――2011年1月1日(土曜日)。
初詣で偶然、真弓と美緒に出会い一緒に参拝をする。参拝後に真弓の帰りが心配になった。
「真弓は帰りはどうするんだ?」
「17時に母さんが迎えに来てくれる予定なの」
「17時?まだ2時間近くあるぞ?」
「ふふ、春彦君知らないの?」
「これは知らないな、春彦。ちゃんと調べて来いよぉ」
「え?美緒も知ってるのか?何?」
「春彦君、今日はここの駐車場で16時から『Akane』のソロライブがあるのよ?何でも地元感謝ツアーとかで回ってるらしいの!」
2010年の夏に衝撃デビューをしたシンガソングライターの『Akane』。隣町の出身で、デビュー当時から良くCDを聞いていた。
「それは僕も聞きたいな……あっ!それで今日はこんなに人が多いのか!」
「ピンポーン!」
美緒が指を立て、当たりのポーズを取る。
「春彦、ちょっと真弓を見てて。お手洗い行ってくる」
「あぁ、その先の空き地で待ってる」
「オッケー!」
美緒は手を振り、走っていく。お手洗いも行列が出来てる事だろう。
「真弓はお手洗い大丈夫か?」
「えっ!う……うん。大丈夫……」
「ん?どうした?顔が赤いぞ」
「もう!そんな恥ずかしい事言わせないで!」
「いや……そう言われると……」
「べぇ!」
真弓は車椅子を動かし1人で行こうとする。
「こらこら!危ないから!」
「ははは!春彦君、お父さんみたいね!あっ!」
「ちょっ!待てよぉ~……て急に止まっても危ないから!」
「春彦君!春彦君!このくまさんかわいい!」
くじ引きの屋台の前で止まり、景品を指差す真弓。
「くまさん?もう子供じゃないんだから、真弓ちゃん行きますよ」
「やだ!欲しい!欲しい!欲しい!お父さん買って!」
「お父さんじゃないし!……すいません!えっと、くじ引き2回お願いします」
「はいよ、1回500円ね」
「え!春彦君!冗談よ、冗談!」
「いいから、ほら。2回引いて。くまさんは……10番だね」
「ありがと……」
真弓は少し照れくさそうに2回くじ引きをする。
「はい。51番と342番ね……そしたらこことここから1個ずつ好きなの選んでね!」
「えぇ!くまさん出なかった!」
「お嬢ちゃん、くまさんは10番のくじだね。残念!」
「くっ!真弓のくまさんがっ!!」
僕は財布の中から、福沢諭吉先生を召喚しようとする。
「こら!春彦君!それは駄目です!ここから選びましょ」
真弓に怒られた。
「この便箋セットと……あ!この指輪かわいい!」
「指輪?玩具の指輪じゃないか」
「これにしよっと。おじさん!この指輪と便箋セットにします!」
「はいはい!毎度あり!――くじ引きだよ!寄ってらっしゃい!まいどっ!1回――」
せわしなくお客の相手をするくじ引き屋を後に、真弓の車椅子を押す。
「真弓、そんな指輪で良かったのか?他にも色々……」
「いいの。これは春彦君が買ってくれた指輪なんだから!えへへ」
無邪気に笑う真弓を見て、なぜか懐かしさを感じる。僕の元いた世界は2020年。今から10年後だ。でももうほとんど覚えていない。今いるこの世界に元から産まれ育った感覚さえある。
車椅子を握る手に力が入る。この世界でも真弓と2人で歩んで行きたい……。
「あっ!いたいた!おぉい!真弓!春彦!」
「美緒!遅い!どこまでトイレ行ってたの!もう!」
「ごめんごめん!あまりに混んでたから道路向かいのコンビニまで行ってた!」
「おかげで私達はめでたく結婚しましたぁ!」
「え!?ちょっと!何その指輪!!春彦!もうプロポーズしたの!早くない?」
「してないしてない。それはくじ引きの景品だ」
「あぁ、そうなんだ。はいはい良かったでちゅねぇ、真弓ちゃん。よちよち」
「春彦君!何でバラすの!もう!」
「えぇぇぇ……」
「ぷっ!あははは!」
こんなに笑う真弓を見るのはいつぶりだろう。胸の奥で熱くなるものがある。
『――ピィィィ……間もなく16時より第1駐車場において、シンガソングライターAkaneさんのライブを行います――』
「あっ!そろそろ行こ!」
境内に放送が流れ、駐車場へと向かう。すでに駐車場は人だかりが出来ており、会場から少し離れた場所で落ち着いた。真弓の車椅子を囲うように、僕と美緒と夢夢が立っている。
「ちょっと見えないなぁ……しょうがない。歌だけでも聞こえたらいっか」
「そだね、美緒達は前に行って来ても大丈夫だよ。私はここで聞いてるから」
「何言ってるの。真弓だけ置いてはいけないよ。私もここでいいよ」
「ありがと」
「もう真弓は世話のやける子ねぇ……ぷっ」
「何それぇ!お母さんみたいな事言って!あはは!」
そんな冗談を言っていると、司会のマイクが入りいよいよAkaneの歌が始まる。会場は司会の言葉に耳を傾け拍手をし、Akaneがステージに上がる。
『――お待たせしました!それではAkaneでAkaneiroです!どうぞ!』
〽見えないことが怖いんじゃない――
手が届かないから怖いんだ
真っ赤な夕焼けも――
君の真っ赤な顔も
そのぬくもりを失う事が怖かった――
ただそこにいるだけでいい……
ただそばにいるだけでいい……!
