――2011年3月4日(金曜日)。
「夢夢、有珠がそう言ったんだな?」
「はい、千家様」
「そうか……あと1週間後か」
猿渡の屋敷で、夢夢の部下数十人を集めて大広間で会議をしていた。
3月11日にこの町は災害で壊滅的被害を受ける。しかし未来を知っていてもそれを口にする事は出来ない。口にした所で嘘つき呼ばわりされるだろう。
僕に許される行動は南小夜子を助ける事。そして未来の妻、西奈真弓をこの町から遠ざける事。
「では皆、災害が発生した後に1人でも多くの住民を救ってくれ。僕たちに出来る事はそれしかない」
「はっ!千家様!」
各々、各避難所付近に医薬品や食料や毛布、飲料水を買って隠しておくように指示を出す。有珠の指示で直接的に手を出す事は禁じられている。大幅な歴史への干渉は禁止なのだ。ならば間接的に役に立つ方法をと皆で模索していた。
――学校の卒業式は3月18日。ほとんどの生徒が就職や進学が決まり登校はしていない。僕はまだ就職先が決まっていないため学校には通ってはいるが、就職先を決めるのも悩んでいた。今、就職が決まっても災害後はどうなるかわからない。
『ピンポーン』
「はぁい!」
玄関のほど近くにいた猿渡の子が玄関へと向かう。しばらくして戻ってきたその子は僕を呼びに来た。
「千家親分!大変です。警察が――」
「警察?何の用だ?」
玄関に出てみると、片桐刑事と数人の警官が待っていた。
「片桐刑事、どうしたんですか」
「あぁ、千家さん。ちょっと聞きたい事があって来たんですよ。よろしいかな?」
「えぇ、上がられますか?」
「いや、ここでいい。例の物を……」
「はっ!」
警官がアルミケースから大事そうに袋を取り出す。
「千家さん。これ何かご存知ですか?」
「ん?何でしょう?錠剤のようですが……」
袋には錠剤が包装シートのまま入れてある。
「この薬は『M.M.B剤』と言いましてね。人の脳を操る薬として……いや、新薬と言った方がわかりやすいでしょうか」
「まさか!理子に使われていた薬ですか!」
「ご名答です……これがですね。中央病院の地下から出て来たのですよ。それと……」
「地下……何でそんな所に……」
片桐刑事は1枚の写真を取り出す。
「これはある病室の床頭台なんですがね。この床頭台にも隠されていました」
「片桐刑事。何が言いたいんですか?」
「千家さんは話が早くていい。これは君の入院していた病室の床頭台なんですよ。意味がわかりますよね?」
「……なるほど。誰かが僕をおとしめようと?」
「さぁ……そこはかばってあげたい所ですが、一応、薬物製造の容疑がかかっていましてね」
「……僕がやったと?」
「そうは言っていません。捜査に協力して頂けないかと思いまして――」
「――わかりました。身内に事情を説明して来ますのでお待ち下さい。……大丈夫です、逃げやしないですよ」
「そうですか。ご協力感謝致します。我々は外の車で待っていますので……」
「はい……」
大広間に戻り、夢夢達に事情を説明する。刀を手にした夢夢を止めたのは言うまでもない。
「千家様、いつでも叩き斬ってやりますのでご命令を」
「大丈夫だから。それより準備を進めておいてくれ。あと凛子と美甘に連絡役を」
「かしこまりました。すぐに準備を――」
小雨が降り始めた空を見上げる。災害が起こるまで1週間……準備をしなければと思いつつも、目の前のやっかい事の片付けを優先する。
「出してくれ」
「はい、片桐刑事」
………
……
…
――3月5日(土曜日)。
取調べ室にて入院中の生活の調書を取られる。勾留中は警察署内にある保護室での生活となった。
――3月6日(日曜日)。
警察署も休日だ。特にする事もなく、図書室の本を借りて読む。時々、窓の外に凛子と美甘の姿が見え隠れする。
――3月7日(月曜日)。
気持ちが焦り始める。土曜日に行った調書と同じ内容を1から説明をさせられる。これは嘘をついていないか、記憶が正しいのか確認しているのだろう。
――3月8日(火曜日)。
残り3日。こんなに長く警察署に拘束されるとは思わなかった。説明だけして出れると思っていたが、のらりくらりと同じ内容の調書を取られる。取調べ室から帰ると凛子のメモがあり、僕の両親が面会に来たが取調べ中の為に帰った事が記載されていた。
――3月9日(水曜日)。
