塩尾瀬は寡黙という難しい漢字から生まれたようなひとだった。
 地毛なのか聞いても無視されたけど、いままで見た金色の中で一番綺麗な金の髪を揺らし、二重の瞳を眠たげに細めている。

「それで、ここが理科室ね。実験のときとか来るから覚えてね、あたしは人体模型が苦手」

 相槌ひとつない。
 朝のホームルームで聞いた声が最後だった。
 国語、英語、数学と続いた授業で名指しされることが少なかったので、彼の声を聞く機会がなかったのだ。

「あ、音楽室は三階ね。教室から遠いから遅れないように気をつけること!」

 ひとが注意事項まで付け加えているのに窓の外に視線を向けて、手をポケットに突っ込んだまま話さない塩尾瀬。
 ちょっとむかついてしまうけど、我慢。だって転校生だもの。
 たぶん、緊張しているのだ。

「なにかわからないことあった?」

 塩尾瀬は教室に戻ると、さっさとカバンを手に持って、廊下に突っ立っているあたしの横を通り過ぎる。

「…?」

 あたしが校内を案内する意味はあったのだろうか?と思うほど、塩尾瀬は寡黙だった…。