王都では緊急会議が開かれていた。今後の対応を話し合うためだ。

 俺が口火を切った。

「先日、マリーの都が陥落した。問題は、そのあとジャビ帝国軍がどう出るかだ」

 大将軍のウォーレンが応じた。 

「ロマランを攻略したところで、連中の兵力はそれほど消耗しておらんでしょう。トカゲ族の将軍はいずれも極めて好戦的な性格だと聞きますので、余勢をかってアルカナに攻め込んでこないとは言い切れませんな」

「そのとおりだ。ジャビ帝国がこのままアルカナに進軍してくる可能性は十分にある。守りを固める必要がある。しかし王都を囲む堀はまだ未完成で、敵の攻撃に対して脆弱な状態だ」

 一呼吸おいてから俺は言った。

「そこで私に考えがある。王都の西を流れるアルカナ川を天然の堀として利用するのだ。現在のアルカナ川の水位は深いところでもせいぜい胸の高さ程度だから、ジャビ帝国の兵士が歩いて渡ることは可能だ。しかし上流の水門を開けて川の水量を大きく増やせば、水深が二メートルを超える可能性もある。そうなれば橋を渡るか、船を使わなければ王都に攻め入ることはできなくなる」

「おお、それは名案ですな。ところで水門と言えば、陛下がロマランに行っておられる間に、水門の守備隊から伝書鳩で連絡がありましたぞ。何でも、ジェイソン殿の軍が水門の警備に付いたそうです。陛下のご指示を受けたとか」

「なに? ジェイソンに水門の警備など依頼していない。そもそも水門はアルカナの急所とも言える最重要の施設だ。そんな場所を王国政府以外の軍に警備を任せるなどあり得ない。嫌な予感がする。すぐにジェイソンの軍を撤収させてくれ」

「はい。もしや、ジェイソンが反乱を企てているということでしょうか」

「その恐れもある」

 伝令係が会議室に飛び込んできた。

「ロマラン方面の偵察隊からの報告です。マリー周辺のジャビ帝国軍が、東へ移動を開始した模様です。かなり大規模なようです。王都アルカへ向かっているのではないか、とのことです」

 俺は言った。

「動きが早いな・・・。帝国軍にアルカナ川を超えられたら大変なことになる。とにかく急いでアルカナ川の水門を開けなければならない。ウォーレン、政府軍五千人を水門へ派遣してくれ。部隊の指揮は私が行う。ウォーレンは王都に残ってジャビ帝国軍の侵攻に備え、アルカナ川の王都側に陣地を構築してくれ。トカゲにアルカナ川を渡らせてはならない」

「心得ました」

「カザル、鉄砲隊はどんな状況だ?」

「まだ鉄砲は三百丁ほどしかありやせんが、いつでも戦うことはできますぜ」

「よし、では、アルカナ川の橋の守りを任せる」

「わかりやした、旦那。任せてくだせえ」

「レイラ、ルミアナ、サフィーは私と共に水門へ向かう」

「承知しました」

ーーー

 王都からアルカナ川の水門までは四日ほどの距離である。俺たちは王国政府軍・五千と近衛騎士・五百を率いて出発した。やがて、かなたの丘の上に水門の大きな建物が見えてきた。

 ルミアナが俺に言った。

「水門と言っても、ずいぶんと巨大な施設ですね」

「普通の川にあるような水門が一つだけの単純な施設じゃないからな。取水元のエニマ川はメグマール地方最大の大河だ。増水期の安全性を考えて、小さい水門が二十門以上ある」

 ここにはエニマ川の川岸にそって高い石壁が築かれていて、その石壁に水門がズラッと口を並べている。石壁の延長は三百メートル以上あるだろう。長い石壁の右端と左端には、それぞれ塔があり、水門の管理や防衛の役割を担っている。水門からは大量の水が絶え間なく吹き出し、それがアルカナ川となって南に向かって流れている。

「さすがにこれだけ大きいと壮観ですね」

「あの石壁の上から巻揚げ機を使って、水門を上げたり下げたりする。石壁の上は城壁と同じように通路になっている。」

「ここから見ると、全体がまるで城のようですね」

 水門の近くまで来ると、ジェイソンの軍が見えてきた。兵力は三・四千人といったところか。ひとまずは伝令を送り、ジェイソン軍に撤退を命じた。しかしジェイソンの軍はそれを拒否した。これでジェイソンの謀反(むほん)が明らかになった。当然だが、ジェイソンはここには居らず、ベンという名の隊長が指揮を取っているようだ。

ーーー

 ベン隊長は水門の右塔の上部にある指揮所の窓から、王国政府軍の様子を伺っていた。ベンの副官が報告した。

「隊長、ご指示通りアルフレッド国王の要求を拒否し、伝令を追い返しました。それにしても隊長、王国政府軍と戦って勝てるのでしょうか」

「なあに、我々が王国政府軍に打ち勝つ必要はない。ジェイソン様からは『数日間、水門を占領していれば良い』との指示だ。つまり時間稼ぎだ。その間にジャビ帝国軍がアルカナの王都を包囲する。そうなれば王国軍も水門など相手にしていられなくなるというわけだ」

「なるほど、ジャビ帝国軍が王都を包囲すれば政府軍が水門から撤退するから、そうなれば我々の勝利というわけですね」

「そういうことだ」

ーーー

 俺たちに残されている時間はあまりない。ジャビ帝国軍がアルカナ川に到達する前に水門を開かねばならない。水門の奪還作戦は今夜決行されることになった。

 巨大な水門には、アルカナ川を挟んで左右の両端に塔がある。右の塔は政府軍が包囲している。その間に俺たちは少数精鋭の近衛騎士らと共に、左の塔の手前に広がる林に身を潜めた。奇襲である。

