ある休日の昼下がり。
時雨お嬢様はのんびり出来るとして、蓮見や俺すらものんびり出来る稀な日。
それでも俺は時雨お嬢様が何処かへ出掛けない限りは外に出られない身の為、雪見家の敷地内でのんびりする事になる。
最初はストレスの溜まりも早く、常時抱えていた様なものだったが今は自分の時間もきっちり確保するなどで慣れて来ている。
そうして俺が雪見家にも環境にも慣れてきた頃合に時雨お嬢様が足の怪我をした。
それから数日後の休日だった。
「ねぇ、銀。
そういえば銀はお父様と会った事があるんだよね」
「…………はい勿論」
「そういえば銀は兄さんと親しそうでしたよね」
「えっ」
「銀とお父様が初めて会った時の話聞きたいなぁ」
「それは俺も気になりますね」
何となくで言ったであろう時雨お嬢様の軽い発言に、援護射撃の様に乗る蓮見の発言に俺は長引く予感がした。
俺は一度断りを入れてから、部屋を出て紅茶や珈琲等を用意して時雨お嬢様の前のテーブルに並べる。
同時にふわり、と茶葉の良い香りと焼きたてのお茶菓子の甘い香りが部屋に優しく広がる。
ソファに深く、沈む様に座る。
と言うか、実際には俺の膝の上には時雨お嬢様が逃がすものか、と言わんばかりによじ登って鎮座している状態だ。
その体制、足の怪我大丈夫なのか時雨お嬢様。
後で痛んでも知らないぞ俺は。
ふぅ、落ち着け俺。
いや、無理だろ。
蓮見と目が合わせらんねぇ。
俺は蓮見と目を合わせまいと、時雨お嬢様の足に手を通して足に負担が掛からない様に座らせる。
時雨お嬢様は自分の足の状態にこの時思い出した様であっ、と言う顔をして気まずい顔で俺にお礼を言った。
時雨お嬢様のこういう所が雪見らしくないんだろうなぁ。
一瞬、思考を彼方に飛ばす。
俺とあいつの話、ですか。
…………いえ、楽しい話でも無いからな、と。
二人ともそんなに気になるんですか?
学園じゃよくある話でしょうに。
あぁ、俺とあいつは御鏡学園の姉妹校、ってやつに通ってたんですよ。
お嬢様はともかく、蓮見は知っていた筈ですが。
あれ、知らなかったんです?
あいつめ、秘密主義にも限度があるだろう。
あいつが話して無い事です。
話して良いのか、判断に困りますね。
え?
良いから話せって?
…………そこまで言うのなら、俺は責任取りませんからね。
それで、俺としては別に話しても構わない様な話なんですが後が怖いんで事前に確認しておきます。
この話については誰が責任を持つんで?
蓮見?おっと、時雨お嬢様まで?
へぇ、珍しいですね。
そこまで興味が尽きないって事ですか。
あいつも愛されてるんだか。
あの頃の俺は、まさかあいつが雪見家の時期当主で、なんなら俺と今も関わりを持ってるなんて考えた事もなかったでしょうが。
まぁ、アイツとは年齢も近いですし、気になりますよね。
分かりました、話しましょう。
お嬢様や蓮見にとって楽しい話であると、保証はしませんが。
あの頃は────あぁ、十数年前にもなりますね。
時雨お嬢様と蓮見の視線を一身に浴びつつ、テーブルの上の飲み物に手を伸ばす。
と、その前に。
確実に長くなるんで、絶対に途中で何か飲んで下さいよ。
俺も勿論、飲むので。
十数年前。
ある小さな島に創設されたある私立学園の学園祭。
