20XX年、2月XX日。
雪の降る中で開かれた赤井蛍誕生パーティー。
私の愛娘、蛍は最近大人振る可愛い盛り。
蛍にはそろそろ従者を付けないと、と開いたものだ。
今夜のパーティーには将来有望な子供達に加え、雪見夫妻が溺愛し、秘匿し続けた子供も来ると聞いて期待していた。
それから雪見夫妻が連れていたのは母親の手に引かれて歩く狐面の幼子だった。
雪見家にしては目立つ事を、と最初は呆れた物だったが。
雪見時雨。
顔は見せないが挨拶は立派な物だった。
その後も流れる様に挨拶を交わしては、するりと何処かへと消える動きは正に雪見なのだと実感させられる物だった。
反面、今私の視界に映るのは雪見夫妻の腕の中で眠る黒い狐面の幼子。
先程の大人びた行動とは違い、雪見夫妻に甘えている様子。
時折、雪見夫妻の腕の中で頭を刷り寄せて眠るその姿が雪見時雨はまだ子供なのだと思い出す。
ふと興味が沸いた。
私が抱き上げても、眠ったままなのかと、私の腕の中で目を覚ましたらどんな反応をするのかと。
私はいたずら心のままに雪見夫妻から狐面の幼子を腕の中に迎え入れた。
頭と腰を支え、胸元に寄り掛からせた時。
素直に寄り掛かって刷り寄ったかと思えば手が伸びてきた。
「時雨っ!」
「時雨ちゃんっ!」
雪見夫妻が慌てていたが原因は直ぐにわかった。
私が身に付けていた毛皮だ。
手は毛皮を離れる事無く撫で続けているあたり、余程手触りが良かったのだろう。
ふむ、眠っていて無意識とはいえ素直だな。
空気が緩む。
私も親だから、と言うのもあって腕の中の存在が可愛く見えるのだ。
そう、和んでいると──────
ギャリリリリィッッ
私の真後ろ。
丁度首辺りから、金属同士の摩擦とぶつかる音がした。
音に驚いたのは私だけではなかった様で、一瞬の硬直。
周りが騒然とする。
ゆるりと振り返った先では攻撃が防がれた事を認識し、逃げようとする男。
男を捕らえん、と雪見が動く。
「クソッ」
「待て!逃がすか!!」
────前に腕の中の幼子が動いた。
「御前である、跪け」
やけに響いた囁く様な低い声。
その声には妙な圧力があった。
何かを合図する様に、振り下ろされる細腕。
ダァンッ
強い何かの力によって男は床に縫い付けられていた。
「ぐあああぁぁっ!!」
ゴキンッッ
悲鳴に紛れて、何本かの骨が折れる音が聞こえた。
ミシリッ
この音はまさか、床か?
恐らくこの力は、雪見時雨自身が持つ異能力だろう。
静まり返る会場。唖然とする雪見夫妻。わかるぞ雪見、私も同じだ。
そして会場内の参加した子供含む全ての者が私と私の腕の中の存在に一斉にザッという音と共に跪いた。
その瞬間、私は雪見時雨と言う存在と将来に興味を抱いた。
足元から男の悲鳴が消え、力無く倒れている事が分かると私は周囲に声を張った。
「拘束せよ!
…………時雨、といったかな。起きているかい?」
腕の中の存在の意識を確かめる為に手を伸ばす。
頭を撫でるが、反応は無かった。もしかして、寝惚けている?
私は困惑しきった雪見夫妻に時雨を返す。
ハッとした様に立ち上がる参加者を見回し、パーティーを締めた。
「騒がせてしまったね。悪いけれど、時間も時間だ。今宵のパーティーはこれまでとしよう」
後日雪見夫妻から話を聞くと雪見時雨に当時の記憶は無く、年齢はまだ五歳の女の子だという。
あの日、あのパーティーをきっかけとして私は手触りの良い毛皮を用意しては纏い、度々狐面の雪見時雨を抱き上げる事になる。
子供を慈しむ様に。
時に人形の様に、時に恋人の様に。
その間、雪見時雨が起きている事は殆ど無い。
あぁ、一度だけ時雨が起きた事があったな。
──────あれを起きたのだと認識して良いものかは、判断に困るが。
以前、会議を始める際に雪見から私の腕に時雨を受け入れてから数時間後に。
仮面越しに耳まで真っ赤にして、ぐったりしていた。
私はその時たまたま時雨からゆるりと力なく腕を掴まれたのでわかったが、熱を出していた。
雪見が慌てて時雨の仮面を取って額に手を当てた時に会議に参加していた面々だけが、まだ幼い雪見時雨の素顔を見る事が出来たのだ。
その日だけは、時雨はマスクはしたが殆ど素顔で過ごしていた。
私と、時々雪見の腕の中で。
たまにある襲撃も、全て雪見家の手で退けるか捕縛していた。
親子揃って優秀だな。
だからこそ惜しい。
雪見時雨を蛍の従者筆頭にしたかったのだが、提案をしたその日に保留にしてほしいと言われてしまった。
何か問題があるのかを聞いてみればパーティーの日から時折、夜中に屋敷内を出歩く様になったのだとか。
酷い時には素足で庭に出て夜空を眺めて、そのまま倒れる日もあるのだとか。
何度呼び掛けても反応が無く、記憶も無い事から夢遊病だと判断されたらしい。
このままでは夜間は特に支障が出る事から保留なのだそうだ。
やはり惜しい。
今は私の腕の中に居る事が殆どだが、いつか雪見時雨を蛍の側に置きたいものだ。
次に抱き上げる機会があるのなら、その時が楽しみではあるが最近の時雨は中々眠らないらしい。心配だと雪見も言っていたが、私も心配だ。
時雨の体調を心配してしまうのは、やはり安心したように擦り寄る姿を知っているからか。
私にとっても時雨はもう私の子供の様な存在なのだろう。