すぐに熱くなる目頭を押さえながら、玄関に向かった。

 友梨がお金を返してくれるのは五分五分だ。いまは三回連続で返してもらってない。
 周やおばあちゃんにちくってもいいけど、そのあと江連先輩に友梨があることないことを囁いていじめられるのが怖かったから、あたしはいつも黙ってる。
 
 上履きに履き替えると、職員室前で金色に輝く彼を見つけた。
 ぼんやりと写真を眺めていたのは転校生の塩尾瀬だ。
 彼は転校してきたばかりで部活動に入っていなかったから、もう帰っていると思っていた。

 熱心に何かを見つめる塩尾瀬に、冷たい何かが背筋を駆け巡った。
 視線の先を探ろうとして、髪の先から水が落ちた。その音が何回か続いたせいで塩尾瀬が振り返る。
 とっさに江連先輩に持たされた紙で顔を隠しながら、さっさと職員室の扉を叩いた。

「…ずいぶんとひどい格好だな」

 孝橋先生はそう言って部費を申請する紙を受け取ると、保健室で着替えるように言った。

「野球部のヤツらか? 先生が注意するから名前を教えてくれ」
「……いえ、あたしが転んで泥がついたので、水、自分でかけたんです」

 浅咲、と先生が咎めるように名前を呼んだ。
 強張った体を見て「いや、怖がらせたいんじゃない」と慌てる。
 いつの間にか職員室にいたひとたちがこっちを見ていた。

―だって、浅咲、有名じゃん。あの野球部のヤツが好きだって、どのクラスも、どの学年も知ってる話だぜ。

 視線がたくさん自分に集まると、思い出したくない声が聞こえてくる。
 ひゅ、と喉の奥から恐怖がせり上がってくるとあたしは職員室から逃げ出していた。
 金に輝く彼は、もうどこにもいなかった。