あれから数年、僕はそろそろ御鏡学園の初等部を卒業する。
赤井蛍より一年早く、中等部に上がるのだ。
小説ではあの事件の後、入院中に御鏡学園から違う学校に転校していた。
けれど今回は浅葱姉弟が生きているからか、疚しい事は一つもないからか。
理由はいまいち分からないけれど、転校する事はなかった。
「転校したい」って言えば良かったかな、とは若干後悔してる。
浅葱薫とは同じ歳だがあの事件以降、浅葱姉弟とは顔を合わせていない。
…………と言うかそもそも今の僕は学園に在籍はしているものの、出席日数を取る為に月に数回程度しか登園していない。しかも時間をずらしての登園先は教室ですら無くなった。
保健室になっていたのだ。しかも大体は蓮見に運ばれるか、車椅子で運ばれていた。
所謂、引きこもりに近い状態だ。
お腹の傷は雨の日や時々、幻痛や引攣る様な痛みも残る様になってしまったが、異能力を使えば日常生活に負担は殆ど無くなった。
現在は異能力無しでも一人で動き回れる様にリハビリ中だったりする。
ここで面白いのが、僕は学園には殆ど行かなくなった。
代わりに学園、赤井家、他家主催、問わずパーティーや集まり、時々内容も知らなければ出席すると応えた覚えのない会議にも参加してるって所だね。
勿論、学園主催のもの以外は狐面を着けて。
今の僕はどうやら原作の時雨より勉強する時間があるらしく、復習も兼ねて勉強が出来ている。
僕の勉強を見てくれているのはかつて 僕を誘拐現場まで導いた男だった。
名前は小鳥遊 銀。
好奇心で情報を集めたらしい蓮見によると、どうやらかつて赤井蛍の担任を務めた男の義兄との事。
僕と蓮見の勉強を良く見て教えるのが上手い訳だ。
試しに「小鳥遊先生」と呼んだら、「義弟と被るので止めて下さい」と真顔で言われた。
いや、笑った顔は殆ど見ないけれど。
そうして、何と呼ぼうかとなった時。
本人から「銀、と呼んで頂けると」と自己申告があった。
以降、僕と蓮見は彼を銀と呼ぶ様になった。
現在の銀は消息不明かつ僕と共に死亡も予想されているらしい。
…………僕の死亡説は目撃者のせいだろうなぁ。
因みに余談だが。
後に僕が中等部に上がった頃から、黒い狐面を着けた僕に付き合って白い狐面を被ってまで昼夜問わず付いて来るものだから、いつしか雪見家の誰もが「銀狐」と呼ぶ様になってしまっていた。
そこそこの年齢に達している筈なのに、銀髪に染めた事にも驚いていると。
「いつか俺の生存が気付かれるとしても、小鳥遊銀は消息不明のままの方が良いでしょう。それに、銀髪の方が分かりやすいでしょう?」
その時の銀の優しい笑顔に僕の心臓が跳ねた。
いつも笑わない人のふとした笑顔って貴重過ぎて心臓に悪いんですけどぉ!
