結論から言うと、誘拐事件は僕が犯人達を殺して幕引きとなった。
相手は単独犯ではないのに技量の足りない子供が相対するとか原作が鬼畜過ぎる。
けれど、今回幸いだったのは蓮見と雪見を含めた周囲の力を借りれた事か。
それでも避けられなかった初めての殺人、だった。
僕に技量が無かったが為に意識がある状態や、生きたままの無力化も出来ず、殺す事しか出来なかったのだ。それも、相討ちの様な形で。息が切れる。初めて人を殺した。
目撃者は四人。先生の協力者らしき男と浅葱姉弟と蓮見。
浅葱姉弟に関しては、誘拐犯と戦っている内にわかった。
浅葱姉弟の拘束はいつの間にか解けていて、二人共驚きに目を見開いて青褪めた顔色で硬直していた。
ただし蓮見に関しては後から僕を追い掛けて来てた様で、蓮見が現場に来た時、僕の腹には大振りのナイフが刺さったまま、力なく倒れた犯人の首から僕が持ったままのナイフがずるりと抜けた。
つまり、全ての事が終わった後だった訳だ。
浅葱姉弟は僕と一緒に誘拐されてしまっていたからある意味僕がどう犯人を殺したのかをまともに見ている可能性があった。
四人と目が合ってしまった。自らの血と、返り血にまみれた僕と。
気が付けば立ち竦くんで、声もなくひたすら泣いていた。
ふ、と息を吸った瞬間に腹を容赦なく刺された痛みを思い出してしまったから。
本当に痛い時は声も出なければ、少し体を動かそうとするだけで意識が全部痛みに持っていかれるからまともに体を動かす事も儘ならない。息が続かない。指先が悴んで麻痺してきた事を認識するのと同時。僕はいつの間にか倒れていた。
痛い、寒い。辛い。死にたくない。助けて、誰か。
「お嬢様!!」
痛みに支配された滲む視界の中で誰かに抱き締められた、気がした。
熱い、痛い、空気に触れるのさえ痛い。息が、苦しい。楽になりたい。もう、少しも動きたくない。
抗えない吐き気が僕を襲う。
「かふっ、はっ…………」
喉が焼ける様に熱を持ったのを感じる。
胃酸と一緒に何かを吐き出した。
鉄錆の匂いはもう、嗅ぎたくなかった。
でも良かった。今度こそ、君たちを助けられたみたい。
僕の痛みを無視して誰かがそう言った気がした。
それ以降、僕に記憶は無い。
自我が芽生えて、前世の様な記憶を取り戻してから数年。
僕は未だ僕が雪見時雨と言う認識を持てていない。
それどころかこの世界に僕だけが異物として紛れてしまっている事実に、一抹の寂しさを抱えていた。
それならば僕はこのまま死ねば、このまま目を覚まさなければ僕は元の世界に戻れるのだろうか。
元の世界で僕がどう生きていたのかも覚えていないのに漠然とそう思ったら、力が抜けていくのがわかった。
それなのに。誰かに手を掴まれ、腕を引っ張られた。
いくな。いかないで。どうか、まだ…………。
泣きそうな誰かの掠れた様な声が僕を引き留めた。
「うぅ……」
「…………お目覚めですか、時雨様」
瞼の向こうがやたら眩しくて目が覚めたら何処かの病院の個室ベッドに居た。
寝ている分には痛まないが、起き上がろうとするとお腹に痛みが走る状態だった。
早々に起き上がる事を諦めた僕を目の下に濃い隈を作った蓮見が見下ろしていた。
喉がカラカラなんだけど。
「…………」
水が欲しくて蓮見に腕を伸ばす。
伸ばした腕の細さに驚く。
「時雨様」
名前を呼ばれたと思ったら蓮見に抱き締められていた。
僕のお腹が痛くない様にか、首と頭を支えられる形で。
蓮見めっちゃしゃがんでる。
まぁ、でもこの距離なら流石に聞こえるか。
「み……ず」
予想よりずっと掠れた声が出た。
それでも僕が何を言いたいのかは伝わったらしく、言い終わった途端に蓮見が動いた。
硝子の吸口を当てられるままに中の水を飲み込む。
数口飲んで、ようやっと声が出る様になった。
「おはよう、蓮見」
「はい、おはようございます時雨様」
「心配、掛けたね」
「…………もう二度とあんな事はごめんです」
蓮見から話を聞いた所、あれから一ヶ月は経っているらしい。
ついこの前まで面会謝絶だったのだとか。
その上、僕はこのままずっと目を覚まさない可能性もあった、と。
全治は三ヶ月。医者に告げられたらしい。重体じゃん。
それから、蓮見のナースコールによる看護士と医者による診察の後。
僕はまた蓮見と二人になった。
「…………それで、父様は何と?
