塩尾瀬の隣に屈んでいたあたしは、さらに小さくなろうと身を縮めた。周の地を這うような声はまだ続く。
「話もしてくれねえのかよ。野球部の連中だって、お前が突然辞めて困ってるんだけど」
「おい、こっちは部活動の最中だぜ。あっち行ってくれない?」
「は? 一花は野球部のマネージャーなんだ、お前に話してねえ」
あたしは未だに野球部を辞められずにいた。
顧問の先生からの承諾を得て正式に部活を辞められるのだけど、江連先輩が顧問の先生を言いくるめて辞めさせないようにしている。
部活の時間が始まると友梨が探しにくる。いまのところは見つかっていないけど。
あたしが怖かったのは、部活に連れ戻されることじゃない。
塩尾瀬がうっとうしくなって、あたしを見放さないかだった。
夏服に変わった周があたしに近づくと、塩尾瀬が「邪魔」とだけ言った。
「お前、どうせまた転校するんだろ。友梨乃の親がお前の住んでる場所を知ってる。あの廃墟が立ち並ぶ薄暗いアパートだ。あそこに長い間住んでるヤツはだれもいない」
「プライバシーの侵害って言うんだぜ。とにかくいまは部活動中なんだけど」
さすがの周も花を蹴散らすような真似はしない。おばあちゃんが家で手塩にかけて植物や野菜を育てているのを知っているからだ。周は、あたしのおばあちゃんには優しい。
その足が諦めずに近寄るので、あたしは塩尾瀬の制服を掴んでしまいそうになる。
「浅咲、咲き終わった花びらを摘んでくれるか」
「う、うん…」
渡された道具を握りしめながら周の顔色を窺う。
ぞっとするほどに冷え切った眼差しは、友梨と同じように、どこにもむかしの面影を残していなかった。