「青木、青木? 青木!」

 あれ? 前にも確かこんなふうに強く呼ばれたような……。

「大丈夫?! どうかしたの?!」

 我に返ると、立野の少し不安そうな顔があった。

「あ、ごめん。俺は大丈夫だけど」

 俺の返事に、立野はほっと胸を撫で下ろした。

「もしかして消えちゃうんじゃないかと思った。何か考え事?」
「えっと、いや、まあ、うん」

 立野のことを考えていたなんて答えられない俺は、言葉を濁した。

「青木、一緒に跳んでみたいって言ってたじゃん。今からやってみない?」
「え? ああ! うん! 跳ぶ! どうやったらいいかな。立野についてけばいいのかな」

 立野と一緒に跳ぶ。途端に胸がドキドキしてきた。

 立野が、毎日もっとも情熱を注いでいるハイジャン。

 俺も、立野と同じ思いを味わえるんだろうか。

「毎日毎日跳んでるところは見てたでしょ? それっぽく跳んでみなよ」
「そ、そうか。わかった」

 自信はないけれどそうしてみるしかない。

「じゃ、行くよ?」
「ああ、ついてく」

 助走をするときに一度リズムをつけるように、地面を蹴る立野の癖。そして、半円を描くように助走をして。立野と同じ動きで、バーに近寄る。

 うわっ。バーってこんなに高いのか?

 バーを直前に少したじろぐ。が、立野はこれを跳ぶんだ。
 立野に倣って左足で跳躍する。肩がバーに当たらないように。そして背中をそらして。一緒に跳ぶ!

 いつもより立野に近いからなのか。感覚が鋭敏になっている。


 視界には、一面の空。


 空! 


 眩しい、と感じた次の瞬間、急速に空が離れていく。
 トサッという音を聞いた。隣にはマットに横たわる立野の笑顔。

「跳べたね。どうだった?」
「空」

 即答。
 他に答えようがなかった。

 視界が全て空になる。これを、空に支配されると立野は言っていたのか。

「あたしの感覚、少しは解った?」
「ああ。なんか、全てが飛んでってしまって、空だけになった」
「そう。そんな感じ」

 立野が満足げに頷いた。

 なんだろう、この感じは。想像をしていた以上に、気分のいいものだった。

「な、もう一回」
「気の済むまでどうぞ」

 にっこりという表現が最もあうように笑って、立野はもう一度助走の位置まで戻っていった。 

 こんな立野の顔は初めてだ。

 それに、こんなに立野と近づいたのも。

 マットに落ちたときの、立野を思い出す。立野の息は上がっていて、熱かった。首すじには汗が光っていた。

 空にドキドキしているのか、立野にドキドキしているのか。
 自分では分からなかった。ただとにかく一緒に跳びたいと思って、俺は立野のもとへ戻った。