自殺未遂を計った南小夜子。入院している病院で、原因が明らかになる。
 10年後の未来でも語られてなかった真実がそこにはあった。死因は転落死。しかし遺書等は無く、いじめがあったという証言の元、小夜子は自殺として片付けられた。いじめの主犯は東方理子。当時は町のチンピラと付き合ってるとか付き合ってないとか、子供がいるとかいないとか、そんな噂ばかりだった。

「いじめがね……少なからずあったのは本当よ」

 小夜子が窓の外を見ながら話をする。頭に包帯が巻かれ腕は点滴が繋がれ、体中あざだらけだった。
 僕は自分が小夜子を助けた事を鼻にかけるつもりはない。だけど面と向かって「死にたかったのに」と言われると正直こたえる。

「理子ちゃん……うぅん、理子がね。あいつも柏木先生の事が好きだったのよ……。だからあんな事――」
「ちょっと待てよ。理子て……あの東方さん?」
「え?春彦君、他に誰がいるのよ」

 10年前の世界の事だ。記憶もたどたどしい。東方理子は金髪にピアス、冬でも日焼けしているイメージだった。ヤンキーと言うか、ギャルと言うか。まさか先生に恋してるとか微塵も思わなかった。
 そんな話を聞いていると、小夜子がいじめを苦にして自殺を計ったというより、柏木先生が生徒に手を出して……が真相だった事に気付く。

「小夜子、柏木先生は子供の事を……」
「……えぇ、話したわ。私はね……悩んで悩んで先生に打ち明けたの。そしたら彼はあっさり答えたわ。『おろしてくれ』て。『俺には妻も子供もいる』てね……」
「え……」

コンコンッ!
ふいに、病室のドアがノックされる。

「南小夜子さん、昼食をお持ちしまシタ」
「はい、どうぞ……」
「あれ?千家サン、オミマイですカ?部屋に昼食お持ちしマス。お戻りくだセイ」
「あ、はい。わかりました。小夜子、また後で……」
「……」

 小夜子はまた外を眺める。寂しそうだが、何だか吹っ切れた様にも見えた。

 僕は昼食を済ませ薬を飲み、目をつむる。この数日間で色んな事が起こり過ぎた。一番の気がかりはこのタイムリープからどうやったら帰れるのか。そして10年後の元の体はどうなっているのか。
 そんな事を考えながら、いつの間にかウトウトと寝ていた。

 ――気が付くと、ベッドの脇に誰かが座っている。高校の制服だ。僕は目をゆっくりと開ける。

「起きたか。千家……」
「誰……?」

 声のする方に顔を向ける。そこには金髪にピアスをつけ、全身日焼けをし、短いスカートを履いた女の子が足を組み座っていた。

「東方……さん?」
「あぁ」

 ぶっきらぼうに彼女は答える。そして、僕が起きるのを待っていたかのように椅子から立ち上がる。

「千家……」
「は……はい」

 小夜子の事だろうか。それとも先生の件の口止めだろうか。僕は罵倒される覚悟をする。

「小夜子の命を救ってくれて本当にありがとう」
「へ?」
「だから、南小夜子を助けてくれてありがとう」

東方理子は僕に対し、深々と頭を下げる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!東方さんにお礼を言われる事はしてな――痛てて……」

 手を伸ばそうとして痛みが走り、両腕が骨折している事を思い出す。

「大丈夫か!」

 理子は僕の背中に手を回し体を支えてくれた。不謹慎だが、香水だろうか?近付いた理子はいい匂いがした。僕の顔の前に理子の顔が近づき、目が合う。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのだが、いかんせん体が言う事を聞かず動けない。

「千家……お前、顔がまっかだぞ……」
「そ、そんな事……!」
「……」

 理子は僕の体をそっとそのままベッドへと横にしてくれる。外見で人は判断すべきじゃない、と思った。ひとつひとつの仕草が優しく、見惚れてしまう。

「で……どうして東方がお礼を言うんだ?小夜子に聞いた話しだと、彼女をいじめていたと聞いたんだが?」
「あぁ……その件か。お前も私の外見がこうだから、そう思うのは無理はないな。私の事は理子と呼んでくれ、東方という呼ばれ方はあまり好きではない」
「そうか……じゃぁ、理子。どうしてなんだ」
「……誰にも言わないと約束できるか」
「……あぁ」

