マスターは杉枝さんといい、他にオーナーの幸さんとバイトが何人かいることを教えてくれた。

「みなさん気さくで優しいひとですから安心してください」

 杉枝さんは物腰がやわらかく、塩尾瀬のお兄さんをさりげなく追い返したときも相手を不快にさせないような鍛え抜かれた話し方だったのを思い出す。

「貴方がここでバイトするなら、コーヒーの淹れ方や軽食の作り方、あとは接客について学んでいって貰うんですが大丈夫そうですか?」
「はい! 一生懸命頑張ります」

 はっきりと口に出来たことがびっくりだ。おどおどとした自分は鳴りを潜め、いまは幼いころのイノシシ一花に戻っているのかもしれない。

「塩尾瀬くんはね、いつになるかわからないけど家の手伝いで辞めるかもしれないって、面接のときから話していました。それでも今年いっぱいはいてほしかったんですがね」
「そうだったんですね…」

 髪を後ろに撫でつけ、雑貨屋のおじいちゃんの眼鏡に似たものをかけた杉枝さんは、お湯の入ったポットを使って緑茶を紙コップに汲んでくれた。