あたしが引っ越すことを言えずにいると、塩尾瀬はためらっていると思ったのか、器用に指先でシャーペンを回しながら言う。
「浅咲が思ってる以上に、自分を受け入れてくれるひとはいるし、逆に距離を取るひともいる。でも喋ってみないとわかんねーだろ。俺と話せるようになったみたいにさ」
「確かに…、食べたことない料理に怖がって挑戦しないより、頑張って食べてみたら意外に美味しいこともあるもんね」
「何その例え」
ちょっと面白かったのか、塩尾瀬は笑った。いま気付いたけど、塩尾瀬は笑うときに眉毛が下がるし、目が細くなって二重がわかりやすくなる。
「そろそろ時間か。受付にバイト募集してるかだけ聞こうぜ」
「う、ううん。また次の機会にしてみる」
塩尾瀬の顔を見れずに言うと、意外にも「そうか」と言って引き下がった。
教科書をカバンに押し込むと、そのままあたしの手を引いた。
長袖を着てる塩尾瀬は周りからじろじろと見られていて、ちょっとした話題に上がる。でも本人は全く気にしてないようだった。