恐らく僕は警察からの事情聴取がある筈なのだけど」
「はい、まずは時雨様が目を覚まさしたら連絡をするようにと。
それから事情聴取についてはあちらで対処するとも。
しかし、何度か刑事の方もこちらに来ています」
「あぁ、それならば今度来たときにでも少し話すとしようかな」
父様と蓮見以外の異性はまだ怖いし、出来れば女性が良いなぁ。
なんて掠れたままの声で呟いた僕の言葉に蓮見は眉を寄せる。
きっと今までは僕が目覚めなかったから、蓮見が追い払い続けてくれていたんだろう。
「時雨様」
「ん?」
「…………時雨様が生かした協力者と浅葱様方はどうなさいますか」
「父様が許してくれるなら、名前知らないけどあの男は監視ついでに僕の部下か侍従あたりにでもすれば良いと思うよ。浅葱家には一部の情報をのぞいて曖昧に情報を流すと良いんじゃ無いかな。後は父様に任せる」
「…………伝えておきます」
それから眠る前に父様に連絡した。
報告は聞いている。心配した。会いに行きたかった。今度見舞いに行く。具合はもう大丈夫なのか。何か欲しい物は無いか。
怒濤の質問。愛されていると実感が出来るが、同時に心の内の幼い僕は何もいらないから会いに来て欲しかったと泣きそうになりながら拗ねてもいた。
僕はこの複雑な気持ちを隠すのに必死になった。
切る間際、父様が僕のお腹の傷はどうやら残ってしまうと謝ってきた。
僕はその言葉にどう返すか迷った結果。
「傷痕が残る事で父様や母様、蓮見に嫌われるなら困るけど、そうならないなら別に良い。」
電話の向こうから誰かの啜り泣く声と、父様の「嫌いになる筈が無いだろう」と言う声が聞こえた。
蓮見は部屋の外に出ている。
それから数日後、警察の人間が病室までやってきた。
僕の要望通り、ちゃんと女性が。
「こんにちは、私は如月って言います。貴方が雪見時雨さんですか?」
「こんにちは。うん、僕が雪見時雨。
何度も来てくれたみたいだけど、今までは会えもしなくてごめんなさい」
「…………大丈夫です。それでお話を聞かせてもらえるかな」
「うーん。一応話すけれど、見せた方が話が早いと思うんだ」
それに、話す以上は雪見に協力して貰わないと、ね。
「父様が貴方達にどこまで話したのかは分からないけど、あの時は父様と通話で繋がっててね。当事者って意味じゃ父様や蓮見も巻き込めちゃうんだけど、どうする?」
「えっと……」
「あ、僕は蓮見を側から外す気は無いよ。勿論、事情聴取の間もね」
それから数日間。数回に別けて事情聴取は行われ、最終日に僕は蓮見に頼んでUSBチップを渡して貰った。
あれから残り一ヶ月で退院というタイミングで、僕は病院から雪見家に帰ってきていた。
どうやら、僕が寝てる内に運び出したみたいで車の扉が閉まった音で目を覚ましたら、僕は蓮見の膝の上で大量の汗と息切れ、心臓をバクバクと鳴らして縋り付いていた。
「大丈夫、何も起きない。時雨、大丈夫だから」
蓮見に暫く宥める様に背中を撫でられ、いつの間にかまた寝ていた。
そうして、今。蓮見の手により、部屋に運ばれてソファーで一息。
僕は何故かまだ蓮見の腕の中に居た。僕は起きているのに何故。
父様に聞いた所、時々病院に行く必要はあるけれど父様が安心したかったらしく、自宅療養と言うやつになった。帰って来た雪見家が妙に懐かしく感じる。
「そういえば蓮見」
「はい」
「生き証人、もう一人居なかった?」
「…………誰の事でしょう」
「あれ、僕の手から逃れたのが一人居た気がするんだけどな」
「気のせいでは無いですか?」
「蓮見は見掛けなかったのか」
「えぇ、きっと気のせいでしょう」
蓮見が僕を安心させる様に微笑む。
やはり、と言うかなんと言うか。
なんか手馴れてるなぁ。
「蓮見」
「はい」
「降ろして」
「…………御嫌ですか?」
「嫌と言うか、うぅ……」
返答に困り、蓮見の耳に触れる。
あの時僕が外した耳飾りだった物はいつの間にか、ピアスになって蓮見の耳に填められていた。
僕は結局、その日一日を蓮見に抱き抱えられたまま過ごした。
帰って来たとはいえ、自宅療養。
安静にする必要があるのも、下手に動くと傷口が開くのも解るが。
僕はぬいぐるみじゃないぞ。