 彼女は僕の顔の前に近付き、目を見つめる。心臓の鼓動が少し早くなり顔が赤くなるのがわかる。

「……ふぅ。私は……小夜子の事が好きなんだ」
「そうなんだ……えぇぇぇぇぇぇ!!」
「ちょ!声が大きい!!」
「んんんんっ!?」

理子は慌てて僕の口に手を当て、声を押し殺させる。

「ご、ごめん……さすがにびっくりした」
「バカ……」

 まっかになる理子を見て、意外に真面目な子なのでは?と思う。

「それで、好きな人を助けてくれたから……お礼をと。でも小夜子はそうは思ってないぞ?」
「あぁ、知ってる。小夜子が柏木先生の事を好きだって事は……だけどな。柏木は……他の女子にも手を出しているんだ。私は柏木を許さない」
「何だって……!それじゃもしかして、小夜子をいじめてたのではなくて……」
「あぁ、小夜子に気付かれないように柏木から遠ざけようとしたんだ。まさか飛び降りるとこまで追い詰められてたなんて……知らなかったんだ……」

 理子は涙を流した。それは決して嘘の涙ではない。顔をくしゃくしゃにし、誰にも見せないであろう姿を僕に見せてくれた。
 僕はギブスで曲がらない手を差し出し、理子の頭に触れる。

「良く頑張ったな。後は僕に任せろ」
「千家……お前……ひっく……」
「千家……じゃない。春彦だ」
「……ひっく……春彦……」

 彼女は僕の胸に顔をうずめしばらく泣いていた。10年後に見た法事に来ていた理子は謝罪の念で来ていたのではない。たぶん愛する人に会いに来ていたんだ。
 皆が噂する様な女の子ではなかった。見た目はどうあれ、純粋で一途だった。
 彼女は涙を拭き、吹っ切れたような清々しい顔をしていた。1人で苦しんでいたのだろう。

「千……春彦。私は今回の件で少なからず小夜子に迷惑をかけた。彼女が元気になったら全部話をするよ。それと――」

ふわっと、彼女が僕の顔に近付いた。

「ありがとう、お礼だ」

 理子の口と僕の口が静かに合わさる。一瞬、手を出して止めようともしたが……止めようとする気持ちだけで体は抵抗なく受け入れた。
 と、またこのタイミングでノックをする音が聞こえる。

コンコンッ!

「失礼しマス!ケンオンオンのお時間デス!千家サン!」

 またしてもナイスなタイミングで現れるメリー。そろそろ、廊下で見てるのじゃないかと思ってしまう。

「じゃぁ、今日は帰るわ。春彦、また来ていいか?」
「あぁ、いつでも。1人で抱え込むなよ」
「ありがとう、じゃあな」

 そう言うと、理子はメリーに会釈をして病室から出る。

「アレレのレ?お邪魔だったかシラ?メリー」
「とんでも無いです。だいぶんお邪魔でした」
「それは良かったデス!ケンオンしますネ!」
「こいつは……」

………
……


 検温を済ませ、ジュースを買いにロビーに降りる。ロビーには見たことのある刑事がいた。

「……刑事さん、千家です。南小夜子の事でお話が――」
「おぉ、夢希望高校の……君は1人の女の子を救ったヒーローだ。今、警察署でもその話でもちきりだよ。どうしてあの場所がわかったのか教えて欲しいよ」
「ははは……それは別の機会にお話するとして、実は――」

 僕は柏木先生の話をした。理子に口止めはされてはいない。あの先生の身勝手な行動が今回、1人の女の子を自殺未遂へと追いやったのだ。許せるはずもない。

「――なるほどな。途中途中、誰から聞いたか言えない所はあるとしても、その柏木先生とやらが青少年保護防止条例に引っかかっている可能性はありそうだな……うむ。わかった。早速、調べさせる。協力感謝する」
「ありがとうございます。この話の出先はご内密に」
「ははは!君は不思議な子だな。わかった、約束だ」
「よろしくお願いします」

 ――その足で、小夜子の病室を覗いてみたが検査中にて病室にはいなかった。病室に戻ろうとナースステーションの前を横切る。

「メリー!検温シートはどこにやったの!」
「すいまセン!すいまセン!覚えてまセン!」
「まったく!いい?次やったら婦長さんに指導してもらいますからね!」
「……チッ」
「え?今、何か言った?」
「イエ!何も言ってないデス!探してきマス!」

 メリーは相変わらずだな、というか良く看護師になれたな。たぶん……マスコット的な立ち位置なのだろう。
 微笑ましい光景を見ながら僕は病室へと戻った。