「本日は南小夜子の十回忌にお集まり下さり誠に――」
――法事が終わり、僕達はお寺を後にする。あの日と同じ8月8日。喪服姿で汗を拭きながら日陰を歩く。
「あっつぅ……あっ!真弓!久し振り!春彦君も元気そうじゃん!」
「美緒か。変わらないな」
「美緒!わぁ!来てたんだ!久し振り!」
同級生の南小夜子が亡くなったのは10年前。僕達が高校三年生の頃だ。当時は色々な噂も立ったが『いじめによる自殺』と判断されたと、学校の説明会で聞いた。
小夜子は大人しく、真面目な女の子で男女問わず皆と仲良くしていたと思っていた。
「もう……10年も経つのね……小夜子がいなくなって」
「そうね。真弓は特に仲良かったものね……」
「うん……」
「あっ、あそこ見て。理子も来てたんだ……」
「本当だ。おぉい……」
「しっ!真弓やめときなさい!理子がいじめてたって聞いた事があるわよ!」
声をかけられた理子はチラッとこっちに気付いたが、何食わぬ顔で行ってしまった。
「そんな事より久し振りにお茶でもどお?確か、良雄も来てたし。電話してみる」
「いいわね、春彦君いいかな?」
「あぁ、真弓が良いのなら行こうか」
「うん。今日は仕事休みだし」
旧姓西奈真弓。勉強運動共に、クラスではいつも上位に入っていた女の子。美人でいつも笑顔な彼女は、クラスの男子にも人気だった。今では千家真弓となり、僕の妻になった。専門学校を卒業した後、看護師として働いている。
「良雄も来るって。駅の喫茶店【KAMINO】で待ち合わせにしたわ。行きましょ」
「わかった。春彦君、行こか」
「あぁ、わかった」
「しかし暑いわね。今年は雨が降らない日数更新らしいわよ――」
僕と真弓と美緒は、昔話をしながら喫茶店へと向かう。
「私はね、てっきり良雄君と美緒が一緒になると思ってた。付き合ってたのにね……」
「そうねぇ……何で別れたんだろうね。お互い高校卒業して自然消滅しちゃったからなぁ。それよりもキミたち2人が結婚するって聞いた時は本当に驚いたわよ」
「え?そう?」
「だって高校の時はそんなに素振りも無かったし、いつから付き合ってたのよ――」
僕達はそんな話をしながら喫茶店に到着し、良雄が来るのを待つ。喫茶店はクーラーが効いてて快適だった。徐々に汗も引いていく。
――妻の真弓とは、偶然の出会いだった。
3年程前だろうか。僕は当時、工事現場でアルバイトをしていた時、足を滑らせ骨折をした。連れて行かれた病院で研修生として働いていた真弓と再会するとは夢にも思っていなかった。運命だったのかもしれない。
約1ヶ月の入院期間中に2人の距離は縮まった。お互いに慣れない仕事、入院生活で何かを求めていたのかもしれない。
退院後、間もなく一緒に住み始めた。
「あっ!良雄!こっちこっち!」
「あちぃ!おぉ!美緒!春彦も真弓ちゃんも!元気そうだな!」
「ふふ、相変わらず声が大きいわね、良雄君は」
「真弓ちゃん、第一声がそれかよ!勘弁してくれよ!」
「ははは!良雄君は時間大丈夫だったの?」
「あぁ、16時には嫁を迎えに行くからそれまでは空いてたんだ。――あっ、俺もアイスコーヒー下さい」
「はい、かしこまりました――」
「春彦!久し振りだな。今は何してんだ?」
「あぁ、ゲーム実況の配信とかしてるよ。真弓が外で働いてるから主夫って感じかな」
「何だって!?奥さんに働かせて、しかもクラスで一番の女子掴まえて……何てこったい」
「ははは!もぅ、良雄君やめてよ!私はね、春彦君が家事してくれるから仕事続けれるんだからね!」
「こらぁ!そこぉイチャイチャしなぁい!」
「へいへい、ご馳走様」
ぷくっと膨れた真弓が僕の腕を掴み、良雄にあっかんべーをする。本当に僕にはもったいない奥さんだ。
「お待たせしました。アイスコーヒーになります」
「猿渡さん!3番テーブルさんお願い――」
「はい――」
高校生の頃はこの4人と小夜子と5人で遊んだ事もあった。カラオケに行ったり、勉強したり……。小夜子が突然いなくなったあの夏の日は今でも信じられない。
あの日を境に4人はぎこちない雰囲気になりそのまま卒業式を迎えたんだった。
当時の僕はもしかして小夜子の事が……。
時間はあっという間に経ち、アイスコーヒーの氷も溶け、頼んでいた軽食のサンドイッチも食べ終えた。そしてそろそろ帰ろうかという話になる。
たわいもない話ばかりだったが、久し振りに4人で会えた事が嬉しかった。
「それじゃ、行くね。春彦君、真弓を泣かせたら承知しないからね!」
「はいはい。美緒こそ、早く結婚相手見つけた方が良いぞ?」
「春彦君、そんな事言わないの。美緒、元気でね!」
「うん、真弓もね!春彦君はまた骨折でもしてなさい!べー!」
「じゃぁ、俺も行くから。春彦、真弓ちゃん、美緒、またな!」
「あぁ、良雄も。またな」
「美緒、良雄君!ばいばい!」
2人は横断歩道の信号が点滅しだした所で、走って行ってしまった。真弓と2人になり、何だか急に寂しい気持ちになる。地面からの照り返す暑さで陽炎が見えた。
「行っちゃったね……。さっ、私達も帰ろうか」
そう言うと真弓は僕の手を握った。
「あぁ、また会え――!?」
何気に美緒と良雄が渡った横断歩道の先を見ると、こっちを見ている女性がいる。距離はかなり離れているが視線を感じる。
ゾクッ!!
背筋に悪寒を感じた。
「……小夜子?」
自分の口から出た言葉に一瞬血の気が引いた。
「春彦君、どうしたの?美緒達がまだ見える?」
「い、いや……何でもない」
信号が変わり、車が行き交うとその女性の姿は見えなくなった。あれはいったい何だったのだろう。
あまりに小夜子の話を色々したから、頭が錯覚したのだろうか……。
………
……
…
その日は家に帰ると早々と冷たいシャワーを浴び、晩御飯もお弁当を食べた。真弓は美緒と良雄との久し振りの再会で、たくさんの昔話をしてくれる。
しかし僕は上の空だった。あれはやっぱり小夜子だったのだろうか。その思考が数十分置きにやってくる。
――夜になり、真弓は先に寝室へと向かう。
「春彦君、遅くまで配信してたら駄目よ。今日は疲れてるんだから早めに寝てね。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
僕は真弓の手を取り、おやすみのキスをする。真弓は嬉しそうに寝室へと先に向かった。
僕は別室に配信用の部屋を作っている。四畳程だが、自分だけの空間だ。いつもの様に撮影の準備をしてパソコンの電源を入れる。
パソコンが立ち上がる少しの時間……またあの映像が頭を巡る。部屋には、ウゥゥゥン、というパソコンの起動音が響く。
「小夜子……」
スマホの日付が、8月8日から9日に変わり0時を表示した。
『ブゥブゥブゥ――』
「え?誰?こんな時間に――」
SNS通知の短い着信ではなく、電話用の長い着信だった。僕はスマホの画面をチラッと見た。非通知か、間違い電話だろうくらいの気持ちで――しかし。
「え……?」
画面には――『南小夜子』と表示されていた。