相手は単独犯ではないのに技量の足りない子供が相対するとか原作が鬼畜過ぎる。
けれど、今回幸いだったのは蓮見と雪見を含めた周囲の力を借りれた事か。
それでも避けられなかった初めての殺人、だった。
僕に技量が無かったが為に意識がある状態や、生きたままの無力化も出来ず、殺す事しか出来なかったのだ。それも、相討ちの様な形で。息が切れる。初めて人を殺した。
目撃者は四人。先生の協力者らしき男と浅葱姉弟と蓮見。
浅葱姉弟に関しては、誘拐犯と戦っている内にわかった。
浅葱姉弟の拘束はいつの間にか解けていて、二人共驚きに目を見開いて青褪めた顔色で硬直していた。
ただし蓮見に関しては後から僕を追い掛けて来てた様で、蓮見が現場に来た時、僕の腹には大振りのナイフが刺さったまま、力なく倒れた犯人の首から僕が持ったままのナイフがずるりと抜けた。
つまり、全ての事が終わった後だった訳だ。
浅葱姉弟は僕と一緒に誘拐されてしまっていたからある意味僕がどう犯人を殺したのかをまともに見ている可能性があった。
四人と目が合ってしまった。自らの血と、返り血にまみれた僕と。
気が付けば立ち竦くんで、声もなくひたすら泣いていた。
ふ、と息を吸った瞬間に腹を容赦なく刺された痛みを思い出してしまったから。
本当に痛い時は声も出なければ、少し体を動かそうとするだけで意識が全部痛みに持っていかれるからまともに体を動かす事も儘ならない。息が続かない。指先が悴んで麻痺してきた事を認識するのと同時。僕はいつの間にか倒れていた。
痛い、寒い。辛い。死にたくない。助けて、誰か。
「お嬢様!!」
痛みに支配された滲む視界の中で誰かに抱き締められた、気がした。
熱い、痛い、空気に触れるのさえ痛い。息が、苦しい。楽になりたい。もう、少しも動きたくない。
抗えない吐き気が僕を襲う。
「かふっ、はっ…………」
喉が焼ける様に熱を持ったのを感じる。
胃酸と一緒に何かを吐き出した。
鉄錆の匂いはもう、嗅ぎたくなかった。
でも良かった。今度こそ、君たちを助けられたみたい。
僕の痛みを無視して誰かがそう言った気がした。
それ以降、僕に記憶は無い。
自我が芽生えて、前世の様な記憶を取り戻してから数年。
僕は未だ僕が雪見時雨と言う認識を持てていない。
それどころかこの世界に僕だけが異物として紛れてしまっている事実に、一抹の寂しさを抱えていた。
それならば僕はこのまま死ねば、このまま目を覚まさなければ僕は元の世界に戻れるのだろうか。
元の世界で僕がどう生きていたのかも覚えていないのに漠然とそう思ったら、力が抜けていくのがわかった。
それなのに。誰かに手を掴まれ、腕を引っ張られた。
いくな。いかないで。どうか、まだ…………。
泣きそうな誰かの掠れた様な声が僕を引き留めた。
「うぅ……」
「…………お目覚めですか、時雨様」
瞼の向こうがやたら眩しくて目が覚めたら何処かの病院の個室ベッドに居た。
寝ている分には痛まないが、起き上がろうとするとお腹に痛みが走る状態だった。
早々に起き上がる事を諦めた僕を目の下に濃い隈を作った蓮見が見下ろしていた。
喉がカラカラなんだけど。
「…………」
水が欲しくて蓮見に腕を伸ばす。
伸ばした腕の細さに驚く。
「時雨様」
名前を呼ばれたと思ったら蓮見に抱き締められていた。
僕のお腹が痛くない様にか、首と頭を支えられる形で。
蓮見めっちゃしゃがんでる。
まぁ、でもこの距離なら流石に聞こえるか。
「み……ず」
予想よりずっと掠れた声が出た。
それでも僕が何を言いたいのかは伝わったらしく、言い終わった途端に蓮見が動いた。
硝子の吸口を当てられるままに中の水を飲み込む。
数口飲んで、ようやっと声が出る様になった。
「おはよう、蓮見」
「はい、おはようございます時雨様」
「心配、掛けたね」
「…………もう二度とあんな事はごめんです」
蓮見から話を聞いた所、あれから一ヶ月は経っているらしい。
ついこの前まで面会謝絶だったのだとか。
その上、僕はこのままずっと目を覚まさない可能性もあった、と。
全治は三ヶ月。医者に告げられたらしい。重体じゃん。
それから、蓮見のナースコールによる看護士と医者による診察の後。
僕はまた蓮見と二人になった。
「…………それで、父様は何と?
