2010年の夏休みが終わり、2学期が始まって早々に色々ありすぎて頭を抱える僕。
――9月1日、水曜日
10年後の妻、西奈真弓にビンタされた挙げ句、帰宅した矢先に実家が爆発する。
――9月2日、木曜日
家を失い途方に暮れる。両親は僕が無事であった事に涙した。有珠と黒子の姿はない。
――9月3日、金曜日
実家は老朽化したガス配管による、ガス爆発と認定。千家家族はホテルで借り暮らしをしている。
――9月4日、土曜日
両親は火災保険の手続きに入り、新築を検討中。それまで父方の実家に行くことが決まる。
――9月5日、日曜日
僕はなぜか、有珠と黒子と一緒に住むことになった。
「で、黒子?ガスの元栓を開けてライターで着火したんだな?」
「うん……だって……千家が……ねぇさまを襲ったのかと思って……」
「まぁまぁ、千家よ。こやつもわざとやったわけではないのじゃ。勘弁してやってくれ」
「あれはわざとだろ!」
「――有珠様、お茶が入りました」
「うむ。猿渡よ、世話になるの」
「いえ、滅相も御座いません。このくらい当たり前の事でござるよ」
僕と有珠と黒子は、猿渡夢夢の家に居候する事になった。僕の父方の実家は高校から離れている為に、しばらくはアパートでの1人暮らしを検討していた所、猿渡がタイミング良く申し出てくれた。
猿渡の住んでいる家は名家というか、豪邸というか、一言で言い表すなら……池がある屋敷だった。
「しかし、この屋敷は広いな。1人で住むには広すぎないか?」
「いえ、里の者も使用しているのでござるよ。いたりいなかったりですが……ここは里が管理している屋敷でござる」
「そうなのか?本当に助かった。まさか、猿渡家と千家が遠い親戚だとは思わなかったよ」
「猿渡家の元は千家からの分家みたいなものでござるよ。気にせず使ってくだされ」
「夢夢、ありがとう」
有珠が茶をすすりながら、本題に入る。
「さて、柏木白子の事なのじゃが……」
「そうだった。真弓を殺そうとした柏木白子……修復者は母親と亡くなっていた……その理由を調べていたんだったな」
「そうじゃ」
「それで?わかったのか?真弓を踏切に誘導した犯人が?」
「あぁ、目星はついたのじゃが確定ではない。もうしばらく泳がせておく必要がある」
「そうなのか。で白子の件は?」
「うむ。まず、母親は前にも言った通り自殺で間違いはない様じゃ。それを見つけた白子は怒りに我を忘れた。そしてバディであったはずの修復者と揉めた」
「バディ?て、あの2人1組とかていうやつか?」
「あぁ、わしのバディは黒子じゃ。白子にもバディがいた」
「それは誰なんだ……?」
「正体はわかったのじゃ。白子のバディは緑一色一族の……」
「緑一色一族……」
「そうじゃ。わしらは字一色一族。それに対抗しうる勢力が緑一色一族なのじゃが……」
「まるで……麻雀の役名だな……」
「千家、貴様は博識じゃの。その通りじゃ。我ら修復者の組織はそれぞれ麻雀の役名で出来ておる!」
「なぜ――」
「この組織を作った親分が麻雀が好きじゃった。ただそれだけじゃ」
「あぁ……うん……そうか。なら追求はしない」
「……それでの。白子とバディを組んでいたのは柳川緑子なのじゃが……」
「緑子……何て安直な名前だ……」
「白子は緑子を殺害後に西奈真弓を踏切へと誘った――しかしここで腑に落ちんのは、黒子は雪菜を見たと言うておる」
「ねぇさま……まさか、白子が雪菜に変装して!」
「可能性はあるのぉ。親子なのじゃから変装くらい出来よう。しかもあの白子じゃ。電車を避けるくらい造作もない」
「白子は何の為に……いや、そもそも白子は今、どこにいるんだ!!」
「白子は貴様の知り合いの中におるっ!」
短い人差し指をめいいっぱい伸ばし、有珠が僕を指差す。
「有珠……指が短――」
「西奈真弓がいなくなって1番喜ぶのは誰か考えればおのずと答えは出る」
「真弓がいなくなって喜ぶ……?小夜子か!有珠!そうなんだな!」
「……え?」
有珠は黒子と夢夢を近くに呼び、ひそひそ話を始める。
「……おい、黒子。犯人は小夜子なのか?」
「ねぇさま、私にもわかりませんわ……お猿さんはご存知なのでしょ?」
「私も知らないでござる。皆、有珠様のご推測を待っておりますれば……」
「むむむ。わし次第ではないか……まずいのぉ。わしも実はわからん……」
こそこそ話が終わると有珠が続ける。
「こほん。千家よ、ここからは貴様の出番じゃ!見事犯人を突き止めよ!」
「えぇぇぇぇ!?」
「さ、さすがねぇさまですわ!千家!これはねぇさまのご命令よ!犯人を探すのですわ!」
