「兄さんは、花のことなんて全然詳しくないから、母さんのあとを継げない。だから俺に戻ってきてほしくて、俺のバイト先まで忙しい合間を縫って説得しにくるんだ。こんな迷惑かける俺でもいいから、一緒に頑張ろう…なんて馬鹿げてるよな」
塩尾瀬が手を離した。
あっさりと倒れた自転車は一度だけ甲高い音を立てると、そのまま動かなくなる。カゴから飛び出した道具が辺りに散らばっても、塩尾瀬はただ見下ろすだけだ。
「こんな俺を好きになるヤツは、何か忘れたいことがあってそれから逃げたいんだよ」
「それは違う! あたしが塩尾瀬に好きって言ったのはっ…」
「違わないだろ」
張り裂けそうな胸を抑えながら、じっと耐えて痛みから目を逸らすことしかできない。塩尾瀬の過去を聞いて、あたしが傷つく権利なんてないのだから。
「俺は誰かに好意を向けられると辛い。誰かの代わりとして見られたほうがマシだ」