家の門まで送ってくれた周のお父さんに手を振り、カバンから探し出した鍵で玄関を開ける。

「ただいまぁ」

 あたしの声に遠くから「おかえりなさい」と返事が聞こえた。
 ずいぶんと疲れ切った声だから出迎えることもできないほど、具合が良くないのだろう。

「おばあちゃん、大丈夫? 具合悪いのー?」

 続けてぺたぺたとだるそうな足音が聞こえ、靴を脱いでいたあたしは振り返る。

「おかえり、元気そうね」
「…お母さん」
「仕事切り上げてきたんだから、もっと嬉しそうにしてよ」

 せんべいを口にくわえたお母さんは絵本の人魚みたいな赤い髪を揺らし、いくつも耳についた痛そうなピアスを指先で撫でた。

「初恋のひとに迎えにきてもらって嬉しい?」
「なんのこと?」

 靴ひもを固く結んでいたせいか、ちっともほどけない。
 いつもならおばあちゃんがほどいてくれるけど、大声で呼べばお母さんが怒る。大声出さないでって頬をひっぱたたく。
 そうしたらおばあちゃんが泣いてしまうし、家の空気も最悪になるから我慢だ。