恐らく僕は警察からの事情聴取がある筈なのだけど」
「はい、まずは時雨様が目を覚まさしたら連絡をするようにと。
それから事情聴取についてはあちらで対処するとも。
しかし、何度か刑事の方もこちらに来ています」
「あぁ、それならば今度来たときにでも少し話すとしようかな」
父様と蓮見以外の異性はまだ怖いし、出来れば女性が良いなぁ。
なんて掠れたままの声で呟いた僕の言葉に蓮見は眉を寄せる。
きっと今までは僕が目覚めなかったから、蓮見が追い払い続けてくれていたんだろう。
「時雨様」
「ん?」
「…………時雨様が生かした協力者と浅葱様方はどうなさいますか」
「父様が許してくれるなら、名前知らないけどあの男は監視ついでに僕の部下か侍従あたりにでもすれば良いと思うよ。浅葱家には一部の情報をのぞいて曖昧に情報を流すと良いんじゃ無いかな。後は父様に任せる」
「…………伝えておきます」
それから眠る前に父様に連絡した。
報告は聞いている。心配した。会いに行きたかった。今度見舞いに行く。具合はもう大丈夫なのか。何か欲しい物は無いか。
怒濤の質問。愛されていると実感が出来るが、同時に心の内の幼い僕は何もいらないから会いに来て欲しかったと泣きそうになりながら拗ねてもいた。
僕はこの複雑な気持ちを隠すのに必死になった。
切る間際、父様が僕のお腹の傷はどうやら残ってしまうと謝ってきた。
僕はその言葉にどう返すか迷った結果。
「傷痕が残る事で父様や母様、蓮見に嫌われるなら困るけど、そうならないなら別に良い。」
電話の向こうから誰かの啜り泣く声と、父様の「嫌いになる筈が無いだろう」と言う声が聞こえた。
蓮見は部屋の外に出ている。
それから数日後、警察の人間が病室までやってきた。
僕の要望通り、ちゃんと女性が。
「こんにちは、私は如月って言います。貴方が雪見時雨さんですか?」
「こんにちは。うん、僕が雪見時雨。
何度も来てくれたみたいだけど、今までは会えもしなくてごめんなさい」
「…………大丈夫です。それでお話を聞かせてもらえるかな」
「うーん。一応話すけれど、見せた方が話が早いと思うんだ」
それに、話す以上は雪見に協力して貰わないと、ね。
「父様が貴方達にどこまで話したのかは分からないけど、あの時は父様と通話で繋がっててね。当事者って意味じゃ父様や蓮見も巻き込めちゃうんだけど、どうする?」
「えっと……」
「あ、僕は蓮見を側から外す気は無いよ。勿論、事情聴取の間もね」
それから数日間。数回に別けて事情聴取は行われ、最終日に僕は蓮見に頼んでUSBチップを渡して貰った。
あれから残り一ヶ月で退院というタイミングで、僕は病院から雪見家に帰ってきていた。
どうやら、僕が寝てる内に運び出したみたいで車の扉が閉まった音で目を覚ましたら、僕は蓮見の膝の上で大量の汗と息切れ、心臓をバクバクと鳴らして縋り付いていた。
「大丈夫、何も起きない。時雨、大丈夫だから」
蓮見に暫く宥める様に背中を撫でられ、いつの間にかまた寝ていた。
そうして、今。蓮見の手により、部屋に運ばれてソファーで一息。
僕は何故かまだ蓮見の腕の中に居た。僕は起きているのに何故。
父様に聞いた所、時々病院に行く必要はあるけれど父様が安心したかったらしく、自宅療養と言うやつになった。帰って来た雪見家が妙に懐かしく感じる。
「そういえば蓮見」
「はい」
「生き証人、もう一人居なかった?」
「…………誰の事でしょう」
「あれ、僕の手から逃れたのが一人居た気がするんだけどな」
「気のせいでは無いですか?」
「蓮見は見掛けなかったのか」
「えぇ、きっと気のせいでしょう」
蓮見が僕を安心させる様に微笑む。
やはり、と言うかなんと言うか。
なんか手馴れてるなぁ。
「蓮見」
「はい」
「降ろして」
「…………御嫌ですか?」
「嫌と言うか、うぅ……」
返答に困り、蓮見の耳に触れる。
あの時僕が外した耳飾りだった物はいつの間にか、ピアスになって蓮見の耳に填められていた。
僕は結局、その日一日を蓮見に抱き抱えられたまま過ごした。
帰って来たとはいえ、自宅療養。
安静にする必要があるのも、下手に動くと傷口が開くのも解るが。
僕はぬいぐるみじゃないぞ。