蓮見は午前中は大体御鏡学園の大学に通っているらしく、僕が家から出ない限りは学業に専念すると言いつつ午後になると顔を見に来る。そして時々外に連れ出そうとする。
「時雨様、本日の御予定は……」
「…………」
僕としては雪見として最低限の行事には出ているのだから良いのでは、と思うが蓮見はそうでも無いらしく護身としての術を学ぶ時以外も僕を気晴らしと称して連れ歩こうとする事がある。
以前、何故なのかを聞いた。
その時々で理由は違うそうだが大体は僕の意思を尊重した結果、直接目的に近付く為に出歩いているのだそうだ。気晴らしはついでらしい。
疑問が若干晴れた僕は銀も随行させる。
そのお陰でと言うかなんと言うか。
蓮見と一緒に細い路地や薄暗い道、人気の無い場所も把握するようなった。
時々、銀の案内で緊急時に逃げ込める場所や知らない道も教えてもらえたが、逃げる場所については銀の同行が無いと入れない場所だった。
今の僕はそれらを地の利とする為に出歩き、銀と蓮見の監視付きではあるが時々パルクールの練習をするようになった。
パルクールは元々ダンスの一部だったらしいけど、動きの幅が広がるからって取り入れてみたのは僕自身。
これも小説の流れ上、路地裏ではピンチになりやすいのだから仕方ない。
そうして比較的平和な一年が過ぎて行った。
最近の僕は壁走りを習得した。
きっともう少しで壁に立つことが出来る、様な気もするがこれもまた練習次第だろう。
後はフードを被ったままでも出来る様になれば、夜にまで狐面をする必要はなくなる。
これもまた練習次第、と言った所か。
それと同時に、夜になると赤井蛍を目撃するようになった。
小説通り過ぎて一瞬興奮した。
赤井蛍は本当に中等部に上がると夜道を散歩しだすんだなぁ。
そして当然と言うかなんと言うか。陰ながらの護衛も数人見掛けた。
小説通りだったら、僕もあの中の一人だったんだよなぁ。
なんて思いを馳せつつ、当然の様に素通りする。
だって、今の僕は赤井蛍の護衛では無いのだから。
気が楽で仕方ない。
僕は今の身分に非常に満足していた。
そう、そしてあの事件からも、小説からも変わった事と言えばもうひとつ。
雪見家での事だ。
「時雨様」
「ん?」
不意に、パソコンのキーボードを叩く僕の手に柔らかく添えられる大きな手。
温かな手。この手は蓮見だろうか。目線を後ろに、上向かせる。
少し色素の薄い感情の読めない瞳と目が合った。
うん、蓮見だ。蓮見は最近護衛以上の働きをする。
以前から蓮見についてはさりげなく父様に聞いてはいるが、蓮見が想像以上に僕と近い事を父様も把握しているのかその度に嬉しそうな、楽しそうな笑顔で「本人に直接聞きなさい」と言われてしまう。
けれど父様がそんな態度だからこそ明確に分かるのは、蓮見は僕に害意が無い事だった。
…………そんな蓮見の手に逆らう事なく、パソコンから手を離す。
僕の部屋に時計は置いていない。代わりに、時間になると動き出す蓮見と銀。
どうやら時間が来た様で、僕は蓮見に手を引かれるまま素直に机から離れる。
但し、何の時間なのかは僕は把握していない。
予定が明確に決まっている事が殆どではあるが、今日の様に予定を告げられない日も勿論ある。
そう言った日は、車椅子が用意される事は殆ど無い。
僕としては歩行のリハビリになるので異能力無しで立ち上がる良い機会なのだが、急ぐ時もあるらしく。
「時雨様、失礼します」
「え」
異能力を使用していない僕の重さをものともせず、銀に脇に手を入れられ持ち上げられた。
時々、こうして片腕で抱き上げられるのだけど僕にはそれがとても恥ずかしい。
そうして僕は重さを軽くしようと慌てて異能力を使うのだ。
リハビリの為に異能力使わないようにしてたんだけどなぁ。
ピリ付いた空気とともに銀に半ば無理矢理部屋から廊下へ運ばれる。
銀の雰囲気だけはいつかの誘拐時より怖い。
この時、僕は廊下から見えた中庭の暗さにやっと夜だと知った。
そして何があった。
「銀?」
蓮見が先導し、銀が僕を運ぶ。
いつの間にか僕は着の身着のまま、雪見家を出ていた。
完全に部屋着なんだが?
いや、本当に何があった!?
そうして連れて行かれた先は繁華街の路地裏。
そこで見たのは何処かの高校生だろうか、制服を着た数人の不良に絡まれる赤井蛍。
うん、赤井蛍についてはちょっと予想通りで捻りが無いなと思ってしまった。
そして、近くで既に殴られている誰か。
誰だろう、とよく見てみる。
暗さも相まって見えにくい。
「殴られてるのが誰か見えませんか」
「見えないね」
「浅葱誠だそうです」
「えー…………」
蓮見の言葉に思わず顔が歪む。
何してんの浅葱君。ほぼ無抵抗とか馬鹿なの。
それとも抵抗が出来ないのだろうか。
可哀想だと思う反面、滲む嫌悪感。
僕は戦闘狂になったつもりは無いんだよなぁ。
それで、つまりは僕にあれに乱入してこい、と?
