お母さんはあたしが十歳のときに、お父さんを亡くしている。
 お父さんは出張が多くて、あたしが寝ているときに帰ることが多かった。
 そのせいか、亡くなったと聞いても涙は出なかった。

 お父さん、と呼んでみても違和感が残った。

 いまとなっては周のお父さんに対して使う言葉だ。
 熱を持った目頭を擦ると、世界で一番嫌いな音が聞こえた気がした。

 耳を澄ませてみる。遠くのほうでジリジリと古臭い音が聞こえた。
 幻聴であることを祈って、枕に顔を押し付けた。
 しばらくして音が止んだ。

 襖の隙間から冷たい色をした月を見上げていると、そこにおばあちゃんが顔を見せた。

「…どうしたの?」
「電話がきてね。友梨乃ちゃんからなんだけど、出たくないなら私が適当に言っておくわ」
「なんか、友梨から聞いたの…?」
「ううん、ただ…一花ちゃんが時々辛そうに見えるから」
「……出るよ」