喫茶店の扉を開けると、あの時塩尾瀬と話していたマスターが出迎えた。
 一度しか訪れていないのにマスターはあたしに気付いたようだ。

「あの、塩尾瀬からバイトのことを聞いたんですけど…」

 夏休みの真ん中あたりだからか、店内の席はほとんど埋まっている。
 中には若い男女が向かい合って座っていて、時々顔を寄せ合って笑った。
 その姿があたしと塩尾瀬が喫茶店で話した日と重なり、あんなにも幸せだった記憶が塗り替えられてしまいそうになる。

「彼はきのう突然辞めてしまいましてね。浅咲さんがバイトを探していたから働けるかもしれないと聞きましたけど、貴方が?」
「は、はい。あたしが浅咲一花です」

 本当にバイト先に話を通していたことがわかり、どこか寂しい気持ちになる。
 ひとまず休憩室に案内されると、冷たいテーブルの前に腰かけた。休憩室にはロッカーが三つ並んでいて、小さな洗面台の隣には電子レンジとポットが置かれたテーブルがある。

「本当にバイトされるんですか? 塩尾瀬くん、結構突然でしたし、こちらとしてはありがたいんですが無理しなくて大丈夫ですよ」
「いえっ、バイトしたかったのは本当なんで!」