「片桐刑事!いい加減にしてください!」
何度も同じ事を説明させられ、思わず声を荒げてしまう。相手の思うつぼだとも知らずに……。
「千家さん、こちらも困っているんですよ。今回の新薬の件は国家レベルの重罪になるんです」
「だから僕は何も――!」
「片桐刑事、裁判所からこれを――」
「あぁ……わかった、ありがとう。千家さん、今日から留置場に移ってもらいます。警察署のすぐ裏の建物になりますのでいつでもお会いできますが……長期になるかもしれませんね」
「くっ……」
――3月10日(木曜日)。
僕は留置場に移され、さらに警備も厳重になっていた。そろそろ限界だ。災害はもう明日だ……夢夢の助けを借りるか。と、思案していた時だった。
グラグラ――
最初は軽い揺れだった。それから数分事に揺れが起きる。震度は1~2程度。しかし、頻度がおかしい。大地震の前の前兆か?情報が無さすぎて何もわからない。
「クックック……ハジマッタ……」
「え?」
耳を疑った。隣の部屋から聞いた事のある声が聞こえた。
柏木望……柏木白子の父親であり、夢希望高校の元教師だ。そうか、裁判の為に留置場に連れて来られていたのか。
「なぁ、あんた柏木先生じゃないのか?」
「……?」
沈黙する相手。こちらの様子を伺っているのだろうか。
「僕は千家春彦。夢希望高校の3年だ」
「ハァ?センケ……?」
何度か授業を受けた事はあるが、こんな口調の先生だっただろうか?何だか様子がおかしい。
「……」
「……」
お互いが壁に耳をつけ、沈黙をしていると今までにない揺れが襲ってくる!
グラ……グラ……グラグラッ!!
慌てて壁から離れ、ベッドの下へと潜り込む!留置場には火災報知器が鳴り始めた。
ジリリリリリッ!!
「火事……か?しかし今のは大きかったな。震度5くらいはあったか。凛子、美甘、大丈夫か?」
「はひっ!ご主人さま!無事です!騒ぎに乗じて扉を開けに行きます!」
「ですっ!」
「あぁ、わかった。気を付けてくれ」
ベッドの下から這い出すと、廊下が何だかこげ臭い。やはり火事か。配線でもショートしたのかもしれない。
と、さっきまで耳をつけていた壁を見ると小さな穴が空いている。壁の一部が剥がれたらしい。
そこにはやせ細り、目だけギョロリとした柏木望がいた。精悍な顔つきをした先生の姿はもう無い。恨み、怨念、そんな言葉が似合いそうな風貌だった。
声を聞いてわかったものの、姿だけでは判断がつかなかっただろう。するとまた柏木望が冷ややかに笑う。
「クックックッ……コイ……モットダ……オマエナラデキル……」
「何を言ってるんだ……?」
「ご主人さま、開けます――」
「あぁ。凛子、美甘、頼む」
「はひっ!」
カチャ――
凛子が扉を開けた瞬間だった……!
ゴゴゴゴゴ…
地鳴りが聞こえる。
ゴゴゴゴゴ……
「まずい!2人共!こっちへ!!」
「ひゃぁ!」
「はひっ!!」
……グラ……グラグラグラ……
………
……
…
「お、おさまった……のか?」
「ふぇ……」
「がくぶる……」
『ズッドォォォォォォォォォォン!!!!!』
「やばっ!!」
「きゃぁぁっ!!」
「きゃぁぁ!」
突然激しい縦揺れが起き体が宙に浮く感じがする!凛子と美甘が僕にしがみ付き、震える。
グラグラグラグラッ!!
ガッシャン!ガッシャン!!
更に横揺れが始まった。どのくらい揺れていただろうか。部屋のベッドが壁にぶつかり、本棚が倒れ、電灯もすべて消えている。室内は火事の明かりだろうか、オレンジ色に包まれ辺りは真っ暗になった。
――14時46分。
部屋の時計の針がそこで止まっていた。揺れは徐々に収まり、何とか立ち上がれる。
「2人共、大丈夫か?」
「は……はひ」
「ぐす……」
「よしよし、良い子だ。今のうちに逃げよう」
僕達が独房から廊下に出ると、暗闇に立っている人影が見える。暗くて良く見えないが、それは隣の部屋……柏木望の独房の前だ。
「あなた!危ないですよ!早く逃げないと!」
「……君は?見たことある顔だわね……」
「え?あなたは……」
「センケ……ワタシノ……オシエゴ……クックックッ」
「そう……千家……君。こんな所にいたの。また補習をしたいのかしら……」
「何を……言ってるんだ?こんな状況で……霧川先生……」
柏木望の独房の前には霧川先生が立っていた。