一瞬だけ心地いいジャズの音も、すぐ近くで背を向けて座る周の存在すらもわからなくなっていた。

「竜の代わりに働くと聞いて、嘘だと思っていたんだがな…」

 なかなか戻らないあたしを心配したのか、混雑する店内の隙間を縫ってのどかさんが近寄ってきた。

「お客様すみません、何か問題でもありましたか?」

 何も答えない塩尾瀬のお父さんに、のどかさんの困惑した表情が向けられる。
 その顔を見てようやく止まりかけていた呼吸を再開すると、あたしは一度頭を下げた。

「塩尾瀬のあとを継ぐためにも、これから頑張って働きます」

 顎のラインを伝って流れていく黒い髪がかき上げられる。

「そうか。アメリカンコーヒー頼む」
「かしこまりました」

 のどかさんに背中を押されて休憩室まで戻ると、我慢していたのかすぐに叫んだ。