「なんでやねん!」
そういう流れもあり、白子が成りすましている犯人を探す事になった。
――9月6日月曜日
家の爆発事故から一週間が経とうとしていた。先週は始業式以来、事故の事情聴取や引っ越し等で学校には行けなかった。
担任の霧川先生に事情を説明し教室へと戻る。1日中、授業には身が入らなかった。
犯人探しを有珠に任された結果、クラスの全員、学校の先生……目に映る人全てが怪しく見える。
白子の容姿は黒子に写真を見せてもらった。色白、金髪、ブルーの瞳。まるで人形の様だった。
(そういえば2年生に外国籍の転入生が来てると、朝礼で言ってたな。それなら色白金髪の可能性があるのか……)
思案していると、机の上に丸めた紙が飛んできた。2学期から隣の席になった女の子からだった。
【今日、お婆ちゃんの病院に行くんだけど春彦も病院行く?もし行くなら一緒に行きませんか】
隣を向くと理子がチラッとこっちを向く。病院で見た姿とは違い、学校での理子はまたギャルの格好に戻っていた。
【補習あるから17時位なら大丈夫】
僕はそう書いた紙を丸めて理子の机に返すと、理子は目を通し軽くうなづいた――。
――17時のチャイムが鳴る。部活動のない生徒の下校の合図になっている。
病院の面会時間は18時まで。学校からは自転車で10分程の距離だ。
僕は自転車置き場へと駆け足で向かう。自転車置き場では理子が1人で待っていた。
「春彦!」
「理子、ごめん!病院ギリギリだな。急ごう」
「うん、ごめんね。無理言って」
「いや、僕も真弓の容態が気になるから――」
「そだね!急ごう!」
僕達は他の生徒に気付かれないように少し距離を空けて病院へと向かう。
途中、誰かに見られているような視線を感じる。犯人が気になりすぎて敏感になっているのか、それとも学校から誰か付けて来たのか?様子を伺いながら病院へと向かう。
――県立中央病院、駐輪場
「春彦は西奈さんのお見舞いっしょ?」
「あぁ、面会時間は18時までだったよな。18時にここで待ち合わせにしようか」
「うん……家族は19時まで大丈夫だから少し遅くなるかもだよ?」
「大丈夫、理子は学校で待っててくれたし。僕も待ってるよ」
「……ありがと。春彦は優しぃね」
「え?理子、何て――」
「何でもない!ほら早く行こ、面会時間終わっちゃう!」
理子との何気ない会話が日常生活を思い出し安心する。僕はもしかして、理子の事……。
「お婆ちゃんの病室こっちだから、また後で」
「あぁ、わかった」
ロビーで理子と別れ僕は真弓の病室へと向かう。西棟のエレベーターに乗り、5階を押すタイミングだった。看護師が走ってくる。
「すいまセンネ!あたしも上へ参りマス!」
「あ、どうぞどうぞ」
「ふぅ、あぶナイあぶナイ。礼を言ウ」
「いえ……ってメリーさんじゃないですか!入院中はお世話になり――」
「ダレダ!ナンパはお断りダ!」
「404号室にいた千家春彦です」
「そうか。私語は禁止されてイル。サラバ!」
そう言うとメリーは、エレベーターの扉が開くのをそわそわしながら待ち、4階に着くと降りていく。
『チーン』
「サラバ!」
「あ、はい……」
最初に「サラバ」と言うのが早すぎたのだろう。エレベーターのドアが開くともう一度言ってから降りていった。
「相変わらずだな、メリーさ――!?」
『チリーン』
エレベーターのドアが閉まる瞬間だった。メリーの腰からぶら下がっていたキーホルダーの鈴が鳴った。
「あのキーホルダー!!そうか!メリーさんが持っていたのか!」
職員室の柏木先生の机で見たキーホルダー。僕はどこかで見た気がしていた。
「なぜメリーさんが……?偶然か?良くある物と言えば良くある物だが気になるな。後で有珠に報告しておこう」
そして5階にエレベーターは着く。真弓に引っ叩かれてからは来ていない。理子に誘われなかったら、今日も来るつもりは無かった。気にはなっていたが、薬を飲ませるのに、無理やりキスをして……。
510号室前には来たものの、ドアを開ける勇気が沸かない。どんな顔をして、何を言えば良いんだろう。
17時30分。このまま18時になれば面会時間が終わり強制的に帰れる……。看護師達も夕食の配膳でバタバタしだすだろう。ここにいたら迷惑だ……。
言い訳を色々考えている自分が情けなかった。ドアの取手に手をかけたまま時間が過ぎていく。
その時だった。
『ガタンッ!!』
「きゃっ!」
室内で何かが倒れる音と、真弓の声がした。
「真弓っ!?」
僕はとっさにドアを開けてしまった……。