一年後、赤井蛍はある学園へ入学した。
小学校から大学までの一貫校。
財閥やそれに連なる人間が通うとされる学園。
敷地から少し離れた場所に寮も完備されている、ある意味揃っている学園だった。
私立御鏡学園。
つまり御鏡学園の初等部に入ったのだ。
僕もそこに入る訳なんだけど。
赤井蛍の周りには勿論、以前僕が挨拶を交わした側近達が居た。
まぁ、彼らは僕を黒い狐面と言う印象のままに覚えているだろうから僕が気にする事は無い。
従者達のその姿は…………。
んんんんっっ!!可愛い!
よちよち歩くペンギンの群れか塊にしか見えなくて吹きそうなんだけど!
僕と赤井蛍は初等部でも町でもすれ違う。
時々、浅葱君と目が合う。その度に緊張してるのは多分僕だけなんだよなぁ。
嬉しく無い事に、最近は無表情が上手くなってしまったよ。
余談だが、どうやら僕は赤井家当主にも赤井蛍にも興味を持たれたらしく、従者にならないかと、提案をされていたらしい。
らしい、のだが僕が然程赤井蛍に興味を持っていない事に早々に気付いた父親と母親が提案への答えを保留にした。
つまり、今の僕は従者筆頭ではなく、従者候補なのだ。
小説とは身分が変わるが、死亡フラグが遠退くと思えば中々良い身分だと思うんだよね。
それから数年。御鏡学園初等部。
校庭に面した校舎の三階端、階段横の資料室。
この学園、初等部には生徒会が無く資料室になっているが、中等部と高等部では生徒会室に位置する。
「ねぇ先生、ホームシックになった事あります?
あぁ、失礼しました。これは愚問ですね
本題に入りましょう」
正直顔はうろ覚えだが、赤井蛍の担任の先生に悩み事を聞いてみる。
ただし、顔を見られない様に時雨の異能力ありきで床に抑え付けながら。
そうして初接触はカメラを探しつつ、黒い狐面を着ける。
「なんだ、カメラは無いのか。真面目なんだな」
ボソリ。無意識に漏れた言葉だった。
僕は赤井蛍の担任を脅し、いや事情聴取の様な事をしている真最中だった。
僕がこんな事をする理由はこの担任が、赤井蛍の護衛も兼ねているからだ。
下手に敵対も出来ないが、顔も見られたくないと言うことだ。
しかし情報は掴んでも赤井蛍に被害が及ばなければ動けないのかもしれないが、実際動かないのもこの担任の立ち位置的な特徴だ。
だから僕はこうして自分から情報を受け取りに来ているのだ。
担任の上から退くと、ため息と共に情報が開示された。
「近々、この学園の生徒が誘拐される計画が立てられている筈です」
「はぁぁ…………数日後の予定だ。だが早まる可能性もある。通学路に面した路地での待ち伏せだと、潜入した仲間が。」
次いでにそのお仲間さんのお名前とか…………駄目ですか。
え、攻撃してしまわない様にする為なんですけど。
じゃあせめて目印とか。お、良いんですねありがとうございます。
「御協力に感謝します。」
銀色の「雪」と書かれた黒の狐面のストラップをソッと赤井蛍の担任の腰のベルトに括り、資料室を出た。
赤井蛍の担任から求められたのは、身の安全の保証だった。
ストラップが先生を少しは守ってくれる筈だ。
元の場所に戻りずらければ僕の元に直接来れば良い。
僕はその後の授業を全て休んで直ぐに家に帰った。そしてこの事を全て父親に話した。
目的は身代金か、殺害か。
これから赤井蛍を狙った誘拐事件が多発する。
しかし赤井蛍が幼かった為か判断出来る者も少なく、最初は無差別に。
小説内だと誘拐した子供が赤井蛍で無いと分かると殺害される、と言った事もあったらしい。
父親は雪見家当主の顔で「対処しよう」と一言告げた。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
それからだった。家から学園までの間に僕の側に誰かが居るようになったのは。
雪見家の分家筋、蓮見家からの人間らしい。護衛だと、父親に聞いた。
蓮見は僕より身長が大きい。狡い。僕も早く大きくなる。
そう言ったら、父親に頭を撫でられた。解せぬ。
僕は顔を前髪で隠す様になった。仮面が無いことが恨めしい。
家でも僕の洋服から髪止めや髪ゴムに至るまでGPSチップが搭載された物が用意される様になった。
GPSチップだけでも凄いと思うのに、護衛を用意するなんて!
