修学旅行から帰ってからも何かと忙しかった。ホームルームでは当日の活動内容をまとめてレポートにするというタスクが課せられ、今も京都散策の班が同じだった3人と一緒に模造紙に向かい合っている。

「写真はとりあえず一通り印刷してきたよ。大きく引き伸ばしたいのがあったら次回までに用意してもってくるから、レイアウト決めちゃおうか」
「助かる。やっぱりメインは八坂神社かな。あの豪奢な門の写真はどんっと出したいなあ」
「南禅寺と下鴨神社はこのへんを分割しようか。で、こっちのスペースにお昼とスイーツのお店の情報を載せる感じでどう?」
「いいかも。このあたりは小さめの写真をずらっと並べるのもありじゃない?」

他の班と同じように、4人で話しながらあれこれと進めていく。時間がたくさんあるわけではないので、できる作業からどんどん進めないと放課後に居残りするはめになってしまう。みんなそれぞれ部活に入っているのでそれは避けたい。

本文を推敲しながら、班のメンバーの表情をちらりと見てみる。3人とはクラスの中でも特に親しくなっていて、ちょっとしたタイミングで雑談を交わしたり、気軽に物の貸し借りをできるような仲に発展していた。他の班も似たような感じで、関係性が深まっている。ホテルで同室だった者どうしも同様だ。

少し前まで、クラスメイトとの関係なんてほどほどでいいと思っていた。だけど今はそうでもない。せっかくできた縁なら、続く限り大事にしたいと思えるようになった。
とはいえ、まだ疑心暗鬼になる癖は抜けない。お世辞や社交辞令なのかそれとも本心なのか、言葉の裏を探ろうとしてはその衝動をなんとか飲み込む日々だ。

チャイムが鳴って、ホームルームが終わる。書きかけの模造紙をくるくると丸めて、班の番号を書いた札をつけて教卓へ戻した。

「来週のホームルームで作業の時間は最後だからなー。間に合わなそうなら早めに準備しておくように」

やる気のない担任教師の声に、だれきった生徒のおざなりな返事が重なる。帰り支度をして終礼を終え、わたしは美優のクラスへと向かった。

「美優」
「香帆。お待たせ」

月に1度のクレープの日。玄関で理沙と華恵と合流し、4人で店へと向かう。今月の新作は焼き芋トッピングだと告知されていた。

曇り空のもとでベンチに座る。キャラメル風味の生クリームとカットされた焼き芋のほくほく感が合わさって、いかにも秋らしい味になっている。芋好きの理沙はうっとりとした表情で、じっくり堪能しているようだ。

「はあ、幸せ。最高」
「ほんと、顔が溶けてるよ」

呆れたように笑う華恵を意にも介さず、理沙はキャラメルクリームと焼き芋ダイスにかぶりつく。秋の甘味を頬張る理沙の視線がふとわたしに向いた。

「そういえばさ、渡部くんとはどうなの?」
「ど、どうって」
「デートとかしてる? 修学旅行の時、逢い引きしちゃったりとか?」
「逢い引きって……さすがにしてないよ。先生に見つかったら嫌だし。……それに、最近は時間が合わなくて、デートもできてない」
「えー、そうなの?」

練習試合やら何やらで忙しくしている渡部くんからは、修学旅行のあの日、しばらくは土日も部活で潰れるかもと宣言されていた。我が校のバドミントン部は特別強豪というわけではないけれど、年によっては公式試合でかなりいい成績を残している。実力の近い近隣校との練習試合がしばらく詰まっているという話で、それ以降、帰り道でたまに少し遠回りして帰るくらいのデートしかできていないのだ。それをデートと呼称していいのかは不明だが。

「忙しいなら仕方ないよね。でももうちょっとしたらさ、受験準備がどうだって始まっちゃうよ」
「12月になったらイルミネーションやクリスマスイベントもあるし、どこかで行けたらいいね。そういうイベントごとも、来年になったらおあずけになっちゃうんだし」
「……うん。そうだね」

当たり前のように、3人は来年やその先の話をする。今のこの時間が、明日や来週、来月、来年まで続いていくという確信があるのだろうか。

人を信じたい、疑わずに素直に生きていきたいと思って以降、渡部くんとあまり時間を取れていないせいか、その決意がしぼみつつあった。彼と一緒に帰る時は難しいことを考えずに気楽にいられるのだが、こうして美優たちと過ごしたり、教室でクラスメイトといる時間はまだ心がさざ波のように揺れる。

いつか、今巡り合った縁が功を奏する時がくるかもしれない。修学旅行で出会った人生の先輩たちの言葉が胸の奥底に残っていて、そうなれたらいいなと思うのに、そこまでこの縁を繋いでいく覚悟も決意もなかった。一生に出会う人の数は3万人程度だと聞いたことがあるけれど、寿命まで生きた最後に残る縁の数はいったいいくつなのだろう。

「そういえばさ、数学の田辺先生、結婚したらしいよ」
「え、ほんと?」

女子高生の雑談などすぐに話題が変わる。耳の早い理沙は、どこから仕入れてくるのかと思うようなスクープをたびたび共有してくれる。数学の講師である田辺先生は新卒2年目で、来年からは正規の教員としての採用が決まったという話だ。

「うちのクラスは田辺先生が数学担当だから、さっき何かお祝いしたいねって話をしててさ。何がいいかなあ」
「サプライズってこと? いいね。うーん、何かプレゼントするならペア物とかがいいんじゃない、やっぱり」

サプライズという単語に、ぞわりと鳥肌が立つ。予定調和にない出来事はいつまでたっても苦手だ。

「それはもうおおっぴらな情報なの?」
「どうなんだろ? まだ知らない子も多いみたいであんまり盛り上がってないんだよね。わたしもさっき又聞きで知っただけだし」
「だったら、オープンになるまではそっとしておいたほうがいいんじゃないかな」
「そう? おめでたいことだしいいんじゃない?」
「公にしてないなら、わたしたち生徒が勝手に盛り上がっていい情報じゃないと思う」

自分が放った言葉が思ったより強くなったことに気がついてはっと顔を上げると、理沙が困惑と怒りを混ぜたような目でわたしを見ていた。何も言わずに唇だけかすかに揺れているのは、何か言いたくて言葉を選んでいるのだろう。

「あ――えっと、ごめん。否定するつもりじゃなくて……」
「そうじゃないならなんだっていうのよ。そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「まあまあ、理沙。落ち着いて」

華恵が宥めたことで、理沙は深呼吸をして押し黙った。

やってしまった。何をどうしたらいいのかわからなくて、咄嗟に鞄を掴んで立ち上がる。

「ごめん。帰るね」

香帆、と呼び止める美優の声がした。それを振り切るようにわたしは駆け足で駅前の信号を渡る。対岸に着いたと同時に信号が点滅し、やがて赤に切り替わった。

最低だという自覚はあった。自分のトラウマを発動させて一方的に理沙にあたるなんて、みっともない。そもそもわたしが受けた嘘告白のいたずらと、理沙が考えているサプライズは本質から別物なのだ。理沙だってなんの考えもなしにくだらないことを企むような子じゃないと、知っているはずなのに。

止められなかった。予想していない角度から起こる出来事への恐怖心はまだわたしのなかにこびりついている。

曇り空からぽつぽつと雨が降り出して、慌てて庇のあるところまで移動した。すぐにばらばらと音がするほどの土砂降りになる。鞄やタオルで何の意味もない雨除けをしながら駆け込んでくる人たちを何人も見送るまで、その場から動けなかった。