婚約相手は最強悪魔~花魔法使いの令嬢は花粉症の悪魔と恋をする。

 ヴェルゼの魔力のお陰なのか、すんなりと小屋は出来上がった。花も固くなり、風が来ても雨が降っても多分簡単には壊れない。

「す、すごい」

 そう言いながら私は暖簾をくぐる。ヴェルゼとエアリーも中に入ってきた。

「い、いいぞ。いい小屋だ」
「ありがとうございます」

 お礼を言った瞬間、ヴェルゼはくしゃみをした。悪魔も風邪を引いたりするのか。

「なんと、ヴェルゼ様が、ルピナス様の考えた小屋をお褒めになっていらっしゃる……信じられない」
「黙れエアリー」
 ヴェルゼはエアリーをキッと睨む。
「申し訳ございません。あ、そういえば人間が食すお食事の準備はございません」
「でも、もう少しすれば帰りますし、家に食事が……」
「いいえ、今日からはここでお暮らしになるのです」
「お母様にはお伝えしていないから、心配させてしまいます」
「大丈夫でございます。お母様には、花嫁修業のためにしばらくルピナス様をお預かりいたしますと伝えてありますので。あと、これをお受け取りくださいませ」

 エアリーから黄色の鈴を受け取った。

「これは何です?」
「お母様のことをご心配になるお気持ちもあると思いまして。こちらはルピナス様とお母様がお持ちになる、ふたつセットの鈴で、身の危険がどちらかに迫るか、片方が強く振れば、もう片方の鈴が騒ぎ出します。例えばこのように」

 勝手に鈴が大きく揺れだし、シャンシャンと音も大きくなりだした。

「じゃあ、これが鳴らない限り大丈夫だってことですか?」
「そうだ。そなたの母親に危険が迫れば、我は一瞬でそなたの母親の元に行き、助けよう。まぁそんなことは決して起こらないよう、我が後でそなたの姉達に……」
 
 ヴェルゼはニヤリと含み笑いをした。

 多分、この悪魔達は嘘をつかないし、信用出来るだろう。

「ありがとうございます」
「そしてそなたと我の鈴も渡しておく」

 お母様のよりも大きな黒い鈴をヴェルゼから受け取った。

「こっちの鈴は、我の魔力も封じ込めてある。そなたに何か危険が迫れば、その魔力がそなたの身を守る。そしてそなたが鈴を振れば我もすぐに駆けつける」
「ありがとうございます」
「では、我はそなたの食す夕食を調達してこようか。この辺りに結界を張っておくが、エアリー、何かあれば念で知らせてくれ」
「分かりました。ヴェルゼ様、きちんと人間が食すものを見分けられますか?」
「大丈夫だ。我はこの世界に来てから人界の料理を調べ、作れるようにもなったのだ」
「ヴェルゼ様はルピナス様のことを愛されているのですね」

 一瞬ヴェルゼと目が合ったけれど思い切りそらされた。ヴェルゼの尖った耳が赤くなっていた。

「では、行ってくる」

 ヴェルゼは花の小屋を出ていった。

「あの、エアリーさんにお聞きしたいことがあるのですが」
「はい、なんなりと」
「あの方は、時間が巻き戻る前、私に一体何をしたのでしょうか?」
「ヴェルゼ様は魔界にいる時は、最強であると同時に冷酷でした。冷酷というか、それはただ他の者に興味がないだけのように見受けられましたが。それはルピナス様に対しても……正直あまりにも酷くわたくしが直接ルピナス様にお伝えしてもよいものか。もし宜しければ、ヴェルゼ様の過去を直接見られますか?」
「お姉様達のようにですか?」
「そうですね、ただひとつ申し上げますと、ヴェルゼ様は他の者に冷たくされても、拒絶はされませんでした。けれどルピナス様に対してだけは時々拒絶反応を……だから私は違和感を……あ、いや、わたくしはどうも余計なことまで話しすぎてしまう傾向があるようです。申し訳ございません」

 エアリーが言うには、あまりにも醜いことをされたらしい。今一緒に行動を共にしているヴェルゼを見ていると、それが信じられない。でも、向き合う必要を感じた。

「お願い、いたします」
「分かりました。そうですね……目の前にご本人がいらっしゃらないと、能力は使えません。ですので、ヴェルゼ様が眠りについた頃、バレないように意識をルピナス様に送ります」
「分かりました」
 ルピナスが消えてからずっと、我はルピナスのことしか考えていなかった。人界に堕ちた時に逢いたい願いが叶ったのか、それとも出逢う運命だったのか、すぐにルピナスに出逢い、そして助けられた。

元の姿に戻らずにずっとモフモフのままでいればペットとして共に暮らせたかもしれない。だが魔力が全くない状態のまま共に過ごすのは足手まといかもしれぬと思いが強く。それに何かあった時にルピナスを守れぬ。我はルピナスから離れ、この魔力の強い土地で魔力を少しずつ吸収しながら鍛錬することに決めた。そうして魔力は完全ではないが、復活していった。

 あぁ、ルピナスとこのまま一生共にいたい。
 ルピナスのためなら何でもやりとげる。

 我は今から森の中で食材を集める。ルピナスを迎えに行く前からここに来る計画でいた。

 我は時間が巻き戻る前の、ルピナスと共に魔界に住んでいた時の記憶を辿った。ルピナスは、何でも美味しそうに食していた。嫌いなものは恐らくないと推測する。前もって、木の陰あたりにキノコを見つけていた。我ら悪魔は毒を嗅ぎ分けられる。このキノコは、毒がない。すなわちルピナスが食べられる食材ということ。続けて森を越えると海があり、人界で学んだ知識を活かして魚を釣った。身が詰まったふくよかな魚が釣れた。釣ったあとは事前に準備をしておいた、食材が入っている箱がある場所へ行く。箱を開ければパンやフルーツ……色々な食材が入っている。あらかじめ人間達の商店街で仕入れておいたものだ。