一般校とは少し違い、将来有力な子供達が通う中高大学まで一貫の学園は広い敷地と寮も完備されたある学園。
御鏡学園の姉妹校、とも言える学園。
その学園は当然警備も厚い。
しかし、ただでさえ平時の厚い警備を学園祭での盛り上がりと熱気が渦巻くとはいえ、より頑丈に配備され強固になった筈の警備は内部からの侵入者により、一部分が麻痺させられていた。
それにより、学園のある施設が狙われる事となった。
体育館。
多くの学園生が出入りし、最も熱く盛り上がりを見せる場所だった。
そこに、侵入者の目標は居た。
目標の名前は、雪見
この時点で異常なのは、本来は外部からの侵入者等は入る筈も無かった事か。
なのでまさか、クラスの担任に悪戯に嘘の相談を持ち掛けて
「一度襲撃に合った。
その時は撃退したが、どうやら狙われている様だ」
などと嘯いた結果。
学園側によって探偵事務所にまで依頼された本人達は学園祭で起きる事など欠片も想像し得ないのだった。
そう言った経緯で学園長から依頼された探偵事務所は動いた。
探偵事務所に所属する者の中には、学園の関係者が一人と、生徒が一人居た為に監視者として動員し、後から教員や学園への勤務として潜入する者が数名用意された。
彼等を監視し、護衛の様に近くに居た者は勿論、学園祭に限らず何かが起こるであろう事をきちんと予想し、想像もしていたが為に対策を練っていた。
しかし学園祭当日までの本人達は呑気なものであった。
護衛は最低限。
授業中の席は窓際。
しかも時々、授業中だろうが構わず教室から生徒会室への行き来が発生する。
同じ教室に居る監視員である教師は付いて行ったりはしない。
だが、報告は必ず行う。
そうして、随行監視員は動き出すのだ。
その随行監視員として割り当てられているのが俺、なのだが。
そもそも経緯に文句がある。
いや、こんな物はどうにもならないし、愚痴の様な物なんだが。
そもそも俺は学園の生徒ではあるとは言え、一般人。
所謂、奨学生だったんだ。
高校生で、探偵事務所のアルバイト。
学園の生徒の中では纏う空気の違いからか、浮きがちな一般人。
それが、まさか。
一日の最後の授業が終わった途端、職員室に呼ばれたと思ったら、学園の中等部に行かされるなんて。
制服も高等部と中等部では若干違うし。
そして中等部の職員室に向かったら、校長室に案内されて。
そこで校長と探偵事務所所属の数人が俺を待っていた。
思わず、入った瞬間に集まった視線の圧にビビって固まった。
「お、来たな銀」
「お疲れ様、です。
それで、皆お揃いと言う事は」
「あぁ、依頼だ」
そこには所長は勿論、探偵事務所の外に出る比率の高い主要メンバーが居た。
それこそ俺は場違いなのでは、と思った。
しかしこのままでは話にならないので、校長室に入り、後ろ手に扉を閉めた。
今回の依頼は、中等部。
ある生徒から担任の教師に相談が入った事が切っ掛けらしい。
教師に相談した生徒は現職の中等部生徒会長。
今回、生徒会長さんを数人単位で監視する事になった。
クラス担任の補助と言う名目で一人。
学園の短期カウンセリングを含む保健医として一人。
庭の管理兼清掃員として一人。
そして、随行監視員たる俺。
合計四人。
四人で足りるの?