父親の心配性には困った。小説の時雨には蓮見居なかったもんなぁ。
僕はお嬢様かな?…………一応お嬢様だった。
僕みたいに情報収集しなかったのかな。
両親との交流も流石に僕みたいな感じではないのだろうし。
ふむ、ヤバい。僕はどうやら小説の色々をぶっ壊してるみたい。
そして、不本意ながら前髪は、蓮見の手で髪止めを着けて学園に向かうのだ。
端から見ると、仲良く兄妹で登下校している様なものだ。
ここで最も恐ろしいのが以前学園の外で赤井蛍と僕との距離が物理的に近付いた時、その場から異能を使ってでも逃げようとして瞬時に蓮見に腕を掴まれた事か。
蓮見も一緒に空中に投げられたし、勿論怒られた。
蓮見は僕が何をしようとしたのかを暫く後で気付いたらしく、以後僕と手を繋ぐ様になった。
そして赤井蛍とすれ違う時には繋いでる手を引いて自らの影に隠す様になった。
蓮見が予想外に頼もしい。お兄ちゃんって感じ。弟妹でも居るのかな。
以前年齢を聞いたらまだ十代だった。今度は下の名前を教えてもらおう。
そういえば。
ふと、玄関先の門前で立ち止まる。
「あ、そうだ蓮見」
僕は手元の無線イヤホンを起動させる。
連携先は僕が持たされているスマホ端末。
その端末は行きと帰りの間だけ通話が繋がっている。
その他にも盗聴チップのチョーカーや裾のボタン、インカメラのイヤリングも付けられているのだが。
無線イヤホンの片方を蓮見に渡し、もう片方を僕が身に付ける。
その殆どは雪見家に住まう誰かに繋がっている。
文明の利器とは素晴らしい物だ。
…………自由無くなるけど。
「はい」
「今日から暫く一人で帰る」
「は、何を…………」
見上げた先で表情が微笑んだまま固まる蓮見を見て、少しスッキリしてしまった。
多分、僕も少し窮屈だったのだろう。
「一人で帰る」
「どういう事でしょう」
蓮見の顔から表情が消える。
うわっ、怖っ!
一瞬、身震いしてしまった。
「なるべく蓮見には迷惑がかからない様にするから」
「そういう問題じゃありません」
「……ちゃんと誰かと一緒には帰るから」
「誰とですか。あなたの事です、赤井蛍様とご一緒はなさらないでしょう」
まだ数日しか経ってないのに蓮見が僕の事を把握しに来てる。
学園の行き来にしか会わないのに。
しかも帰りなんて僕が待つのに。
「浅葱 薫って子。まだ仲良くなれてないけど」
嘘は言ってない。本当でもないけど。
僕はまだ浅葱薫に声すら掛けられていないのだから。
このままでは、浅葱薫と仲良くなれないまま彼女が死んでしまう。
不安と焦りが人見知りする僕を急かす。
本当は少し落ち着きたいが、時間が無い。
いつの間にか到着していた学園を視界に納め、僕はもう一度詳しい情報を得るために赤井蛍の担任に話を聞きに行く事にした。
いつも通り蓮見からイヤホンを返して貰おうと、掌を差し出す。
「今日もありがとう蓮見。さ、学園に着いた。イヤホンを────蓮見?」
「────くれぐれもお気を付け下さい」
蓮見は渋々イヤホンを返してくれた。
僕はいつもと違い、無線イヤホンを付けたまま蓮見と別れる。
スマホ端末の通話は、繋がったまま。
「今日の僕は体調不良で学園に来ていない事にする。休みの連絡をお願い」
『────かしこまりました』
イヤホン越しの誰かにお願いをする。
数拍後に返答が返ってくる。男性の声。
口調から察するに、今日繋がっていたのは雪見家の使用人の誰か。
…………だと思いたい。
別れた筈の護衛に見られているとも知らずに僕は、他の生徒に紛れる様に学園の校舎内に入る。
小学校から大学までの一貫校。
財閥やそれに連なる人間が通うとされる学園。
敷地から少し離れた場所に寮も完備されている、ある意味揃っている学園だった。
私立御鏡学園。
つまり御鏡学園の初等部に入ったのだ。
僕もそこに入る訳なんだけど。
赤井蛍の周りには勿論、以前僕が挨拶を交わした側近達が居た。
まぁ、彼らは僕を黒い狐面と言う印象のままに覚えているだろうから僕が気にする事は無い。
従者達のその姿は…………。
んんんんっっ!!可愛い!