 今、料理の修行の成果が試される時。ルピナスはどのような反応をするだろうか。

「美味しいわ、ヴェルゼありがとう」などと言われてみたいものだ。どのような反応をするのか……思考を巡らせるとなんだかドキドキと、普段起こらない胸の高なりを感じる。息苦しい。ルピナスと再会したことにより我の身体に様々な異変が。

 胸の高なりを気にしつつも、我はルピナスのいる場所へ戻った。

 花の小屋の前で火を起こし、鍋を準備する。早速入手した食材を使い、調理する。

 魔法でテーブルと椅子を小屋の前に準備し、ルピナスを座らせた。

「本日のメニューはキノコのスープと魚のソテー。そしてパンとフルーツの盛り合わせだ」

 ルピナスはスープをスプーンで掬い、口に含んだ。

「どうだ?」
「想像していたよりも美味です」
「ヴェルゼ様はルピナス様のために、相当料理の訓練をされたようです」

 ルピナスの言葉を聞き、安堵した。
 更にルピナスは我に向かって微笑んだ。

――こんなに上手くいっても良いのだろうか。
 
 就寝時間。私は花の小屋の中で花魔法を使い、フワフワな花ベッドを作り眠る準備をした。ヴェルゼとエアリーは外で眠るという。

「おやすみなさい」
「ルピナス、結界を張ってあるから何も起こらないと思うが、何かあればすぐに鈴を鳴らせ」
「ルピナス様、それではよい夢を」

 ふたりは外に出ていった。小さなランプの明かりを消すと真っ暗。そして、しんと静まる中で遠くから獣の吠える音がした。けれど外にはふたりがいるから不安はなかった。

 エアリーが、ヴェルゼの過去の記憶を送ると言っていたから、ベッドに座り待機する。

 しばらくすると、キンと頭の中で音がした。するすると映像が頭の中に流れてくる。今流れている映像はヴェルゼの視点? だとしたらこの街は魔界だろうか。暗めだけど、人界でもありそうな街並みで、いくつも建物が立っている。目の前に、今日花魔法で作ったものよりも小さな花の小屋が現れた。それが炎の魔法でぼうっと燃え、一瞬で消えた。それからしばらくすると、とても大きくて立派な石造りの建物に入ってゆく。目の前にはひとりの女がいた。その人は私と同じ顔をしていた。時間が巻き戻る前の、ヴェルゼの元へ嫁いだ私だろう。表情は暗い。「無駄に魔力を使うな。あの小屋は消しておいた。花が嫌いだ。あの見た目も匂いも……目の前にあるだけで虫唾が走る」とヴェルゼが冷たく言い放つ。映像の中の私は、はっとした表情をした。だけど何も言い返さない。

――酷すぎる。私はともかく、花をあんな風に燃やすなんて……。

 それからふたつ、冷たいヴェルゼのシーンが映し出され、パチンと映像が閉じた。と、同時にリアルでは外から光が。急いで外に出ると、エアリーがモフモフにされていた。
「くそっ」と言い、ヴェルゼは舌打ちをした。
「なんでこいつは我に催眠魔法を……我の魔力が戻ってきているから効き目は一瞬だったものの」

 一瞬ではなかったけれど……もしかして、映像を観ていた時間、ヴェルゼは睡眠魔法にかかっていた……?

「裏切りか……こいつも」

 ヴェルゼはエアリーに魔法をかけようとした。私は間に入り、それを止めた。

「何故邪魔をする」
「エアリーは私に、あなたの過去の事実を伝えるためにあなたを眠らせたのです」
「な、なんだと? では、そなたは見てしまったのか? 我の、そなたに対する酷い態度を」
「えぇ、見てしまいました。しっかりと」
「な、なんと……そんな……」
「あなたは『花が嫌いだ。あの見た目も匂いも。目の前にあるだけで虫唾が走る』とおっしゃいました。あなたは花がお嫌いだったのですね」
「いや、それは……」
「あの映像を見るからに、私は本当に醜い扱いを受けていました……ただでさえ悪魔と人間の間には距離があるというのに」
「あれは、本当に反省している」
「私があんな扱いを受けていたなんて。想像よりも酷くて。私はともかく、花をあんな風に扱うなんて。私はあなたと一緒になるのが不安です。もしも本当に私に選択肢が与えられるのなら、あなたの元へは嫁ぎたくはないです」
「いや、それは……」

 一緒に過ごしているうちに、ヴェルゼのことを優しく感じ、共に過ごすのもよいかもしれないと気持ちが少し揺らいでいた。けれどもやはり、悪魔は噂通りそのままの悪魔なのか。

「本当は、悪魔なんかに嫁ぎたくない。なんで私が行かないといけないのでしょうか? 私は優しい人間と結婚して、あんな映像みたいな生活なんかじゃなくて、本当は平和に、幸せに過ごしたいのです。特別なものはいらない。ただ平凡な幸せの中で過ごしてみたかった……」

今まで心の底に閉じ込めていた、誰にも、お母様にさえ言えなかった言葉が溢れ出てきた。もしかしたら魔界では今よりも素敵な人生が送れて、幸せになれるかもしれないと思い込むようにしていた。本当は、魔界は噂通りに人間にとっては最悪な場所だと考えると怖い。映像をみて、更にその思いは深まる。

 頭の中に流れた映像は、時間が巻き戻る前に実際起こった出来事で、今生きている私に起こったわけではない。けれどまるでリアルに体験したような感覚になってきた。映像での出来事が私の心に突き刺さり、今の心の痛さと映像の中にいた私の心の痛さが同化する。