という質問には、足りないので学園内で何人か協力してくれる人を用意してもらうか、もしくはこっちで探して情報が行き渡る様に、動ける様にする感じになるんだよな。
そして肝心の依頼期間は、何と半年。
なっっが。
異例中の異例だろこんな依頼。
駄洒落にもなるわこんなん。
そして洒落にならん。
主に、俺の単位が。
半年て。
俺に半年の遅れをどう取り戻せと言うんだ。
俺が唖然としている内に話は進んでいく。
だが、俺の単位については事務所と学園側も考えているらしく、暫くは学習プリントが渡される事になる、らしい。
そして異例だと思っていた依頼は何と、事務所側からすれば異例でも何でもなかったらしい。
人探し、猫探し、浮気調査、人物調査諸々含めても一つの依頼に付き一週間から半年は平然とかかる物が多いのだそうだ。
そして、一週間で済む依頼は受けた人間が一人で請け負う事が多いらしく、そこに俺が時々手伝っているらしい。
半年から半年以上かかる様な依頼は請け負っても人数が割かれる為かそもそも滅多に請け負わないのだそうだ。
今回は縁がある為に請け負ったらしい。
この学園は有力な生徒が沢山在籍しているからな。
そして俺はと言えば―――――生徒会長のいる三年のクラスメイトまでは行かないまでも、中等部への外部編入生の様な扱いで春の終わりから初夏の間に二年生として入る事になった。
最近ようやくクラスメイトと打ち解けて来た頃合だっつのにほぼ一週間後とか。
最初は同じクラスに入る事を提案されたんだけど、断りを入れた。
俺としては同じクラスじゃない方が安心なんでな。
生徒会長のクラスには弟が居るんだ。
血は一滴も繋がらない義弟だけど。
生徒会長とクラスメイトじゃない事と、担任が協力者でクラスを離れる理由を作るのは比較的楽ではあるが。
配置がおかしい。
いや、遠目に見ると言う意味では目立たなくて丁度良いのかもしれないが。
それにしてもおかしい。
だが、それも理由をきちんと説明されてしまったが為に俺は納得せざるを得なかったのだ。
何故って。
生徒会長に接触した者が発信機を付けたり、持ち物として持たせたりしたものの、それらはこと如く処分され、そして接触した当人は捕らえられた為だ。
人数不足故に迎えに行くかどうかも検討されたが、事が終わるまで放置する事で決定した。
文明の利器が通じない相手に、俺たちは監視カメラ越しに生徒会長の動きを把握しつつ、カメラの視界範囲外の穴埋めで俺が監視する事で落ち着いた。
…………筈が、今度は監視カメラすらハッキングされた形跡が発覚し、俺が常時動員される羽目に。
もうヤダこいつら。
中等部の俺が関わる事になる担任含む一部の教員には校長と探偵事務所側から事情を説明し、俺がクラスを離れる言い訳を用意して貰っている。
そうして俺は優秀そう、とか落ち着いてると言う人物像を保ったままクラスを離れる事が出来る様になる訳だ。
そうして時々変なタイミングで授業中に教室や、校庭、体育館から離れる事があるが、それ以外は順調に生徒会長を視界に入れつつ行動をしていたある日。
転換点があった。
その日も監視対象が教室を離れ、生徒会室に向かう時だった。
「よぉ、後輩?
真面目な顔して何で授業サボってフラついてんだ?
暇ならちょーっと付き合えや」
何でこんな廊下に堂々と居るの。
中等部三年であろう校則違反にも程がある派手な格好の不良っぽい子達。
「…………暇ではありませんので、失礼します」
「良いから付き合えよ」
「遠慮します」
「あ"ぁ?」
その時、拳が俺の顔面に入った。
ちょっと遅いと思って笑ってしまったのはご愛嬌。
知らない人に殴られるのはちょっとなぁ。
…………いや、殴られてますけどね。
喧嘩売った覚えは無い。
強いて言うなら喧嘩は売ってないが、通りがかりはした。
それだけだった。
けれど虫の居所が悪い人間からすれば、それが理由になる事がある。
そこそこ理不尽な八つ当たりだとは思う。
抵抗はしてない。
出来ない、と言うよりは抵抗はしない方が良いとか、抵抗をしてはならないとかそっちの部類に入るけど。
名前も知らない《《先輩》》の拳は軽かった。
抵抗をしない代わりに、倒れもしなければ後退りしたり、蹈鞴を踏む事もない。
と言うか、出来なかった。
軽くて。
もしかしてこの子達殴り慣れてないにわか不良だったのかなぁ。
なんて殴られた直後に呑気に考えてしまう。
なるべく刺激しない様、目線を下げて目を合わせない様に顔の位置を戻す。
抵抗しても良いのなら、今すぐにでもぶっ飛ばしたかった。
が、抵抗しない事に理由が二つある。
ここで今まで形成していた印象的人格形成上、止めておいた方が良いであろう事と、監視対象が想像以上に近くに居た事だ。
殴られるのも体力が必要な事を知っている俺は抵抗をしようと腕を上げかけ、ゆるりと止めた。
相手は野生動物の様な物。
下手に抵抗したり、刺激しようものなら全てを挑発と受け取られてしまいかねない。
すると背後から俺に向かって来ていた拳を止めた誰かの掌があった。
何でですかねぇ。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
近くに来ていたのは知ってた。
知ってたけどさぁ。
監視対象に俺が助けられてるのはどういう状況なんですかねぇ。
誰かが生徒会に助けでも求めたんかな?