 俺は作戦について説明した。

「深夜になったら、政府軍およそ五千が右の塔へ攻撃を仕掛ける。これは陽動だ。松明などを使い、なるべく派手にやるように指示してある。そうすれば敵兵の多くが右の塔の防衛に向かうはずだ。我々はその後、左側の塔を奇襲して内部に侵入する。侵入後は速やかに敵の隊長を拉致して、戦闘を停止させる計画だ」

 しばらくすると右の塔の方から騒ぎが聞こえてきた。計画通り政府軍が攻撃を開始したようだ。無数の松明が動いており、敵の意識は完全に右の塔に向いているはずだ。俺たちは林の中を進み、左の塔へと近づいた。塔の入り口の前には三十名ほどの兵士が警戒しており、塔上部には狙撃兵が多数見える。

 レイラを先頭にして近衛騎士が低い姿勢のまま、塔の入り口の方へ近づいた。すぐに狙撃兵が気付いて大声で騒ぎ、矢を射掛け始めたが、狙いすましたルミアナの弓で次々に射殺される。矢を受けて塔の上から地上に落ちる兵もいる。

 塔の前を守っていた敵兵も気付いて応戦するが、突進するレイラら精鋭の近衛騎士に、たちまち切り倒される。敵兵を掃討すると塔の入り口に駆け寄って入り口のドアを押した。だが入り口の分厚いドアは内側からかんぬきで固定されていてびくともしない。俺が合図すると一人の近衛騎士が小さな樽を持ってきた。

 レイラが不思議そうに俺に尋ねた。

「陛下、何ですかこれは?」

「火薬だ。以前に鉄砲を見ただろう? 凄まじい爆発に腰を抜かしたと思うが、あれが火薬だ。この樽には、あの火薬がごっそり入っている。これを爆発させてドアを吹き飛ばす。ついでに、ドアの近くに待ち構えている敵兵も吹き飛ばす」

「それはすごいですね。さすがは異世界の技術です」

 ドアの前に火薬樽をセットすると、近衛騎士たちには離れたところに退避して両耳を塞がせた。俺が火薬樽に<火炎弾(ファイア・ボール)>を撃ち込むと凄まじい爆発音がとどろき、白煙が塔を包み込んだ。これだけ派手にやれば右の塔の敵にも気付かれたはずだ。急がねば。

 塔の入り口のドアは粉々に吹き飛んでいた。近衛騎士たちと塔の内部に突入すると、敵兵の死体の山だった。おそらくドアの前に待ち構えていたのだろう。突入した近衛騎士たちが次々に階段を登る。

「陛下、左の塔を制圧しましたが、敵の指揮官はおりません。右の塔だと思われます」

「よし、石壁の上を右の塔へ向かって突撃する、付いて来い。援護を頼む」

 右の塔へ続く石壁の上に出ると、右塔から次々に矢が飛んでくる。俺はサフィーの展開する<魔法障壁(マジック・バリア)>に隠れながら、石壁の上を右の塔へ向かって小走りに前進する。異変に気付いた敵の歩兵が多数、石壁の上を正面から進んでくる。

 魔法石を大量に持参したから、心置きなく<火炎弾(ファイア・ボール)>を乱れ打ちできる。敵は遠距離攻撃を防ぐために盾を前に構えて集団で前進してくるが、こういう左右に逃げ場のない場所では、火炎魔法の餌食である。

<火炎弾(ファイア・ボール)>

 俺の放った火炎弾の爆風で吹き飛ばされた敵兵が、石壁から五メートル下のアルカナ川に次々に落ちてゆく。敵兵たちは立ち止まり、驚きの声をあげた。

「何だこれは、魔法か」

「引け、引け」

 塔の上から狙撃兵が俺に矢を射掛けてくる。魔法障壁(マジック・バリア)に隠れてやり過ごすと、隙を見て最大魔力で火炎弾(ファイヤーボール)を三発撃ち込む。塔の上は巨大な炎と爆煙で覆われる。爆煙が消えた塔の上に人影はなかった。

 右の塔の入り口まで前進すると、レイラを先頭に近衛騎士が突入した。敵部隊の大部分は正面から攻撃している正規軍に釘付けになっており、塔内の敵兵は少ない。抵抗する敵を排除しつつ塔の上階にある指揮所まで一気に攻め上がる。指揮所前の護衛をレイラが一撃で倒し、指揮所内に飛び込んだ。

 ベン隊長は両手を上げて言った。

「ま、まってくれ、降参する。殺さないでくれ」

 俺は言った。

「なぜジェイソンはこんな真似をしたのだ。ジャビ帝国に買収されたのか、あるいはエニマ国に寝返ったのか。答えろ」

「し、知らない。俺たちはカネで雇われているだけの傭兵だ。本当だ」

「傭兵か・・・これ以上の無駄な殺し合いは望まない。すぐに部下に命じて停戦させろ」

 作戦は夜明け前に終了した。幸いなことに水門は破壊されることなくすべて無事だった。俺はすぐに水門をすべて全開にするよう兵士に命じた。兵士たちは一斉に壁の上を走ってゆくと、巻揚げ機を使って壁にズラリと並んだ二十の水門を次々に引き上げた。大量の水がしぶきを上げながら、轟音とともにアルカナ川へ流れ込みはじめる。みるみる水位が上昇してゆく。

 あとは時間との勝負だ。俺たちの部隊が王都に戻るには四日かかるため、その間の防衛は大将軍ウォーレンにまかせてある。アルカナ川が王都に流れ着くまでに二日かかる。ジャビ帝国軍の到着に間に合ってくれれば良いのだが。