「一花ちゃん、おはよう。起きる時間よ」
重たい体を起こすと、おばあちゃんが背中を支えてくれた。ぼんやりとした頭を押さえながら、可愛くない色のカバンを引き寄せる。
「あら、宿題終わらせたの?」
「…ううん、わかんなかった」
布団を畳もうとするおばあちゃんを手伝いたいのに、一度も眠れなかったからか体がちっとも動いてくれない。
「おおーい、千代花さん」
「あ、また林形さんね。一花ちゃん顔を洗っておいで」
ざくざくと土を踏む音が聞こえ、襖の向こうに麦わら帽子が見えた。
その顔が見える前に洗面所に向かうと、珍しく青白い顔の自分に笑ってしまう。
「…こんな自分大っ嫌い」
友梨の引き止める声を無視して受話器を置いたから、きょうはひどい目に遭いそうだ。
でも言えなかった。
べつに周のこと好きじゃないからって、友梨を安心させるような言葉を。
言えるはずがなかった。
あたしだって周が好きだから友梨には負けない…って、正面からぶつかるようなかっこいい言葉も。
恋や愛なんて知らなくていい。ずっと一緒にいたひととの関係を変えなくていい。
ひとりは嫌だから。邪魔だって思われていてもいいから、ふたりと一緒にいたい。
そんな身勝手な感情があたしの心をかき乱していた。