監視内容を報告する義務がある身としては本人からの接触は都合が良いと言えば良いのかもしれないけど。
「ありがとうございました」
顔を覚えられるつもりが無かった俺は礼を言って消える様にその場を離れた。
これが、当時は学園内での一番権力者たる男。
現在の雪見当主との出会いだった。
……が、不思議な事にその日から俺は監視対象に度々見掛けられては助けられてしまい、逃げ場を失う事態となった。
「生徒会長に覚えられるなんて俺もツイてないですね。
どうせなので保護してください」
「ツイてないって、そんだけ絡まれてるからだろ。
って、急に図々しいな」
「吹っ切れましたので」
「…………そうか」
そうして俺は学園祭当日を含む数週間、生徒会長に付いて歩く事になった。
「あ、そう言えば。
お前、名前は?」
「本当に今更ですね。
把握されてると思っていました。
小鳥遊です」
「小鳥遊?
どっかで聞いたな」
「兄でしょう。
確か、生徒会長と同じクラスですよ」
「そうか、あの小鳥遊君に弟が居たとは知らなかった」
「まぁ、兄とはいえ義兄ですので。
俺たちの間にはあまり関わりもありませんよ。
苗字が同じなだけの他人みたいなものです」
「そこまで言うのか」
「事実ですので」
「しかし同じ苗字だと被らないか?」
「俺の事は小鳥遊、と呼び捨てで構いませんのでそのまま呼んでください。
多少なりと、区別くらいは付くでしょう」
なんて、昼休みの静かな生徒会室の中で自己紹介を踏まえたやり取りを交わし、微力ながら手伝いをしていたのだ。
時雨お嬢様はのんびり出来るとして、蓮見や俺すらものんびり出来る稀な日。
それでも俺は時雨お嬢様が何処かへ出掛けない限りは外に出られない身の為、雪見家の敷地内でのんびりする事になる。
最初はストレスの溜まりも早く、常時抱えていた様なものだったが今は自分の時間もきっちり確保するなどで慣れて来ている。
そうして俺が雪見家にも環境にも慣れてきた頃合に時雨お嬢様が足の怪我をした。
それから数日後の休日だった。
「ねぇ、銀。
そういえば銀はお父様と会った事があるんだよね」
「…………はい勿論」
「そういえば銀は兄さんと親しそうでしたよね」
「えっ」
「銀とお父様が初めて会った時の話聞きたいなぁ」
「それは俺も気になりますね」
何となくで言ったであろう時雨お嬢様の軽い発言に、援護射撃の様に乗る蓮見の発言に俺は長引く予感がした。
俺は一度断りを入れてから、部屋を出て紅茶や珈琲等を用意して時雨お嬢様の前のテーブルに並べる。
同時にふわり、と茶葉の良い香りと焼きたてのお茶菓子の甘い香りが部屋に優しく広がる。
ソファに深く、沈む様に座る。
と言うか、実際には俺の膝の上には時雨お嬢様が逃がすものか、と言わんばかりによじ登って鎮座している状態だ。
その体制、足の怪我大丈夫なのか時雨お嬢様。
後で痛んでも知らないぞ俺は。
ふぅ、落ち着け俺。
いや、無理だろ。
蓮見と目が合わせらんねぇ。
俺は蓮見と目を合わせまいと、時雨お嬢様の足に手を通して足に負担が掛からない様に座らせる。
時雨お嬢様は自分の足の状態にこの時思い出した様であっ、と言う顔をして気まずい顔で俺にお礼を言った。
時雨お嬢様のこういう所が雪見らしくないんだろうなぁ。
一瞬、思考を彼方に飛ばす。
俺とあいつの話、ですか。
…………いえ、楽しい話でも無いからな、と。
二人ともそんなに気になるんですか?
