった。ごめん」

 と言った。

 あたしは、ますます恥ずかしくなって、

「お、おやすみ!」

 とだけ言うと、スクールバッグに紙袋を押し込んで、逃げるように自分の部屋へと駆け上がった。

 青木に他意はない! あたしが意識しすぎてるんだ! それもこんな小説のせいだ! 西月先輩のバカ!

 そう思うのに、近くで見た青木の唇が脳裏にチラつく。

 青木となら気持ち悪くないんだろうか?

 そう考えて、あたしは布団をガバリとかぶった。

 心臓がうるさい。
 こんなのあたしらしくない。

 その夜あたしはなかなか寝付けなかった。