保管庫の扉は全部で6つあり、順に調べることにした。最初の扉に鍵はかかっていなかった。両開きの扉は木製で、少し力を入れて押すと、かすかに蝶番(ちょうつがい)のきしむ音がして簡単に開いた。期待に胸が高まったが、保管庫は空っぽだった。キャサリンが落胆の声をあげた。

「なによ、空っぽじゃないの。こんなに苦労してきたのに、がっかりですわ」

 普通に考えれば、エルフがここを去るときに大切なものはすべて持ち去るのが当然だ。

 次に調べた部屋には、壁に巨大な地図が描かれていた。ルミアナが言った。

「これは、古代メグマール地方の勢力図ね。すでにこの時代にアルカナ王国の名前もあるわ。人間の王国が徐々に勢力を拡大して、エルフは次第に追いやられていたのかも知れないわ。それで人間から身を守るために、こんな地下都市を築いたのかも知れない」

 ルミアナはどことなく悲しそうに見えた。それにしても、高度な魔法技術を持つエルフ族が、なぜ衰退してしまったのだろう。不思議だ。

 別の部屋は遺跡全体の制御室だった。壁面には地下都市の住居やダンジョンの配置図が書かれ、あちこちにレバーが並んでいた。ここから各所に配置されたトラップや魔法の人形を操作できるようだ。うかつに触ると余計なトラップが起動しそうなので、そのままにしておいた。

 どの部屋も何も残されていなかった。制御室に戻って再びダンジョンの配置図を調べた。スライムの居た部屋から奥に7つの部屋が描かれている。だが、実際に調べた部屋は6つだけだ。一番奥にある部屋の扉が見つかっていない。

「ルミアナ、扉が強力な魔法で隠されているかも知れない。魔法を解除してくれないか」

 ルミアナは幻惑系魔法のスペシャリストだ。配置図から推測して部屋があると思われる周辺の壁に向かって<幻影解除(ディスペル・イリュージョン)>の魔法を使うと、霧が晴れるように両開きの青銅の扉が現れた。扉の表面には、遺跡の入口にあったのと同じ、熊と狼のレリーフが施されている。ルミアナが魔法を唱えると鍵が外れる音がして、扉を手で押すとゆっくりと開いた。

 部屋には、いくつものテーブルが並んでいる。テーブルの上には種類ごとに分けられた魔法石が一杯に入った壺が並んでいる。かなりの量だ。

「旦那、こりゃあ、すごい量だ。旦那の魔法が使い放題ですぜ」

 これまでほとんど入手できなかった数多くの種類の魔法石が大量にある。これだけの量の魔法石があれば、俺とルミアナが魔法を使うのに当分不自由することはないだろう。これは大きな収穫だ。

 ところで魔導具はあるだろうか。部屋の壁には杖を収めていたと思われる丈の長い箱が並んでいたが、その中に魔導具はない。よく見ると、部屋の奥の方の棚に数本の杖のようなものが立っていた。ルミアナはそれを手に取ってしばらく観察してから言った。

「これは魔法石を探知する魔導具ですわ。これを使えば、人間でも魔法石を探すことができます。攻撃魔法が使える魔導具ではないので直接の戦力にはなりませんが、長い目で見れば、自前で魔法石を調達できることは、大きなメリットになります」

 いやいや、これは大きいぞ。何しろ魔法石がなければ、魔法なんて坊さんの念仏よりも役に立たないからな。これで一般の兵士たちを使ってアルカナ全土から魔法石の収集ができる。