学園じゃよくある話でしょうに。
あぁ、俺とあいつは御鏡学園の姉妹校、ってやつに通ってたんですよ。
お嬢様はともかく、蓮見は知っていた筈ですが。
あれ、知らなかったんです?
あいつめ、秘密主義にも限度があるだろう。
あいつが話して無い事です。
話して良いのか、判断に困りますね。
え?
良いから話せって?
…………そこまで言うのなら、俺は責任取りませんからね。
それで、俺としては別に話しても構わない様な話なんですが後が怖いんで事前に確認しておきます。
この話については誰が責任を持つんで?
蓮見?おっと、時雨お嬢様まで?
へぇ、珍しいですね。
そこまで興味が尽きないって事ですか。
あいつも愛されてるんだか。
あの頃の俺は、まさかあいつが雪見家の時期当主で、なんなら俺と今も関わりを持ってるなんて考えた事もなかったでしょうが。
まぁ、アイツとは年齢も近いですし、気になりますよね。
分かりました、話しましょう。
お嬢様や蓮見にとって楽しい話であると、保証はしませんが。
あの頃は────あぁ、十数年前にもなりますね。
時雨お嬢様と蓮見の視線を一身に浴びつつ、テーブルの上の飲み物に手を伸ばす。
と、その前に。
確実に長くなるんで、絶対に途中で何か飲んで下さいよ。
俺も勿論、飲むので。
十数年前。
ある小さな島に創設されたある私立学園の学園祭。
一般校とは少し違い、将来有力な子供達が通う中高大学まで一貫の学園は広い敷地と寮も完備されたある学園。
御鏡学園の姉妹校、とも言える学園。
その学園は当然警備も厚い。
しかし、ただでさえ平時の厚い警備を学園祭での盛り上がりと熱気が渦巻くとはいえ、より頑丈に配備され強固になった筈の警備は内部からの侵入者により、一部分が麻痺させられていた。
それにより、学園のある施設が狙われる事となった。
体育館。
多くの学園生が出入りし、最も熱く盛り上がりを見せる場所だった。
そこに、侵入者の目標は居た。
目標の名前は、雪見
この時点で異常なのは、本来は外部からの侵入者等は入る筈も無かった事か。
なのでまさか、クラスの担任に悪戯に嘘の相談を持ち掛けて
「一度襲撃に合った。
その時は撃退したが、どうやら狙われている様だ」
などと嘯いた結果。
学園側によって探偵事務所にまで依頼された本人達は学園祭で起きる事など欠片も想像し得ないのだった。
そう言った経緯で学園長から依頼された探偵事務所は動いた。
探偵事務所に所属する者の中には、学園の関係者が一人と、生徒が一人居た為に監視者として動員し、後から教員や学園への勤務として潜入する者が数名用意された。
彼等を監視し、護衛の様に近くに居た者は勿論、学園祭に限らず何かが起こるであろう事をきちんと予想し、想像もしていたが為に対策を練っていた。
しかし学園祭当日までの本人達は呑気なものであった。
護衛は最低限。
授業中の席は窓際。
しかも時々、授業中だろうが構わず教室から生徒会室への行き来が発生する。
同じ教室に居る監視員である教師は付いて行ったりはしない。
だが、報告は必ず行う。
そうして、随行監視員は動き出すのだ。
その随行監視員として割り当てられているのが俺、なのだが。
そもそも経緯に文句がある。
いや、こんな物はどうにもならないし、愚痴の様な物なんだが。
そもそも俺は学園の生徒ではあるとは言え、一般人。
所謂、奨学生だったんだ。
高校生で、探偵事務所のアルバイト。
学園の生徒の中では纏う空気の違いからか、浮きがちな一般人。
それが、まさか。
一日の最後の授業が終わった途端、職員室に呼ばれたと思ったら、学園の中等部に行かされるなんて。
制服も高等部と中等部では若干違うし。
そして中等部の職員室に向かったら、校長室に案内されて。
そこで校長と探偵事務所所属の数人が俺を待っていた。
思わず、入った瞬間に集まった視線の圧にビビって固まった。
「お、来たな銀」
「お疲れ様、です。
それで、皆お揃いと言う事は」
「あぁ、依頼だ」
そこには所長は勿論、探偵事務所の外に出る比率の高い主要メンバーが居た。
それこそ俺は場違いなのでは、と思った。
しかしこのままでは話にならないので、校長室に入り、後ろ手に扉を閉めた。
今回の依頼は、中等部。
ある生徒から担任の教師に相談が入った事が切っ掛けらしい。
教師に相談した生徒は現職の中等部生徒会長。
今回、生徒会長さんを数人単位で監視する事になった。
クラス担任の補助と言う名目で一人。
学園の短期カウンセリングを含む保健医として一人。
庭の管理兼清掃員として一人。
そして、随行監視員たる俺。
合計四人。
四人で足りるの?
