体温が熱く、時折ズクズクと疼く様に痛む足と重い身体。
足の痛みにぐずると、少し冷たい誰かの手に優しく頭を撫でてもらえた。
薄ら浮上したばかりの意識の中、熱い身体に冷えた手が嬉しくてその手に自分からすり寄る。
するとその手が一瞬戸惑い、仕方ないなと言う様にもう一度頭を撫でるのだ。
「…………お嬢様」
薄れて行く意識の中で、銀の声を聞いた。
心地好い温もり。
心地好い揺れ。
心地好い匂いと手触り。
時折僕の耳を擽る誰かの心臓の音と声。
誰かの膝の上に抱き上げられている事に気付かずに懐かしい匂いともふもふにすり寄る。
「んんん…………」
「時雨、首が擽ったいんだが」
「ん?」
瞼は重すぎて開かないままに、微睡んでいた意識が一気に覚醒した。
聞き覚えのある声にもそうだが、あまりにも強い、殺気混じりの視線!?
脇に手を差し入れられたと思ったら抱き上げられていた誰かから離され、衝撃で開く筈だった瞼も温かい手を被せられ一気に微睡む。
同時に殺気が無くなる。
この動作が無言の内に行われた事に、ふわふわとした思考で戸惑う。
僕はさっきとは違う誰かの膝の上に無理矢理抱き上げられている、らしい。
しかも今度は僕を起こす気は無いと。
「時雨を暫くぶりに抱き上げたが、大きくなったなぁ」
僕を優しく抱き締める誰かの腕の中で懐かしい声に僕は瞼を開けずに、こてんと顔を向ける。
状況が読めない。
読めない以上は口を開きたくないが、どうやら僕を抱上げている者も僕が起きた事に気付いた様だ。
「お目覚めですか」
「蓮見?おはよう」
ゆっくりと瞼を開ける。
一瞬、明かりの眩しさに眉を寄せる。
僕の目の前には見覚えのあるイケおじ様。
と、斜め向かいに父様。
どうやら着ていた部屋着を着流しの様な物に着替えさせられているらしい。
僕を抱き上げているのは、蓮見。
銀は居ない様だ。
折角頭を撫でて貰えてたのに。
所で蓮見、僕を降ろす気は無いかい?
え、無いの?マジで?
僕今ものすごく恥ずかしいのに?
皆ソファーに座っている様だが、テーブルを隔てていない謎の空間。
辛うじて分かるのは、此所が雪見家である事くらいか。
だから、温かそうで手触りの良さそうな毛皮を纏うおじ様を見つめてしまっても仕方ないと思うんだ。
「…………初めまして、おじ様」
「ん?はじめまして?」
「絋、時雨はいつも寝てました」
不思議そうな顔をされても僕には覚えがありません。
おじ様に助け船を出す父様。
二人の関係が伺い知れるやり取りだなぁ。
「……あぁ、はじめまして時雨。
私は赤井絋。
君の母が私の妹でね。立派な親戚だよ」
「そうでしたか。ちゃんとした挨拶が遅れてしまってすみません」
「良いんだ。
私もよく眠る時雨を抱き上げていたからね」
驚いた。
目の前のイケおじ様、赤井家当主だった。
そして気を取り直すまでがやたら早いなぁ。
流石、現役当主。
でも当然の事ながら、僕が知らない内に顔を合わせていた事がよく分かる。
「…………覚えがありませんが」
「そうだねぇ。時雨は抱き上げて撫でてあげると、よくうたた寝していたからね」
僕の言葉に返したのは父様。
え、父様?
僕に「古典的条件付け」所謂、条件反射をやったの?
調教なの?
僕もしかして、睡眠を父様に管理されてた感じなの?
