「浅咲いいか」

 放課後、にぎやかな声が教室に響く中、あたしの席に誰かが近づいた。

「……え」
「お前、浅咲一花だろ」

 どこかの国の王子様みたいに綺麗な髪を揺らすのは、転校生の塩尾瀬だった。

「一花、早く部活行かないと怒られるよ」

 誰とも口を利かないはずの塩尾瀬に驚いていると、友梨があたしの腕を掴んだ。
 部活、と聞いて喉の奥で言葉が詰まる。たくさん言いたいことがせり上がっているのに、何も言えない。

「ごめんね、塩尾瀬くん。一花はこれから部活があるから」
「俺は浅咲に聞いてんだけど」

 友梨が腕を掴む力を強くした。
 どこにも行くな、と言われているみたいで震えそうになる。

「一花、早く行かねーと怒られるぞ」

 教室の声がいつの間にか止んで、みんながこっちを見ている。
 息を潜めた静かな教室に周の声はよく響いた。

―そうだ、行かないと江連先輩に怒られる。また叩かれて…水をかけられて…。