喧嘩っぽいし、死にそうにはないけど。
思わず天を仰ぐ。
「あぁ、せっかくの僕の平和が…………」
所詮僕がせっかく築いた平和は薄氷の上だった訳だ。
数年しか平和じゃないとか束の間過ぎる。
赤井蛍より一年早く、中等部に上がるのだ。
小説ではあの事件の後、入院中に御鏡学園から違う学校に転校していた。
けれど今回は浅葱姉弟が生きているからか、疚しい事は一つもないからか。
理由はいまいち分からないけれど、転校する事はなかった。
「転校したい」って言えば良かったかな、とは若干後悔してる。
浅葱薫とは同じ歳だがあの事件以降、浅葱姉弟とは顔を合わせていない。
…………と言うかそもそも今の僕は学園に在籍はしているものの、出席日数を取る為に月に数回程度しか登園していない。しかも時間をずらしての登園先は教室ですら無くなった。
保健室になっていたのだ。しかも大体は蓮見に運ばれるか、車椅子で運ばれていた。
所謂、引きこもりに近い状態だ。
お腹の傷は雨の日や時々、幻痛や引攣る様な痛みも残る様になってしまったが、異能力を使えば日常生活に負担は殆ど無くなった。
現在は異能力無しでも一人で動き回れる様にリハビリ中だったりする。
ここで面白いのが、僕は学園には殆ど行かなくなった。
代わりに学園、赤井家、他家主催、問わずパーティーや集まり、時々内容も知らなければ出席すると応えた覚えのない会議にも参加してるって所だね。
勿論、学園主催のもの以外は狐面を着けて。
今の僕はどうやら原作の時雨より勉強する時間があるらしく、復習も兼ねて勉強が出来ている。
僕の勉強を見てくれているのはかつて 僕を誘拐現場まで導いた男だった。
名前は小鳥遊 銀。
好奇心で情報を集めたらしい蓮見によると、どうやらかつて赤井蛍の担任を務めた男の義兄との事。
僕と蓮見の勉強を良く見て教えるのが上手い訳だ。
試しに「小鳥遊先生」と呼んだら、「義弟と被るので止めて下さい」と真顔で言われた。
いや、笑った顔は殆ど見ないけれど。
そうして、何と呼ぼうかとなった時。
本人から「銀、と呼んで頂けると」と自己申告があった。
以降、僕と蓮見は彼を銀と呼ぶ様になった。
現在の銀は消息不明かつ僕と共に死亡も予想されているらしい。
…………僕の死亡説は目撃者のせいだろうなぁ。
因みに余談だが。
後に僕が中等部に上がった頃から、黒い狐面を着けた僕に付き合って白い狐面を被ってまで昼夜問わず付いて来るものだから、いつしか雪見家の誰もが「銀狐」と呼ぶ様になってしまっていた。
そこそこの年齢に達している筈なのに、銀髪に染めた事にも驚いていると。
「いつか俺の生存が気付かれるとしても、小鳥遊銀は消息不明のままの方が良いでしょう。それに、銀髪の方が分かりやすいでしょう?」
その時の銀の優しい笑顔に僕の心臓が跳ねた。
いつも笑わない人のふとした笑顔って貴重過ぎて心臓に悪いんですけどぉ!
蓮見は午前中は大体御鏡学園の大学に通っているらしく、僕が家から出ない限りは学業に専念すると言いつつ午後になると顔を見に来る。そして時々外に連れ出そうとする。
「時雨様、本日の御予定は……」
「…………」
僕としては雪見として最低限の行事には出ているのだから良いのでは、と思うが蓮見はそうでも無いらしく護身としての術を学ぶ時以外も僕を気晴らしと称して連れ歩こうとする事がある。
以前、何故なのかを聞いた。
その時々で理由は違うそうだが大体は僕の意思を尊重した結果、直接目的に近付く為に出歩いているのだそうだ。気晴らしはついでらしい。
疑問が若干晴れた僕は銀も随行させる。
そのお陰でと言うかなんと言うか。
蓮見と一緒に細い路地や薄暗い道、人気の無い場所も把握するようなった。
時々、銀の案内で緊急時に逃げ込める場所や知らない道も教えてもらえたが、逃げる場所については銀の同行が無いと入れない場所だった。
今の僕はそれらを地の利とする為に出歩き、銀と蓮見の監視付きではあるが時々パルクールの練習をするようになった。