よちよち歩くペンギンの群れか塊にしか見えなくて吹きそうなんだけど!
僕と赤井蛍は初等部でも町でもすれ違う。
時々、浅葱君と目が合う。その度に緊張してるのは多分僕だけなんだよなぁ。
嬉しく無い事に、最近は無表情が上手くなってしまったよ。
余談だが、どうやら僕は赤井家当主にも赤井蛍にも興味を持たれたらしく、従者にならないかと、提案をされていたらしい。
らしい、のだが僕が然程赤井蛍に興味を持っていない事に早々に気付いた父親と母親が提案への答えを保留にした。
つまり、今の僕は従者筆頭ではなく、従者候補なのだ。
小説とは身分が変わるが、死亡フラグが遠退くと思えば中々良い身分だと思うんだよね。
それから数年。御鏡学園初等部。
校庭に面した校舎の三階端、階段横の資料室。
この学園、初等部には生徒会が無く資料室になっているが、中等部と高等部では生徒会室に位置する。
「ねぇ先生、ホームシックになった事あります?
あぁ、失礼しました。これは愚問ですね
本題に入りましょう」
正直顔はうろ覚えだが、赤井蛍の担任の先生に悩み事を聞いてみる。
ただし、顔を見られない様に時雨の異能力ありきで床に抑え付けながら。
そうして初接触はカメラを探しつつ、黒い狐面を着ける。
「なんだ、カメラは無いのか。真面目なんだな」
ボソリ。無意識に漏れた言葉だった。
僕は赤井蛍の担任を脅し、いや事情聴取の様な事をしている真最中だった。
僕がこんな事をする理由はこの担任が、赤井蛍の護衛も兼ねているからだ。
下手に敵対も出来ないが、顔も見られたくないと言うことだ。
しかし情報は掴んでも赤井蛍に被害が及ばなければ動けないのかもしれないが、実際動かないのもこの担任の立ち位置的な特徴だ。
だから僕はこうして自分から情報を受け取りに来ているのだ。
担任の上から退くと、ため息と共に情報が開示された。
「近々、この学園の生徒が誘拐される計画が立てられている筈です」
「はぁぁ…………数日後の予定だ。だが早まる可能性もある。通学路に面した路地での待ち伏せだと、潜入した仲間が。」
次いでにそのお仲間さんのお名前とか…………駄目ですか。
え、攻撃してしまわない様にする為なんですけど。
じゃあせめて目印とか。お、良いんですねありがとうございます。
「御協力に感謝します。」
銀色の「雪」と書かれた黒の狐面のストラップをソッと赤井蛍の担任の腰のベルトに括り、資料室を出た。
赤井蛍の担任から求められたのは、身の安全の保証だった。
ストラップが先生を少しは守ってくれる筈だ。
元の場所に戻りずらければ僕の元に直接来れば良い。
僕はその後の授業を全て休んで直ぐに家に帰った。そしてこの事を全て父親に話した。
目的は身代金か、殺害か。
これから赤井蛍を狙った誘拐事件が多発する。
しかし赤井蛍が幼かった為か判断出来る者も少なく、最初は無差別に。
小説内だと誘拐した子供が赤井蛍で無いと分かると殺害される、と言った事もあったらしい。
父親は雪見家当主の顔で「対処しよう」と一言告げた。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
それからだった。家から学園までの間に僕の側に誰かが居るようになったのは。
雪見家の分家筋、蓮見家からの人間らしい。護衛だと、父親に聞いた。
蓮見は僕より身長が大きい。狡い。僕も早く大きくなる。
そう言ったら、父親に頭を撫でられた。解せぬ。
僕は顔を前髪で隠す様になった。仮面が無いことが恨めしい。
家でも僕の洋服から髪止めや髪ゴムに至るまでGPSチップが搭載された物が用意される様になった。
GPSチップだけでも凄いと思うのに、護衛を用意するなんて!
