「ねえねえ、浅野君さ、髪切ってたよね」
「うん。なんかかっこよくなったよねー!」
「やっぱり? 私も思った!」
男子のことを話す女子たちの高く華やいだ声を聞いて、あたし立野 蒼はむず痒いような気持ち悪さに、ふるふると頭を振った。
中学生になってからなんとなく周りが変化した気がする。制服で男女の違いがはっきりしてしまったからなのだろうか。特に女子は女らしさが格段に増した。
色付きリップをつけているのか、明るいピンク色の唇。形を整えているのだろう奇麗な眉。寝ぐせなんてついていないさらさらな髪。彼女たちが去った後に香ってきたシャンプーの甘くて人工的な臭いにあたしはすんと鼻を鳴らした。
ううん。なんだかやっぱりむず痒い!
同学年なのに周りの女子たちが、得体の知れないものに変わっていくような変な感覚が、あたしの心をざわざわさせる。
思わずくんくんと自分の臭いをかいで、あたしはほっと息を吐いた。
あたしからはしないや。
自分は彼女たちとは違うと思いたいし、実際違うと思う。
それはあたしを安心もさせるし、それでいてなんだか置いてけぼりを食らったような気にもさせる。そのせいか、クラスの女子の中であたしはなんだか浮いていて、まだ仲の良い友達もできていない。
あたしはどうなりたいのかな。
分からない。けれどなんだか居心地悪い。
***
あたしは時々うとうとしながら授業を受けて、終業を告げる鐘を待った。
鐘の音を聞くと同時に勉強道具を鞄に詰め込んで、教室を出る。ダッシュして向かう先は、陸上部の部室だ!
あたしの種目は走高跳だ。一か月後の七月には中体連がある。ハイジャン種目の選手がうちの陸上部は少ないので、一年生のあたしが出られる可能性も十分ある。
夕陽が沈むまでグラウンドを走り、自分の背丈に近い棒バーを跳び続ける毎日。
やらなきゃいけないことはたくさんあって、そのどれもが待ってくれない。だからくだらないことに時間を割いてなんかいられない。
そう思っていた。
同い年の女子たちのように、自分の見た目に気を配ったり、色恋に現をぬかすなど、無駄なことだと。あたしは浮ついた気持ちで男子を見るなんてしないと。
そう思っていた。
それなのに。
青い空を見ると、青木を思い出してしまうのはなぜなのだろう。
あたしは猫のように目を細めて、夕方へと歩んでいく空を眺めた。
眩しい。空は眩しい。そして、ああ、そうか。
青木はあたしにとって眩しい存在だったからか。
「青木、元気でやってるかな……」
空を見上げてあたしは呟いた。
梅雨の合間の晴れ日はなおさら青空が愛しい。途端にきゅうと胸に寂しさを覚えて、それを振り払うかのようにぶんぶんと頭を振った。
――この気持ちを何と呼ぶのかあたしは知らない。
少なくとも青木――青木澄広のことを単にかっこいいなんて軽い気持ちでは見ていなかったと思う。
あたしの中で青木は他の男子とは違う。最近よく耳にする、「好き」なんて言葉だけで片付けたくない。
特別? 別格? 唯一無二?
言葉にするのは難しい。
でもあたしにとって青木澄広は、気になるとても大切な存在には違いなかった。
「うん。なんかかっこよくなったよねー!」
「やっぱり? 私も思った!」
男子のことを話す女子たちの高く華やいだ声を聞いて、あたし立野 蒼はむず痒いような気持ち悪さに、ふるふると頭を振った。
中学生になってからなんとなく周りが変化した気がする。制服で男女の違いがはっきりしてしまったからなのだろうか。特に女子は女らしさが格段に増した。
色付きリップをつけているのか、明るいピンク色の唇。形を整えているのだろう奇麗な眉。寝ぐせなんてついていないさらさらな髪。彼女たちが去った後に香ってきたシャンプーの甘くて人工的な臭いにあたしはすんと鼻を鳴らした。
ううん。なんだかやっぱりむず痒い!
同学年なのに周りの女子たちが、得体の知れないものに変わっていくような変な感覚が、あたしの心をざわざわさせる。
思わずくんくんと自分の臭いをかいで、あたしはほっと息を吐いた。
あたしからはしないや。
自分は彼女たちとは違うと思いたいし、実際違うと思う。
それはあたしを安心もさせるし、それでいてなんだか置いてけぼりを食らったような気にもさせる。そのせいか、クラスの女子の中であたしはなんだか浮いていて、まだ仲の良い友達もできていない。
あたしはどうなりたいのかな。
分からない。けれどなんだか居心地悪い。
***
あたしは時々うとうとしながら授業を受けて、終業を告げる鐘を待った。
鐘の音を聞くと同時に勉強道具を鞄に詰め込んで、教室を出る。ダッシュして向かう先は、陸上部の部室だ!
あたしの種目は走高跳だ。一か月後の七月には中体連がある。ハイジャン種目の選手がうちの陸上部は少ないので、一年生のあたしが出られる可能性も十分ある。
夕陽が沈むまでグラウンドを走り、自分の背丈に近い棒バーを跳び続ける毎日。
やらなきゃいけないことはたくさんあって、そのどれもが待ってくれない。だからくだらないことに時間を割いてなんかいられない。
そう思っていた。
同い年の女子たちのように、自分の見た目に気を配ったり、色恋に現をぬかすなど、無駄なことだと。あたしは浮ついた気持ちで男子を見るなんてしないと。
そう思っていた。
それなのに。
青い空を見ると、青木を思い出してしまうのはなぜなのだろう。
あたしは猫のように目を細めて、夕方へと歩んでいく空を眺めた。
眩しい。空は眩しい。そして、ああ、そうか。
青木はあたしにとって眩しい存在だったからか。
「青木、元気でやってるかな……」
空を見上げてあたしは呟いた。
梅雨の合間の晴れ日はなおさら青空が愛しい。途端にきゅうと胸に寂しさを覚えて、それを振り払うかのようにぶんぶんと頭を振った。
――この気持ちを何と呼ぶのかあたしは知らない。
少なくとも青木――青木澄広のことを単にかっこいいなんて軽い気持ちでは見ていなかったと思う。
あたしの中で青木は他の男子とは違う。最近よく耳にする、「好き」なんて言葉だけで片付けたくない。
特別? 別格? 唯一無二?
言葉にするのは難しい。
でもあたしにとって青木澄広は、気になるとても大切な存在には違いなかった。