ふと、僕の疑問を少しずつ侵食する様に足に痺れる様な違和感を覚えた。
「ん?足が……」
こういう形で蓮見に降ろして貰えなかった理由が分かるとは。
普通に忘れていた。
「麻酔が切れてきた様だね」
目の前から聞こえたその声に僕は足の痛みを思い出す様に感じ始める。
思わずお腹に回されて支えてくれていた蓮見の腕をぎゅっと掴む。
「痛みますか」
耳元から聞こえる蓮見の声。
低く、感情の見えない声。
足には部分麻酔か、痛み止めくらいしか無いと聞いていたけれど。
蓮見を含む彼等の言葉を聞くに僕は部分麻酔を施されていた様だ。
「蓮見?」
僕は痛みで滲む視界で蓮見を頭だけで振り返る。
蓮見の表情がよく見えない。
「もうあんな事はごめんだ、と言いましたよね?」
「でも、死ぬ程じゃ……」
「俺が言ってるのはそこじゃ無いんですよ」
そこで赤井様の声が掛けられた。
それは蓮見の事に関する事で、父様からの牽制する様な一声でその先は続かなかったけれど僕に疑問を持たせるには充分だった。
「蓮見って……なぁ雪見、こいつお前の「紘、その先は二人の領分です」
「おっと、悪い」
それでも、今は足が痛い方が優先なんだけどね。
だから僕は溢れそうになる涙を拭って蓮見の顔を見た。
蓮見は良く言えば、無表情で赤井様を見ていた。
蓮見の意識を僕に持って来る為に蓮見の頬にそっと手を伸ばす。
「蓮見、ごめんなさい。怪我をしないなんて保証は出来ないけど、なるべく頑張るね」
僕のその言葉でハッと僕を見る蓮見の表情には確かに小さな驚きがあった。
「分かって頂ければ良いのです。
俺は護衛ではありますが、守られているという自覚と相応の動きをして頂かないと。
俺も護りづらいので」
「うん、気を付ける」
守られている自覚と相応の動き、ね。
雪見時雨には似合わない言葉だ。
けれど僕がそうしてしまった。
僕はその現実を受け入れなければならないのかもしれない。
その後、僕はそのまま父様と赤井様を見て怪我した経緯を話した。
大体は僕と蓮見の身に付けている装飾から伝わっているらしく、僕に怪我を負わせた男の処遇については父様と赤井様に任せる事になった。
だけど、その後が大変だった。
蓮見に抱き上げられたまま、赤井様を玄関まで見送りをする時だった。
この時、夜中だった事を知った。
薄暗い廊下を抜けて玄関までもう少し、と言う所だった。
外が騒がしくなった。
「お父様をお迎えに参りました。
私達を送って下さった車にお父様が乗ったと。
聞いてみれば雪見家に向かったと言うじゃないですか。
此処に、私達を助けて下さった方も居るのですよね?」
どうやら赤井家に送った筈の赤井蛍と浅葱君が此処に来た様で、声がここまで聞こえて来る。
僕は思わず、気まずそうにしている赤井様を恨めしげに見つめてしまった。
父様は微苦笑を浮かべる。
バクッバクッバクッ
心臓が強く鳴り、震える手で蓮見の服にしがみつく。
そして声と共に玄関の扉が開かれた時。
蓮見が赤井様と父様に背を向けた。
赤井蛍からも蓮見の背中と後頭部しか見えない事だろう。
多分。
「まぁ、お父様。と、こんばんは雪見様。
此方に私達の命の恩人、もしくはそれに繋がるヒントがあるのでは、と思い来たのですけれど、もうお帰りですか?」
「あぁ、悪いね蛍」
「申し訳ございません、蛍様。
雪見家はその情報を開示出来ません」
「雪見家とは言え無礼なっ!」
父様に対して噛み付いたのは浅葱君だった。
僕は思わず、顔を手で覆った。
まずいって。
僕に噛み付くならまだしも父様に噛み付くなんて。
若いと言うか、分かってないと言うか。
浅葱家の者も居ないから誰も浅葱君のフォローが出来ない。
そう、僕ですらも。
だから、本当に残念だけれど。
赤井様と父様が大人で浅葱君が子どもと言う立場である事に感謝しないと。
つまり、二人に大目に見て貰うには浅葱君の癇癪として受け止めて貰う他無いって事。
「蓮見」
僕の震える小さな囁きに蓮見は父様と赤井様に顔を向ける。
「挨拶も出来ないのは心苦しいですが、俺達はここで失礼します」
「あぁ、気にする事は無いよ。
安静にしていなさい。おやすみ」
そのまま一言残して僕を部屋まで運んだ。
赤井様の声はどこまでも優しかった。
部屋に着いて早々、蓮見は近くに待機していたらしき銀に僕を抱き上げさせ部屋を離れた。
そして、どうやら先程と変わらず僕は抱き上げられた状態のままソファーに座る事になった。
先程との違いは僕を抱き上げているのが、蓮見か銀かの違いでしかない。
足が地に着かない様に徹底してるなぁ。
「銀」
「はい」
銀と目を合わせる。
「もう一度、撫でて」
「えっ」
目を見開いて動揺する銀に僕は笑みを浮かべる。
「撫でて」
「覚えて、いたんですか」
「うん、薄らとだけど」
銀の手を掴む。
そのまま頭に持っていく。
ほら、お膳立てはしたぞ。
観念して撫でるんだな。
ふふん、と銀をもう一度見る。
と、このタイミングで。
「時雨、戯れはその辺にしましょう。
軽食と飲み物をお持ちしました」
蓮見の底冷えする様な声が聞こえた。
足の痛みにぐずると、少し冷たい誰かの手に優しく頭を撫でてもらえた。
薄ら浮上したばかりの意識の中、熱い身体に冷えた手が嬉しくてその手に自分からすり寄る。
するとその手が一瞬戸惑い、仕方ないなと言う様にもう一度頭を撫でるのだ。
「…………お嬢様」
薄れて行く意識の中で、銀の声を聞いた。
心地好い温もり。
心地好い揺れ。
心地好い匂いと手触り。
時折僕の耳を擽る誰かの心臓の音と声。
誰かの膝の上に抱き上げられている事に気付かずに懐かしい匂いともふもふにすり寄る。
「んんん…………」
「時雨、首が擽ったいんだが」
「ん?」
瞼は重すぎて開かないままに、微睡んでいた意識が一気に覚醒した。
聞き覚えのある声にもそうだが、あまりにも強い、殺気混じりの視線!?