父親の心配性には困った。小説の時雨には蓮見居なかったもんなぁ。
僕はお嬢様かな?…………一応お嬢様だった。
僕みたいに情報収集しなかったのかな。
両親との交流も流石に僕みたいな感じではないのだろうし。
ふむ、ヤバい。僕はどうやら小説の色々をぶっ壊してるみたい。
そして、不本意ながら前髪は、蓮見の手で髪止めを着けて学園に向かうのだ。
端から見ると、仲良く兄妹で登下校している様なものだ。
ここで最も恐ろしいのが以前学園の外で赤井蛍と僕との距離が物理的に近付いた時、その場から異能を使ってでも逃げようとして瞬時に蓮見に腕を掴まれた事か。
蓮見も一緒に空中に投げられたし、勿論怒られた。
蓮見は僕が何をしようとしたのかを暫く後で気付いたらしく、以後僕と手を繋ぐ様になった。
そして赤井蛍とすれ違う時には繋いでる手を引いて自らの影に隠す様になった。
蓮見が予想外に頼もしい。お兄ちゃんって感じ。弟妹でも居るのかな。
以前年齢を聞いたらまだ十代だった。今度は下の名前を教えてもらおう。
そういえば。
ふと、玄関先の門前で立ち止まる。
「あ、そうだ蓮見」
僕は手元の無線イヤホンを起動させる。
連携先は僕が持たされているスマホ端末。
その端末は行きと帰りの間だけ通話が繋がっている。
その他にも盗聴チップのチョーカーや裾のボタン、インカメラのイヤリングも付けられているのだが。
無線イヤホンの片方を蓮見に渡し、もう片方を僕が身に付ける。
その殆どは雪見家に住まう誰かに繋がっている。
文明の利器とは素晴らしい物だ。
…………自由無くなるけど。
「はい」
「今日から暫く一人で帰る」
「は、何を…………」
見上げた先で表情が微笑んだまま固まる蓮見を見て、少しスッキリしてしまった。
多分、僕も少し窮屈だったのだろう。
「一人で帰る」
「どういう事でしょう」
蓮見の顔から表情が消える。
うわっ、怖っ!
一瞬、身震いしてしまった。
「なるべく蓮見には迷惑がかからない様にするから」
「そういう問題じゃありません」
「……ちゃんと誰かと一緒には帰るから」
「誰とですか。あなたの事です、赤井蛍様とご一緒はなさらないでしょう」
まだ数日しか経ってないのに蓮見が僕の事を把握しに来てる。
学園の行き来にしか会わないのに。
しかも帰りなんて僕が待つのに。
「浅葱 薫って子。まだ仲良くなれてないけど」
嘘は言ってない。本当でもないけど。
僕はまだ浅葱薫に声すら掛けられていないのだから。
このままでは、浅葱薫と仲良くなれないまま彼女が死んでしまう。
不安と焦りが人見知りする僕を急かす。
本当は少し落ち着きたいが、時間が無い。
いつの間にか到着していた学園を視界に納め、僕はもう一度詳しい情報を得るために赤井蛍の担任に話を聞きに行く事にした。
いつも通り蓮見からイヤホンを返して貰おうと、掌を差し出す。
「今日もありがとう蓮見。さ、学園に着いた。イヤホンを────蓮見?」
「────くれぐれもお気を付け下さい」
蓮見は渋々イヤホンを返してくれた。
僕はいつもと違い、無線イヤホンを付けたまま蓮見と別れる。
スマホ端末の通話は、繋がったまま。
「今日の僕は体調不良で学園に来ていない事にする。休みの連絡をお願い」
『────かしこまりました』
イヤホン越しの誰かにお願いをする。
数拍後に返答が返ってくる。男性の声。
口調から察するに、今日繋がっていたのは雪見家の使用人の誰か。
…………だと思いたい。
別れた筈の護衛に見られているとも知らずに僕は、他の生徒に紛れる様に学園の校舎内に入る。