それが――言えなかった……!!
〽手が届かない今だから――!
手が届けば何もいらなぁぁい!!
ひとりぼっちの今だから――!
ひとりぼっちになりたくない……。
――Akaneの歌声に皆、時間を忘れる。1番を歌い終わると拍手と嗚咽が聞こえてくる。ハンカチで涙を拭く者、口笛を吹いて歓声を上げる者。そこにいた全員がAkaneの歌に酔いしれた。
「Akane!!」
「何て……綺麗な声……うぅ……」
「あぁ、やっぱりいいな。Akaneは……」
僕の胸にも歌詞が突き刺さる。目頭が熱くなり、気を抜くと涙が流れそうだ。真弓はハンカチで涙を拭き、美緒は口をポカーンと開けて聞いている。
――パチパチパチパチッ!!
1曲目が終わり会場は割れんばかりの拍手に包まれる。
『――続きまして……』
1時間という時間はあっという間に過ぎていく。
天候は晴天、風もない。ただ気温は低く寒いはずなのに腕まくりをしたり、上着を脱ぐ人の姿も見える。そのくらい皆、興奮していた。
集まっているのは10代~30代くらいの人だろうか。年配の方にとっては通行の邪魔でしかないのかもしれない。けげんそうな顔をして通って行く人もいる。
夢夢はジュースを買いに行ったり、たこ焼きを買いに行ったりと、歌には興味が無さそうだがそれなりにお祭りを楽しんでいるようだ。
そして最後の曲の伴奏が流れる――
〽光が届かない世界で生きてきた私は
君に出会って初めて光を知った――
山は輝き 空はまぶしく 海は光る……
そんな世界を初めて知った――
――光が見えるとき 風がそよぐとき……
君といるから 素晴らしい世界――
語りかけるような口調のバラードがまた胸に響く。はっきりとは思い出せないが、10年後の……2020年代の僕もこの曲を聞いていた気がする。懐かしくもあり、心の奥に響く。
真弓も涙を拭きながら聞いている。美緒は相変わらず口を開けている。
曲が終わるとアンコールの声が上る。しかし、冬の夜は日が落ちるのが早い。司会者がここで終了の合図を出し、鳴り止まない拍手を背にAkaneは壇上から降りた。
「はぁぁぁ、良かったぁ。もうね、感動しっぱなだった」
「真弓はずっと泣いてたわね。と言う私も最後はやばかった」
「美緒はずっと口が開いてたぞ?」
「はぁ?春彦はずっと真弓を見てたじゃんか!」
「えぇ!春彦君、Akane見て無かったの?」
「見てたよ!美緒、なんでそうなるんだ」
「千家様、西奈様の御母上様が第2駐車場でお待ちです」
「あぁ、夢夢ありがとう。真弓、時間だ。戻ろう」
「うん!今日はありがとうね、ほんと楽しかった!」
真弓は左手を空に向ける。指にはめた指輪が夕日に当たりキラキラと光る。
「Akaneの彼氏はね、体に障害がある人なんだって。私と春彦君とは逆だけど、きっとこれからもうまくやって行ける気がする。だってあんな素敵な歌を書けるんだから!」
「そうだな。僕たちも見習わなきゃな」
「はいはい、ご馳走様。いちゃいちゃするのは私がいない時にどうぞ」
「もう、美緒も良い人見つかるって!」
「どうだかねぇ」
そんな事を言いながら笑って真弓と美緒は帰路に着いた。僕と夢夢は帰りの途中、道端で動けない有珠と黒子を担いで帰る。
「食いすぎたのじゃ……うっぷ……」
「ねぇさま……もうお財布事情がやばいですわ……うっぷ」
新年早々、最後はこの2人の介護で時間が過ぎていった。
※劇中歌歌詞『光が見えるとき』
著・桜井明日香