真弓との面会が終わり、僕は病室に戻る事なく1階のロビーへと向かう。平日ともなるとたくさんの患者でロビーはいっぱいだった。
「なぜ、真弓なんだ……こんなにたくさんの人間がいるのに」
歯ぎしりしたくなる様な感情が芽生える。ジュースを買い、中庭の木陰のベンチに向かう。病院から一歩出ると木陰でも暑い。ベンチも熱をおびている。しかし外来の患者は中庭にはめったに来ない為、ベンチは空いていた。
「千家君……だったね?」
「え?あぁ、この前の……えぇと、片桐刑事さん?」
「そうだ、隣り失礼するよ」
小夜子の事でお世話になった刑事が僕を見つけ声をかけてくれる。少しは気が紛れるか、そんな風にも思えた。
「何だか、顔色が良くないが?」
「いえ、大丈夫です。あ……そうだ。刑事さん、柏木先生はどうなりましたか」
「逮捕され、今は留置所だ。これから裁判になるだろう。複数人の女性から被害届けが出されたんだ」
「そうですか、安心しました。小夜子の様な思いはもうたくさんです」
「君が明らかにしてくれたお陰だ。ありがとう」
「いえ、僕は何も……」
「ところで今日来たのは、西奈真弓君の事で来たんだが、同じ高校だったんじゃないかと思ってね」
「真弓!?」
「いや、取って食おうと言うわけじゃないんだ。西奈君の事故を調べててね。結論から言うと踏切に向かい突然走り出したという目撃情報があってね……」
「踏切に飛び込んだ?真弓が?」
「自殺……というのは考えにくい。お友達と花火を見にいく為の待ち合わせをしていた。そして……」
片桐刑事は袋に入った携帯電話を見せてくれる。その携帯の周りには血の固まりが付いている。
「真弓の携帯……ですよね」
「そうだ。携帯の最後の画面が君宛のメールだったんだが……」
「え?」
【そうだよね。無理言ってごめん。元気になっ】
「……その顔は、身に覚えがありそうだな。このメールを打ちかけて、彼女は踏切に飛び込んだ。自殺とは考えにくい。そして誰かを突き飛ばした様にも見えたという目撃情報もある」
「その突き飛ばした相手は?」
「それが誰も見ていない……どころか防犯カメラにも映っていないんだ」
「どういう事ですか……」
「わからない。防犯カメラにも突き飛ばしたような格好はしている。たまたま画面の端で見切れたのか。まぁ本人に聞こうと思ったんだが、あの状態ではしばらくは話せないだろう」
片桐刑事は嘘を言うようには見えない。その踏切にもし誰かいたとしたら……例えば修復者に関係がある……!?
「中和有珠……」
「ん?千家君、どうした?」
「いや、何でもないです。もしまた何かあれば連絡してもいいですか」
「あぁ、私の名刺を渡しておこう。電話番号もかいてある。それと、話が戻るんだが……」
「ありがとうございます。どうされました?」
「柏木の事なんだが……」
「柏木先生?留置所にいるのでは?」
「あぁ、本人はな。だが、そのご家族がな……。何でも誹謗中傷がひどく、家もめちゃくちゃになっていたそうだ。近所からの通報で何度か警察も行っている」
「そんな……!家族は関係ないのに!」
「そうなんだがな。いっときは警官が巡回して多少は収まってはいたが、毎日イタズラ電話に罵声、あるいは窓ガラスを割られたりと……色々とされたそうだ。最後には……」
「僕が刑事さんに言ったせいで……」
「……君のせいではない。だが、君も気をつけてくれ。逆恨みされる理由は十分にあり得る話だ」
「はい……ありがとうございます。気を付けます」
そう言うと、片桐刑事はロビーへと入って行く。少し話をしたせいか、さっきまでのうやもやとした気持ちが少し楽になった気がした。
「そうだ、中和有珠に事故の事を聞いてみないと……て連絡先知らなかった……手紙にも連絡先は書いてなかったよな?」
僕は部屋に戻り、先日の手紙を探す。床頭台の引き出しに手紙はあったが連絡先の記載は無い。
コンコン――
「千家サン、こんにちは。お昼ごハンでっセ」
「あぁ、メリーさん。ありがとうございます」
「それと、先程女の子が来て千家サンにコレを。もしかしてコレでスカ?コレ?」
小指を立ててジェスチャーするメリー。
「違うよ。ただの友達だよ」
「ほほぅ……Friendネェ……」
メリーが部屋から出て行ってから手紙を開ける。タイミング良くなのか、どこかで見ていたのか中和有珠からの手紙だった。
【13時 屋上に来い】
内容が電報の様になってきた。手紙を床頭台の引き出しにしまい、昼食を食べ薬を飲む。
13時が近付き、僕は屋上へと向かった。午前中にいた中庭とは違い、屋上は暑い。
日陰のベンチに2人の女性の姿が見える。1人は有珠の様だ。もう1人はショートカットで金髪の女の子。同じ高校の制服を着ている。金髪だが理子ではない。見た目は幼く見える。
