いくつかコーヒー豆の入った袋を持って杉枝さんのもとに向かう途中で、休憩室から顔を出した幸さんが呼び止めた。

「…塩尾瀬くんのお父さんが来てるみたいなんだ。接客行ってみる?」
「え、塩尾瀬の…?」
「まだ彼がここで働いてたときに何度か顔を見せてたんだけど、辞めてからは一切来店しなくなってたんだよね。まさかまた来てくれるとは思ってなかったけど」

 とりあえずレモン水を置きに向かうと、伸びきった黒髪に塩尾瀬よりもがっしりとした体格の男性と目が合った。
 青みがかった瞳を見て、すぐに塩尾瀬のお父さんだとわかる。

「ご、ご注文が決まりましたらお声かけください」
「お前が浅咲か?」

 低くて重みのある声があたしをその場に縫いとめた。痣が目立つ腕が目に留まると、あたしの声はどんどん喉の奥に引っ込んでしまう。

 代わりに頷くと、その場を制圧しかけていた空気が拡散していく。