 部屋をうろついていたキャサリンが、奥で何かを見つけたようだ。

「お兄様、見て。ここにも扉があるのですわ」

 ルミアナが近づき、扉の文字を読む。

「開けるな危険・・・」

 なんじゃそりゃ。ずいぶんベタな表現だな。というか、開けるなと言われて『ハイそうですか』なんて引き下がる奴はいない。むしろ開けたくなるというものだ。

「特殊な魔法で封印されていますね。扉の表面に魔法の図形が描かれていますが、もしかすると扉をあけるための魔法の図形かも知れません。ちょっと試してみましょうか」

 そう言うと、ルミアナは魔法を念じた。しばらく念じていたが、何も起こらない。

「私の魔法の能力では、この魔法は使えないようです。アルフレッド様なら、もしかしたら使えるかも知れません」

 俺は扉に描かれている魔法図形を丹念に見て記憶する。そして、そのイメージを扉へ向けて解き放った。すると扉は音もなく消え去り、その奥に小さな部屋が見えた。部屋の壁は全面が真っ黒な色で塗りつぶされていて、異様な雰囲気である。部屋にはやはり黒い色をした、どことなく棺桶を思わせるような箱が安置されている。箱にはフタがなく、中には何者かが横たわっていた。

 俺がその人物を確認しようと一歩近づいた時、突然、その人物がむっくりと上半身を起こして、大きく伸びをした。

「ふわわあああ、あーよく寝た」

 俺は驚いて後ずさりした。それは女のようだった。俺たちがあっけに取られていると、その女は箱の上に立ち上がると、ぽんとジャンプして床に降り立ち、こちらを見た。

「あれ、お主らは何者じゃ?なぜここにおる?」

 女は不思議そうな目で俺たちを見た。その女は美しかった。腰まで届きそうな青く長い髪、そして大きな胸にくびれたウエスト。抜群のプロポーションだ。ふっくらとした唇、切れ長の目、しかしその瞳は赤く燃えていた。明らかに人間ではなさそうだ。

 しかも、その体にまとうのは・・・ビキニアーマーだ。ビキニアーマとは、どう考えても何の防御にもならない、ほとんど裸のような鎧である。実用性はゼロだが、男性には絶大な人気を誇る。その実物を着用した美人を、このアルカナで拝めるとは・・・。

 いやいや、喜んでいる場合ではないぞ。こいつは人間ではない。しかもエルフでもない。何者なんだ?俺は女の質問にゆっくりと答えた。

「私は、アルカナ国の国王、アルフレッドです。このエルフの遺跡を探検しているところです。あなたに危害を加えるつもりはありません。ところで、あなたは?」

「われか? われの名は『サファイア』じゃ。かの有名なキメラナ国の姫じゃ」

「キメラナ国?・・・大変失礼ながら、キメラナ国という名はこれまで聞いたことがありません。どこの地方にあるのでしょうか」

「うむ。キメラナ国は人間界の国ではない。魔界の国じゃ。われは魔族なのじゃ」

 魔族と聞いて俺たちは身構えた。なるほど、魔物ならば、この容姿にも納得がいく。

「安心せい。われは人間族に敵対するものではない。われはエルフどもによって捕らえられ、無理やりここに閉じ込められておったのじゃ。それを、人間族であるお主らが救い出してくれたわけじゃ。感謝するぞ・・・ん?」

 サファイアと名乗る魔族の女は、ルミアナの姿に気がつくと怒り出した。

「お・・・お主は、あの憎きエルフではないか! エルフめ、われをこんなところに閉じ込めおって、許さんぞ。他の連中はどうした?」

 ルミアナが静かに言った。

「サファイア様、もはやここにエルフはおりません。この都市のエルフはひとり残らず、どこかへ消えてしまったのです。私はよそからやってきた流れ者のエルフです。あなたのことは何も知らないのです」

「は? 消えたじゃと? あれだけ、うじゃうじゃおったエルフ族が一人残らず消えるわけなかろう」

「いえ、サファイア様がここに閉じ込められている間に、この都市は放棄されたのです。そしてそれ以来、1000年以上もの間、サファイア様はここで眠り続けていたのです」

「な、なんと・・・われは、1000年以上もここに閉じ込められておったのか・・・そして、誰からも忘れ去られて、眠り続けておったと・・・」

 サファイアと名乗る魔族の女はショックを受けているようだった。俺はサファイアに尋ねた。

「なぜ魔族のお姫様であるサファイア殿が人間界に来られたのですか?」