転生の懐刀

 あれから、僕はリハビリを兼ねて完治させた足で晴れの日だけ蓮見と徒歩で登園する様になり、雨が降ると車と車椅子を用意する様になった。
 車を運転するのは銀で、車から私を降ろすのは蓮見の役目になっていた。
 登園時間は午前中だったり午後だったりと、まちまちだ。
 それでも昼休みの時間帯に登園しないのは、その時間帯が最も目立つ事を知っているからだろう。
 時間の采配は蓮見と銀が相談してた。
 しかも登園してからの行き先は変わらず保健室。
 傘を差す僕を抱き上げて保健室まで直行する日と、車椅子に乗せて保健室まで運ぶ日がある。
 学園内では当然ながら僕一人の時間が多い。
 銀は勿論、蓮見も学園と家までの行き来の時にしか顔を見せない。
 御鏡(みかがみ)学園への登園は一ヶ月半振り、という事になる。
 そうして登園して数日。
 毎回顔を合わせ、挨拶をする保健医以外に保健室で時々顔を合わせる様になった者が一人。
 毎年顔を合わせる様になる人間は違うし、知り合いや顔見知り程度にはなるが仲良くなった事はほぼ無かった。
 だが今回はどうやらそうはいかなかった様だ。
 何せ、相手が人懐っこい。
 僕が我関せずを貫いても、振り回される時がある。

 辛うじて知ったのは苗字のみだったが、「村井」と呼ばれていた気がする。
 小説の上では見覚えの無い苗字である為に、物語上影響しなさそうな苗字で少しホッとしてしまったのが申し訳ないぐらいだ。
 若干の怪しさはあったので、一度蓮見にも話してみる。

「蓮見、最近保健室で僕に声を掛けてくる子が居てね。
 聞き間違えじゃなければ、村井って呼ばれてたと思うんだけど」
「へぇ、そうなんですね。
 友人になれそうですか?」

 と、こんな感じで蓮見の反応は薄かった。
 これは調べ終わってるか調べる必要が無いか、どちらかだな。
 そして僕は僕で蓮見の言葉に少し考える事になった。

「友人…………」
「えっ、俺そんな難易度高い事言いました?」

 訝しげに僕を見る蓮見に僕は苦笑いを返す。
 難易度云々でもあるのかもしれないが、それ以上に友人になって良いのやら。
 そして、村井を観察し続けてわかった。
 村井の人懐っこい態度はわざと、なんだろう。
 それでも僕に対する害意は無かったから放置していた。
 けれど、ふと過ぎった。

 ──────今は害意が無いだけで、いつ害意を抱くか分からないだろう。
 無防備に近付かせるのは迂闊と言うものでは無いのか

 穿(うが)った見方、なのだろうと思う。
 小説の中での雪見時雨は赤井蛍の従者兼護衛と言う立場上、周囲をそういう風にしか見る事が出来なくなっていた。
 そうやって周囲を遠ざけてもいた。
 友人を作るところではなかったのかもしれないが、友人を作らなかった、作れなかった時雨はほんの少し可哀想ですらある。
 だから、僕は迷っている。
 遠ざけるべきか、それとも近付かせるべきか。
 懐に入れても甘い態度を取らないのならばこれに関しては近付かせても大丈夫なのだろう。
 それが出来ないから小説での時雨は遠ざけていたのだろう。
 不器用な事だ。
 そして僕と言えば。


 保健室、車椅子でテーブルに向き合って出席日数を埋める傍ら、担任から渡されるプリントを早々に終わらせて本を読んでいる僕の対面に一人の少女が座る。

「ねぇねぇ、保健室登園の姉さん。
 そろそろお名前教えてくれない?」
「今まで通り、『姉さん』で良いんじゃない。
 僕も君の名前知らないのだし」
「あ、あれ、私の名前知らなかったんだっけ?」
「名乗られてはいないわね」

 偶に会話をする程度には近付かせていた。
 じゃぁ改めて、なんて苦笑して勝手に自己紹介をし始める。

「私は村井 芽唯(むろい めい)
 よく間違われるんだけど、村井って書いてむろいって読むんだぁ。
 姉さんの名前は?」
「雪見時雨」

 本から顔を上げて名前を告げた途端だった。

「――――ん?
 今、学園伝説でしか聞けない名前が聞こえた気がしたんだけど、気のせいかな。
 もう一度聞いても良い?」

 一瞬固まった村井(むろい)が僕から目を逸らしてどこか遠くを見つめ、現実逃避をする様に呟いた。
 学園伝説。
 都市伝説とか学校の七不思議とかあの辺に類する噂とかかな。

「僕としてはその都市伝説みたいな言われ方してる伝説の方が気になるけれどね。
 改めまして、僕は雪見時雨。
 見ての通り訳あって、初等部の後半から保健室登園の身だね」
「ほ、本物…………」

