――2010年8月9日(月曜日)0時00分。

 カチ――時計が8月9日になった。この時はまだこんな事になるなんて思いもしなかった。
 目が覚めると僕は真っ暗な何もない空間にいる。上がどこなのか、下がどこなのかすらわからない。
 そんな中いくつかの光が見える。体の向きを変えれば光が見える方へと行けそうだが……?

「ぬ……貴様が千家春彦か」
「ぬっ?誰だ!」
「わしは死神ノアリス。人呼んで死神ノアリス……」
「なぜ2回言ったんだ……」
「……」
「……」
「細かい事を気にすると、ろくな死に方をせぬぞ?」
「ほっといてくれ」
「さて本題に入ろう」
「ちょっと待て。まだ自己紹介が終わっていない」
「――わしは死神ノアリス。人呼んで……」
「で、ノアリスとやら。僕は死んだのか?」
「貴様はやはり千の血筋なのだな。わしを雑に扱う所がそっくりじゃ。貴様のご先祖様の――」
「昔話は結構です」
「桃矢……」
「……」
「……」

 しばらく沈黙が続く。お互いの出方を伺っているのか。大きな鎌を持つ少女はやはり死神なのだろう。絵に描いたような出で立ちだ。

「ぬ。さて……貴様の魂は修復者(リストーラル)により抜け出た様じゃな。西暦2010年の千家春彦よ。帳簿によると、18歳とちょっとで間違いないか?」
「なぁ、その帳簿簡単すぎやしないか。ちょっとて何だよ、ちょっとって」
「貴様、男のくせに細かい事を言うの。ほれ、見てみろ。ここに――」

 ノアリスが見せてくれたノートには、僕の産まれた日からの経歴が細かく書かれていた。

「字がきたないな……」
「ぬ。やかましい。貴様、男のくせに野暮なやつじゃな」
「……」
「……」

再び、沈黙が訪れる。

「……さて、千家よ。貴様には選択肢がある。今から言う選択肢を選ぶが良い」
「選択肢?」
「左様――」

 ノアリスが言うには、僕は生まれ変われるターニングポイントにいるそうだ。
 2010年の僕の魂は抜け行き場を探している。ほっておくとそのまま消滅してしまうそうだ。そこで選択肢を与えられた。

 1つ目は、2021年の千家春彦の体に入る事が出来る権利。
 ただし肉体は脳死状態の為に、生き返る可能性は少ないそうだ。
 2つ目は、2021年の霧川真昼の体に入る事が出来る権利。
 彼は心臓移植を受ける際に残念ながら死を迎える。その時に、僕の魂を入れ生き返る事が出来る。

「ただしじゃ。どちらにせよ、今の貴様の記憶はほとんど失われるじゃろう。正確には体に記憶が乗っ取られていくわけじゃ。最初は覚えていてもいつの間にか……じゃ」
「そうか……未来の僕の体に入るか、未来の他人の体に入るか……か」

ふぅ、とため息が出る。

「ちなみに聞くが、女子の体に生まれ変わると言う選択肢は無いのか?」
「無い。この変態」
「そうか。そうなのか」
「残念そうな顔をするでない、この変態」

顔に出てしまっていたか……僕は少しだけ反省する。

「今日が8月9日だっただろ?」
「そうじゃ。生まれ変わる事が出来るのは2021年3月11日午後15時40分ちょっと過ぎじゃ」
「10年後か……かなり暇なんだが」
「愚か者よ。その間は貴様が入る肉体の観察でもしておるが良い。まぁ時期がくれば自然と魂は眠りにつくであろう」
「眠れるのね、良かった。この真っ暗な空間で10年もすることが無いのは苦痛だ。ところで……」
「……あの青い光が霧川真昼の人生じゃ。そして向こうの赤い光が未来の千家春彦の人生じゃ」
「あの黄色は?」
「霧川小夜子、という人物の人生じゃが見る事は推奨せぬ」
「霧川小夜子……?霧川先生の事か?」
「ぬ。学校とやらの先生はしていたな」
「そうか。この光は僕に関わる人達の人生なのか……理解した。で、女子の……」

ノアリスが僕の首に大鎌を突きつける。

「じょ、冗談だってば!ノアリス!目が怖い!」
「貴様の冗談を見ていると桃矢を思い出すわ……」

ノアリスの大鎌が僕の首から離れる。

「貴様ら千家の血筋は太古の昔より、この国の歴史を変える者が生まれる。だが同時に神や魔と言ったこの世の者では無い者まで引きずり込んでしまうのじゃ」
「僕の血筋が千家……か。そう言えば百家という親戚がいるのは聞いた事があるな。万は無いのか?」
「貴様ら人間の細かい家系までは知らぬが、万は駄目じゃ。論理的に……それ以上は言えぬ」
「ん?そうなのか。万……あぁ、そう言う事か」
「……」
「……」

 それから10年と言う長いようで短い時間をこの暗闇で過ごす事になった。
 お腹は空かない、トイレも出ない……ただひたすら千を超える人間の歴史を見ていく。
 時々、ノアリスがひょっこり現れる。話相手もいないこの空間ではそれが幾分楽しみになっていた。

 ――それから半年の歳月が流れ、2011年3月11日。
 僕はノアリスにある映像を見せられる。

「これが貴様が生きていた時代の映像じゃ……」
「地震……!?」
「そうじゃ。起こるべくして起こったそれは多くの犠牲者を出した。生き運のある者、また一生を終える者、すべてを失った者……この世界は時々こうしてリセットされる……」
「僕の住んでた町が……燃えている……」
「……自然の摂理には逆らえん。じゃが、自然をコントロールする事は出来る。それが修復者(リストーラル)と呼ばれる者の仕事なのじゃ」
修復者(リストーラル)……か」
「そうじゃ。そしてその修復者(リストーラル)をサポートするのが、時追者(トラベラー)であり、鍵持者(キーホルダー)なのじゃ。歴史の……世界を元のある状態に戻そうと日々奮闘しておる」

 ノアリスの話はどこか突拍子もなく、それでいて的を得ていた。
 その後、いつの間にか僕は深い眠りにつく。

――10年後。

2021年3月11日0時。

「起きろ……時間じゃ」
「ん……お母ちゃんまだ眠い……」
「ピキッ。誰が貴様のお母ちゃんじゃ!起きんか!」

ゴンッ。

 それはノアリスのゲンコツで目覚める最低な日だった。

「さて、時間じゃ。このゲートをくぐるが良い」
「これは……?」
「以前話した霧川真昼の肉体へのゲートじゃ」
「そうか……」
「なんじゃ?嬉しく無いのか?」
「色々考えてな……やっぱり女子の体に――」
「さっさと行け、クズ」

ドンッ!

尻を蹴られ、僕はゲートの中へと落ちていく。

「あぁれぇぇぇぇ!!」

………
……


「ふぅ、ようやく静かになったわい。さて、次は霧川真昼の魂を……おっとその前に、西奈真弓の魂が南小夜子の肉体に定着しているか確認しなければ……やれやれ。死神使いが荒い、ねぇさまじゃ……」

 ――死神ノアリスはこの異空間で毎日何百の魂の選別を行う。
 魂の入れ替え、天国へ行く者、地獄へ行く者……そして異世界へ行く者。

 すべては天照大御神……もとい。中和有珠の指示の元、今日も選別作業は続いて行く。