パルクールは元々ダンスの一部だったらしいけど、動きの幅が広がるからって取り入れてみたのは僕自身。
これも小説の流れ上、路地裏ではピンチになりやすいのだから仕方ない。
そうして比較的平和な一年が過ぎて行った。
最近の僕は壁走りを習得した。
きっともう少しで壁に立つことが出来る、様な気もするがこれもまた練習次第だろう。
後はフードを被ったままでも出来る様になれば、夜にまで狐面をする必要はなくなる。
これもまた練習次第、と言った所か。
それと同時に、夜になると赤井蛍を目撃するようになった。
小説通り過ぎて一瞬興奮した。
赤井蛍は本当に中等部に上がると夜道を散歩しだすんだなぁ。
そして当然と言うかなんと言うか。陰ながらの護衛も数人見掛けた。
小説通りだったら、僕もあの中の一人だったんだよなぁ。
なんて思いを馳せつつ、当然の様に素通りする。
だって、今の僕は赤井蛍の護衛では無いのだから。
気が楽で仕方ない。
僕は今の身分に非常に満足していた。
そう、そしてあの事件からも、小説からも変わった事と言えばもうひとつ。
雪見家での事だ。
「時雨様」
「ん?」
不意に、パソコンのキーボードを叩く僕の手に柔らかく添えられる大きな手。
温かな手。この手は蓮見だろうか。目線を後ろに、上向かせる。
少し色素の薄い感情の読めない瞳と目が合った。
うん、蓮見だ。蓮見は最近護衛以上の働きをする。
以前から蓮見についてはさりげなく父様に聞いてはいるが、蓮見が想像以上に僕と近い事を父様も把握しているのかその度に嬉しそうな、楽しそうな笑顔で「本人に直接聞きなさい」と言われてしまう。
けれど父様がそんな態度だからこそ明確に分かるのは、蓮見は僕に害意が無い事だった。
…………そんな蓮見の手に逆らう事なく、パソコンから手を離す。
僕の部屋に時計は置いていない。代わりに、時間になると動き出す蓮見と銀。
どうやら時間が来た様で、僕は蓮見に手を引かれるまま素直に机から離れる。
但し、何の時間なのかは僕は把握していない。
予定が明確に決まっている事が殆どではあるが、今日の様に予定を告げられない日も勿論ある。
そう言った日は、車椅子が用意される事は殆ど無い。
僕としては歩行のリハビリになるので異能力無しで立ち上がる良い機会なのだが、急ぐ時もあるらしく。
「時雨様、失礼します」
「え」
異能力を使用していない僕の重さをものともせず、銀に脇に手を入れられ持ち上げられた。
時々、こうして片腕で抱き上げられるのだけど僕にはそれがとても恥ずかしい。
そうして僕は重さを軽くしようと慌てて異能力を使うのだ。
リハビリの為に異能力使わないようにしてたんだけどなぁ。
ピリ付いた空気とともに銀に半ば無理矢理部屋から廊下へ運ばれる。
銀の雰囲気だけはいつかの誘拐時より怖い。
この時、僕は廊下から見えた中庭の暗さにやっと夜だと知った。
そして何があった。
「銀?」
蓮見が先導し、銀が僕を運ぶ。
いつの間にか僕は着の身着のまま、雪見家を出ていた。
完全に部屋着なんだが?
いや、本当に何があった!?
そうして連れて行かれた先は繁華街の路地裏。
そこで見たのは何処かの高校生だろうか、制服を着た数人の不良に絡まれる赤井蛍。
うん、赤井蛍についてはちょっと予想通りで捻りが無いなと思ってしまった。
そして、近くで既に殴られている誰か。
誰だろう、とよく見てみる。
暗さも相まって見えにくい。
「殴られてるのが誰か見えませんか」
「見えないね」
「浅葱誠だそうです」
「えー…………」
蓮見の言葉に思わず顔が歪む。
何してんの浅葱君。ほぼ無抵抗とか馬鹿なの。
それとも抵抗が出来ないのだろうか。
可哀想だと思う反面、滲む嫌悪感。
僕は戦闘狂になったつもりは無いんだよなぁ。
それで、つまりは僕にあれに乱入してこい、と?
喧嘩っぽいし、死にそうにはないけど。
思わず天を仰ぐ。
「あぁ、せっかくの僕の平和が…………」
所詮僕がせっかく築いた平和は薄氷の上だった訳だ。
数年しか平和じゃないとか束の間過ぎる。