という質問には、足りないので学園内で何人か協力してくれる人を用意してもらうか、もしくはこっちで探して情報が行き渡る様に、動ける様にする感じになるんだよな。
そして肝心の依頼期間は、何と半年。
なっっが。
異例中の異例だろこんな依頼。
駄洒落にもなるわこんなん。
そして洒落にならん。
主に、俺の単位が。
半年て。
俺に半年の遅れをどう取り戻せと言うんだ。
俺が唖然としている内に話は進んでいく。
だが、俺の単位については事務所と学園側も考えているらしく、暫くは学習プリントが渡される事になる、らしい。
そして異例だと思っていた依頼は何と、事務所側からすれば異例でも何でもなかったらしい。
人探し、猫探し、浮気調査、人物調査諸々含めても一つの依頼に付き一週間から半年は平然とかかる物が多いのだそうだ。
そして、一週間で済む依頼は受けた人間が一人で請け負う事が多いらしく、そこに俺が時々手伝っているらしい。
半年から半年以上かかる様な依頼は請け負っても人数が割かれる為かそもそも滅多に請け負わないのだそうだ。
今回は縁がある為に請け負ったらしい。
この学園は有力な生徒が沢山在籍しているからな。
そして俺はと言えば―――――生徒会長のいる三年のクラスメイトまでは行かないまでも、中等部への外部編入生の様な扱いで春の終わりから初夏の間に二年生として入る事になった。
最近ようやくクラスメイトと打ち解けて来た頃合だっつのにほぼ一週間後とか。
最初は同じクラスに入る事を提案されたんだけど、断りを入れた。
俺としては同じクラスじゃない方が安心なんでな。
生徒会長のクラスには弟が居るんだ。
血は一滴も繋がらない義弟だけど。
生徒会長とクラスメイトじゃない事と、担任が協力者でクラスを離れる理由を作るのは比較的楽ではあるが。
配置がおかしい。
いや、遠目に見ると言う意味では目立たなくて丁度良いのかもしれないが。
それにしてもおかしい。
だが、それも理由をきちんと説明されてしまったが為に俺は納得せざるを得なかったのだ。
何故って。
生徒会長に接触した者が発信機を付けたり、持ち物として持たせたりしたものの、それらはこと如く処分され、そして接触した当人は捕らえられた為だ。
人数不足故に迎えに行くかどうかも検討されたが、事が終わるまで放置する事で決定した。
文明の利器が通じない相手に、俺たちは監視カメラ越しに生徒会長の動きを把握しつつ、カメラの視界範囲外の穴埋めで俺が監視する事で落ち着いた。
…………筈が、今度は監視カメラすらハッキングされた形跡が発覚し、俺が常時動員される羽目に。
もうヤダこいつら。
中等部の俺が関わる事になる担任含む一部の教員には校長と探偵事務所側から事情を説明し、俺がクラスを離れる言い訳を用意して貰っている。
そうして俺は優秀そう、とか落ち着いてると言う人物像を保ったままクラスを離れる事が出来る様になる訳だ。
そうして時々変なタイミングで授業中に教室や、校庭、体育館から離れる事があるが、それ以外は順調に生徒会長を視界に入れつつ行動をしていたある日。
転換点があった。
その日も監視対象が教室を離れ、生徒会室に向かう時だった。
「よぉ、後輩?