 どうやら戸惑っている様子。

「それじゃあ、その学園伝説。
 どんな内容なのか教えてもらおうかな」
「えっと、その……」

 目の前に居るのに僕と視線を合わせようとしない。
 仕方ないので、車椅子越しに前のめりに近付く。
 驚いたのか、僕とバッチリ目が合う。
 そうそう、会話をする時は目を合わせようね。

「僕には言えない話?」
「いえ、噂や曖昧な物で良ければいくつか……」
「良いね、教えて?」

 僕がそう言って笑い掛けると、村井は顔を赤らめて俯いてしまった。
 そして視線を逸らしたまま学園伝説についてを語り始める。

 御鏡学園には伝説がある。
 カテゴリーとしては都市伝説や学校の七不思議に分類されるモノ(・・)だ。
 例を挙げるとするならばこの辺りだろうか。

 ・真夏の夜、校舎の向かい側に陽炎の様に(そび)え立つ木造旧校舎の存在。

 昼でもないのに陽炎の様に揺れる向かい側と本来ならば、そこに見えるのは旧校舎ではなく部室棟やプールや中等部の筈が一つの木造建築の建物で、調べてみると、そこにはかつて木造の旧校舎があったと言う。

 ・初等部に存在しない筈の生徒会室の存在。

 そもそも初等部には生徒会室が無い筈なのだが、薄暗くなった放課後や雨の日に初等部の資料室に向かうと現れる生徒会室の存在。

 ・入れない筈の屋上に時折見える人影。

 休日や平日問わず朝練等で校舎に向かうと、早朝の屋上に時折人影が見える。

 ・校舎の何処かにある階段の踊り場の鏡の存在。

 旧校舎があった時代。
 学園には昔、階段の踊り場に大きな鏡があった。
 けれど以前、そこそこ大きな地震で割れてしまった事があって破片が踊り場一面に飛び散った事がある。
 それで危ないって事で学園にあった踊り場の鏡は全て撤去された──────筈だった。
 学園が撤去し忘れた鏡が一枚だけあるらしく、その鏡だけは地震があっても割れずに以前のままそこにあり続ける。
 でもその鏡を目撃したと思ったらいつの間にか鏡がどこにあるのか忘れている。
 学園に入学すると一定数目撃者がある鏡の存在。
 本当は旧校舎にしか無いのに。

 等の変化や増やされる事の無い伝統的な伝説から、毎年増えたり消えたりと忙しなく前後する伝説まで。
 増えたり消えたりする伝説に関しては後に事実と判明、または事実とされる物だ。
 そして数年前。
 ある伝説が増やされた。

 ・初等部に存在した筈の生徒。
 かつてはきちんと登園し、存在していたその生徒は今は名前だけを置いて姿が確認されていない。
 生徒の名前は「雪見時雨」。
 本来だったらそこまで目立つ事も無かったのかもしれないが、その生徒は初等部や中等部での定期テストで常に三位までをキープし続けている。
 その為必然的に成績上位者に目を向けられ、一度は名前を出される存在になっている。
 けれど、学園内での姿は見掛けない。
 そしてもう一つ判明しているのは、その生徒は実在していて、赤井家と縁のある人物だと言う事だった。
 だから中等部でも一部の人間しか雪見時雨を知らない。
 いや、雪見時雨を知ってる人も顔は知らないのだとか。

 学園伝説ってオカルトなのか。
 って言うか、僕オカルト扱いなのか。
 あぁ、確かに殆どの者に顔を見せてはいないからなぁ。
 納得と同時に頬杖を付く。

「へぇ、それ全部調べたの?」
「え、えぇまぁ。
 全て曖昧な噂程度で申し訳ないですが。
 学園祭に出す冊子用ですね」
「冊子?
 部活とかかな?
 凄いね」
「人数が少なくて文芸部に吸収されたオカルトサークルなんです。
 私、オカルト系好きなので」

 そう照れた様に言う村井は中々に可愛らしい。
 小説のメインキャラクターでは無い事が惜しいと思う程には。
 残念ながら村井に対するその()は無いし、オカルト系も論外だけど。

「ふぅん……
 所で、村井さん」
「は、はい」
「どうして、急に口調が変わったのかな」
「えっ」
「慣れない事はしなくても良いんだよ。
 今までの君の人懐っこい態度、嫌いじゃなかったわよ?」
「で、ですが雪見さんはあの雪見家の方で……」
「もしかして、学園内で家の権力を振りかざす方が居るの?」
「えっとぉ…………」
「へぇ、居るんだ。
 遺憾(いかん)だねぇ。
 うんうん。
 それで村井さんは困ってるのかな?」

 敢えてそのまま続きを言った。
 お前は雪見にそれ(・・)を解決して欲しいか、と。
 僕は先程と違う笑顔で村井の答え(結論)を待つ。