「有珠、来たぞ。彼女は誰だ?」
「おぉ、千家良く来た。こいつは私の妹分、小野妹子じゃ」
「おののいもこ?」
「冗談じゃ」
「殴ってもいいか」
「こほん。発音黒子じゃ」
「千家様。お初にお目にかかりますわ。私、発音黒子と申します。よろしくお願い致します」
「千家春彦……です。はじめまして」
同じ高校の制服を着てはいるが初めて見る顔だ。
「黒子は2学期から、夢希望高校に編入予定なんじゃ。わしと同じく貴様の家で居候しておる。今後とも頼んだぞ」
「は?居候?そんな話は聞いたことないぞ」
「貴様にはまだ言ってなかったからの。父上と母上には承認されておる」
「……あれか?有珠は中ニ病なのか?」
「わしは高校2年生じゃ。失敬な」
「千家様、ねぇさまを侮辱するとぶっ殺しますわよ……」
黒子の目が赤く光り、黒い煙の様な物が黒子の周りを覆う。
「黒子やめぬか、用件が違うであろう」
「はっ!ねぇさま!失礼しました」
「今、何か見え……」
「こやつも修復者じゃ……前に話したと思うが、次元の歪みを治す者なのじゃ」
「修復者……」
「見た目は幼いが高校2年生じゃ」
「あれか?黒子も中二病なのか?」
「ねぇさま、こいつ殺しても?」
「よさぬか。こんな顔をしておるが、中身はおっさんじゃ」
「言い方……」
有珠は首をふりふり、黒子をなだめる。
「そんな事より、今日は例の事件についてじゃ。黒子……」
「はい、ねぇさま」
「例の事件……踏切事故か」
「あぁ、貴様も知っておるように西奈真弓が踏切で電車にはねられた。あれは南小夜子の生還による修復力だと思っていたが……」
「僕もそう思っていた。違うのか?」
「うむ。もし修復力ならば西奈真弓は死んでおる。しかし現に命は助かった。そして黒子――」
「はい、私があの現場にたまたまいたのですわ。そして一部始終を見たのです」
「一部始終……?教えてくれ!何があったんだ!」
「……柏木雪菜。こいつが踏切内にいたのですわ」
「柏木雪菜?その人を助けようとして真弓は踏切に飛び込んだのか?」
「はい、その様に見えました」
「でも防犯カメラには何も映ってなかっ――」
言いかけて、気付いてしまった。
「まさか!」
「……その柏木雪菜はその日、すでに亡くなっていたのです。それがたぶん南小夜子の修復力――」
「ちょ!ちょっと待ってくれ!柏木雪菜って!!」
「うむ。貴様も知っておる」
「柏木先生の奥さんなのか……?」
「そうですわ。夫が複数人の女生徒に手を出し、逮捕された後――誹謗中傷、嫌がらせ、報復……最後は自分で命を絶ちました」
「何てことだ……」
「そしてじゃ。柏木雪菜の子供、柏木白子が修復者なのじゃ」
「悪魔なのか……自分の母親の遺体で真弓を踏切に誘導したのか……」
「詳しくはわからぬ。じゃが、あいつなら真弓にしか見えないように姿を隠すなど造作も無いこと。ぬかっておったわ」
「柏木白子は今、どこにいるんだ?」
「わからぬ。で、黒子に探させておるのじゃ。身なりは14歳、15歳のはずじゃ」
「父親か母親も修復者だったのか?」
「それはわかりませんわ。私達、修復者は世界を移動する度に、その世界に合わせた姿を与えられるのです。白子だけなのか、はたまた両親のいずれかが修復者だったか……」
頭をフル回転して話を鵜呑みにするが、到底信じがたい話だ。僕がタイムリープをした経験があるから多少なり信じられる、と言ったところ……本来なら鼻で笑ってしまうくらい真面目な顔をして聞いている。
「ちなみに黒子と白子はもしかして……」
「元、姉妹じゃ」
「だよね……名前似てるからそんな気はした」
「前の世界での話ですわ。この世界では他人です。何の繋がりもありません。ここに白子がいれば躊躇なく首をかっ切れますわ」
「元姉妹だろ?世界が変わってもそこは駄目だろ……」
「気にしませんわ。私には有珠ねぇさまがいますもの」
「価値観が良くわからん……」
「そういう事じゃからわしと黒子は貴様の家に住んでおる。その腕を治してさっさと戻ってこい。白子を探すぞ」
「そう言われてもまだ2週間はギブスが外れないんだ」
「千家春彦。これを」
「何だこれ?」
「私の調合した薬ですわ。修復力が大幅に向上しますの」
「大丈夫なの……か?」
「まぁ、試してみよ。前の世界では、黒子はその道のプロじゃった」
「あぁ……ありがとう」
「さて、黒子帰るぞよ」
「はっ!ねぇさま!」
そう言うと、有珠と黒子はさっそうと帰って行く。いつもの階段で……。
「エレベーター苦手なのかな……?」
そう思わざるを得ない2度目の修復者との接触だった。