真面目な顔して何で授業サボってフラついてんだ?
暇ならちょーっと付き合えや」
何でこんな廊下に堂々と居るの。
中等部三年であろう校則違反にも程がある派手な格好の不良っぽい子達。
「…………暇ではありませんので、失礼します」
「良いから付き合えよ」
「遠慮します」
「あ"ぁ?」
その時、拳が俺の顔面に入った。
ちょっと遅いと思って笑ってしまったのはご愛嬌。
知らない人に殴られるのはちょっとなぁ。
…………いや、殴られてますけどね。
喧嘩売った覚えは無い。
強いて言うなら喧嘩は売ってないが、通りがかりはした。
それだけだった。
けれど虫の居所が悪い人間からすれば、それが理由になる事がある。
そこそこ理不尽な八つ当たりだとは思う。
抵抗はしてない。
出来ない、と言うよりは抵抗はしない方が良いとか、抵抗をしてはならないとかそっちの部類に入るけど。
名前も知らない《《先輩》》の拳は軽かった。
抵抗をしない代わりに、倒れもしなければ後退りしたり、蹈鞴を踏む事もない。
と言うか、出来なかった。
軽くて。
もしかしてこの子達殴り慣れてないにわか不良だったのかなぁ。
なんて殴られた直後に呑気に考えてしまう。
なるべく刺激しない様、目線を下げて目を合わせない様に顔の位置を戻す。
抵抗しても良いのなら、今すぐにでもぶっ飛ばしたかった。
が、抵抗しない事に理由が二つある。
ここで今まで形成していた印象的人格形成上、止めておいた方が良いであろう事と、監視対象が想像以上に近くに居た事だ。
殴られるのも体力が必要な事を知っている俺は抵抗をしようと腕を上げかけ、ゆるりと止めた。
相手は野生動物の様な物。
下手に抵抗したり、刺激しようものなら全てを挑発と受け取られてしまいかねない。
すると背後から俺に向かって来ていた拳を止めた誰かの掌があった。
何でですかねぇ。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
近くに来ていたのは知ってた。
知ってたけどさぁ。
監視対象に俺が助けられてるのはどういう状況なんですかねぇ。
誰かが生徒会に助けでも求めたんかな?
監視内容を報告する義務がある身としては本人からの接触は都合が良いと言えば良いのかもしれないけど。
「ありがとうございました」
顔を覚えられるつもりが無かった俺は礼を言って消える様にその場を離れた。
これが、当時は学園内での一番権力者たる男。
現在の雪見当主との出会いだった。
……が、不思議な事にその日から俺は監視対象に度々見掛けられては助けられてしまい、逃げ場を失う事態となった。
「生徒会長に覚えられるなんて俺もツイてないですね。
どうせなので保護してください」
「ツイてないって、そんだけ絡まれてるからだろ。
って、急に図々しいな」
「吹っ切れましたので」
「…………そうか」
そうして俺は学園祭当日を含む数週間、生徒会長に付いて歩く事になった。
「あ、そう言えば。
お前、名前は?」
「本当に今更ですね。
把握されてると思っていました。
小鳥遊です」
「小鳥遊?
どっかで聞いたな」
「兄でしょう。
確か、生徒会長と同じクラスですよ」
「そうか、あの小鳥遊君に弟が居たとは知らなかった」
「まぁ、兄とはいえ義兄ですので。
俺たちの間にはあまり関わりもありませんよ。
苗字が同じなだけの他人みたいなものです」
「そこまで言うのか」
「事実ですので」
「しかし同じ苗字だと被らないか?」
「俺の事は小鳥遊、と呼び捨てで構いませんのでそのまま呼んでください。
多少なりと、区別くらいは付くでしょう」
なんて、昼休みの静かな生徒会室の中で自己紹介を踏まえたやり取りを交わし、微力ながら手伝いをしていたのだ。