脇に手を差し入れられたと思ったら抱き上げられていた誰かから離され、衝撃で開く筈だった瞼も温かい手を被せられ一気に微睡む。
同時に殺気が無くなる。
この動作が無言の内に行われた事に、ふわふわとした思考で戸惑う。
僕はさっきとは違う誰かの膝の上に無理矢理抱き上げられている、らしい。
しかも今度は僕を起こす気は無いと。
「時雨を暫くぶりに抱き上げたが、大きくなったなぁ」
僕を優しく抱き締める誰かの腕の中で懐かしい声に僕は瞼を開けずに、こてんと顔を向ける。
状況が読めない。
読めない以上は口を開きたくないが、どうやら僕を抱上げている者も僕が起きた事に気付いた様だ。
「お目覚めですか」
「蓮見?おはよう」
ゆっくりと瞼を開ける。
一瞬、明かりの眩しさに眉を寄せる。
僕の目の前には見覚えのあるイケおじ様。
と、斜め向かいに父様。
どうやら着ていた部屋着を着流しの様な物に着替えさせられているらしい。
僕を抱き上げているのは、蓮見。
銀は居ない様だ。
折角頭を撫でて貰えてたのに。
所で蓮見、僕を降ろす気は無いかい?
え、無いの?マジで?
僕今ものすごく恥ずかしいのに?
皆ソファーに座っている様だが、テーブルを隔てていない謎の空間。
辛うじて分かるのは、此所が雪見家である事くらいか。
だから、温かそうで手触りの良さそうな毛皮を纏うおじ様を見つめてしまっても仕方ないと思うんだ。
「…………初めまして、おじ様」
「ん?はじめまして?」
「絋、時雨はいつも寝てました」
不思議そうな顔をされても僕には覚えがありません。
おじ様に助け船を出す父様。
二人の関係が伺い知れるやり取りだなぁ。
「……あぁ、はじめまして時雨。
私は赤井絋。
君の母が私の妹でね。立派な親戚だよ」
「そうでしたか。ちゃんとした挨拶が遅れてしまってすみません」
「良いんだ。
私もよく眠る時雨を抱き上げていたからね」
驚いた。
目の前のイケおじ様、赤井家当主だった。
そして気を取り直すまでがやたら早いなぁ。
流石、現役当主。
でも当然の事ながら、僕が知らない内に顔を合わせていた事がよく分かる。
「…………覚えがありませんが」
「そうだねぇ。時雨は抱き上げて撫でてあげると、よくうたた寝していたからね」
僕の言葉に返したのは父様。
え、父様?
僕に「古典的条件付け」所謂、条件反射をやったの?
調教なの?
僕もしかして、睡眠を父様に管理されてた感じなの?
