「浅咲」

 塩尾瀬の背中が遠くなる前に戻ってきて、背を屈めながらあたしを見下ろす。自転車は少し先で止めてあった。

「泣くなよ。熱中症になるぜ」

 また気付かないうちに泣いていたらしい。頬を擦る前に塩尾瀬が指先で触れた。

「…見せないほうがよかったか?」
「あたし、塩尾瀬が好きだから」

 自分でもよくわからないまま、胸の内を明かしていた。
 塩尾瀬の驚く顔があたしの視界に飛び込んでくる。遅れてやってくる後悔は、まだそのときは感じなかった。

「だから、なんか悲しくなっちゃって」

 うじうじとめそめそ、あとはうつむく癖をやめたいのになかなか難しい。
 うつむいていたあたしに影がかかる。塩尾瀬の運動靴が視界に映ると、肩にぽすんっと何かが触れた。
 金に輝く髪がすぐ近くで揺れていることに気付いて、ドッと心臓がウサギみたいに飛び跳ねる。

「……俺なんかを好きになったら後悔するぜ」

 顔を上げた塩尾瀬は目じりを赤くしながら、どこか憂いた表情を見せる。

「なんてな。浅咲の真似」
「真似って……」

 あたしは頬が赤らんでいくのを誤魔化せなかった。

「ありがとな」

 でも、どうして塩尾瀬はあんなにも辛そうな表情を浮かべたんだろう―?
 背を向けた塩尾瀬は、学校を案内したときみたいに振り返らずに帰ってしまった。