ふと、僕の疑問を少しずつ侵食する様に足に痺れる様な違和感を覚えた。
「ん?足が……」
こういう形で蓮見に降ろして貰えなかった理由が分かるとは。
普通に忘れていた。
「麻酔が切れてきた様だね」
目の前から聞こえたその声に僕は足の痛みを思い出す様に感じ始める。
思わずお腹に回されて支えてくれていた蓮見の腕をぎゅっと掴む。
「痛みますか」
耳元から聞こえる蓮見の声。
低く、感情の見えない声。
足には部分麻酔か、痛み止めくらいしか無いと聞いていたけれど。
蓮見を含む彼等の言葉を聞くに僕は部分麻酔を施されていた様だ。
「蓮見?」
僕は痛みで滲む視界で蓮見を頭だけで振り返る。
蓮見の表情がよく見えない。
「もうあんな事はごめんだ、と言いましたよね?」
「でも、死ぬ程じゃ……」
「俺が言ってるのはそこじゃ無いんですよ」
そこで赤井様の声が掛けられた。
それは蓮見の事に関する事で、父様からの牽制する様な一声でその先は続かなかったけれど僕に疑問を持たせるには充分だった。
「蓮見って……なぁ雪見、こいつお前の「紘、その先は二人の領分です」
「おっと、悪い」
それでも、今は足が痛い方が優先なんだけどね。
だから僕は溢れそうになる涙を拭って蓮見の顔を見た。
蓮見は良く言えば、無表情で赤井様を見ていた。
蓮見の意識を僕に持って来る為に蓮見の頬にそっと手を伸ばす。
「蓮見、ごめんなさい。怪我をしないなんて保証は出来ないけど、なるべく頑張るね」
僕のその言葉でハッと僕を見る蓮見の表情には確かに小さな驚きがあった。
「分かって頂ければ良いのです。
俺は護衛ではありますが、守られているという自覚と相応の動きをして頂かないと。
俺も護りづらいので」
「うん、気を付ける」
守られている自覚と相応の動き、ね。
雪見時雨には似合わない言葉だ。
けれど僕がそうしてしまった。
僕はその現実を受け入れなければならないのかもしれない。
その後、僕はそのまま父様と赤井様を見て怪我した経緯を話した。
大体は僕と蓮見の身に付けている装飾から伝わっているらしく、僕に怪我を負わせた男の処遇については父様と赤井様に任せる事になった。
だけど、その後が大変だった。
蓮見に抱き上げられたまま、赤井様を玄関まで見送りをする時だった。
この時、夜中だった事を知った。
薄暗い廊下を抜けて玄関までもう少し、と言う所だった。
外が騒がしくなった。
「お父様をお迎えに参りました。
私達を送って下さった車にお父様が乗ったと。
聞いてみれば雪見家に向かったと言うじゃないですか。
此処に、私達を助けて下さった方も居るのですよね?」
どうやら赤井家に送った筈の赤井蛍と浅葱君が此処に来た様で、声がここまで聞こえて来る。
僕は思わず、気まずそうにしている赤井様を恨めしげに見つめてしまった。
父様は微苦笑を浮かべる。
バクッバクッバクッ
心臓が強く鳴り、震える手で蓮見の服にしがみつく。
そして声と共に玄関の扉が開かれた時。
蓮見が赤井様と父様に背を向けた。
赤井蛍からも蓮見の背中と後頭部しか見えない事だろう。
多分。
「まぁ、お父様。と、こんばんは雪見様。
此方に私達の命の恩人、もしくはそれに繋がるヒントがあるのでは、と思い来たのですけれど、もうお帰りですか?」
「あぁ、悪いね蛍」
「申し訳ございません、蛍様。
雪見家はその情報を開示出来ません」
「雪見家とは言え無礼なっ!」
父様に対して噛み付いたのは浅葱君だった。
僕は思わず、顔を手で覆った。
まずいって。
僕に噛み付くならまだしも父様に噛み付くなんて。
若いと言うか、分かってないと言うか。
浅葱家の者も居ないから誰も浅葱君のフォローが出来ない。
そう、僕ですらも。
だから、本当に残念だけれど。
赤井様と父様が大人で浅葱君が子どもと言う立場である事に感謝しないと。
つまり、二人に大目に見て貰うには浅葱君の癇癪として受け止めて貰う他無いって事。
「蓮見」
僕の震える小さな囁きに蓮見は父様と赤井様に顔を向ける。
「挨拶も出来ないのは心苦しいですが、俺達はここで失礼します」
「あぁ、気にする事は無いよ。
安静にしていなさい。おやすみ」
そのまま一言残して僕を部屋まで運んだ。
赤井様の声はどこまでも優しかった。
部屋に着いて早々、蓮見は近くに待機していたらしき銀に僕を抱き上げさせ部屋を離れた。
そして、どうやら先程と変わらず僕は抱き上げられた状態のままソファーに座る事になった。
先程との違いは僕を抱き上げているのが、蓮見か銀かの違いでしかない。
足が地に着かない様に徹底してるなぁ。
「銀」
「はい」
銀と目を合わせる。
「もう一度、撫でて」
「えっ」
目を見開いて動揺する銀に僕は笑みを浮かべる。
「撫でて」
「覚えて、いたんですか」
「うん、薄らとだけど」
銀の手を掴む。
そのまま頭に持っていく。
ほら、お膳立てはしたぞ。
観念して撫でるんだな。
ふふん、と銀をもう一度見る。
と、このタイミングで。
「時雨、戯れはその辺にしましょう。
軽食と飲み物をお持ちしました」
蓮見の底冷えする様な声が聞こえた。
