ひと騒動あったものの、無事に三国同盟は結ばれた。だが、それだけで安心はできない。本格的な戦闘が始まる前に、少しでも多くの戦力を整える必要がある。そこで、ルミアナが以前に話していた「魔導具」とやらを探そうと考えた。
ルミアナの話によれば、魔導具が眠っている可能性のある古代エルフの遺跡が、王城の地下にあるらしいのだ。そう、毎日ウンチを投げ入れていた、例の『穴』である。王国農場で堆肥を作るようになってからは、もう一年以上、ウンチを投げ入れていないので、そろそろ探検しても匂いで気絶する心配はないだろうと考えたのである。ルミアナを呼んで話をしてみることにした。
「ルミアナ、お前が以前に話していた古代エルフの遺跡のことだが、王城の裏庭にそれらしき入り口が見つかったぞ」
ルミアナが目を輝かせ、いかにも興奮した様子で言った。
「本当ですか陛下、それは素晴らしいです。ついに古代エルフの神聖な遺跡をこの目で見ることができるんですね。きっと神殿もあるに違いありませんわ。今すぐにでも参りましょう。どこですか?」
「あ、いや、待て。いま、使用人たちに水洗いさせているからな」
「は? 水洗い? なぜ遺跡を水洗いなどしているのですか?」
「いやまあ・・・私は埃っぽい場所では、くしゃみが出るんだ。あらかじめきれいにしておかないと」
そこへ、遺跡の清掃をしていた使用人のリーダーが入ってきた。
「陛下、ご報告申し上げます。遺跡の中には、ウンチらしきものはほとんどありませんでした。排水路のような設備があって、放り込んだウンチは、どこかへ流れ出していたものと思われます。ウンチの匂いも気になるほどではありません。念のため、陛下のご指示の通り、床は丹念に水洗いしておきましたので、ウンチを踏むことはないでしょう」
大きなルミアナの目が、ますます大きくなった。慌てて俺は言った。
「いやあ、遺跡は長年放置されていたので、野良犬の巣になっていてな、イヌのウンチが溢れていたのだ。それで水洗いを・・・」
使用人が怪訝な顔をして言った。
「お言葉ですが陛下、野良犬など、おりませんが・・・・」
「ええい、もう下がってよい。ご苦労さまだった」
ーーーーーー
翌日、俺たちは古代エルフの遺跡探検を行うことになった。メンバーは俺の他に、ルミアナ、レイラ、カザル、もちろんキャサリンも一緒である。ミックは万一に備えて遺跡の入り口で待機することになった。
「アルフレッド様、お気をつけて」
探検だというのに、キャサリンは相変わらずピクニック気分である。例によって手作りの食べ物を持参してきた。カザルがそれを見て言った。
「キャサリンお嬢様、その背中に担いでいる巨大な棍棒は何でやすか?」
「棍棒とは失礼ね、これは、わたくしが今朝、丹精込めて焼いた『パン』よ」
パンと言っても、バゲット、つまりフランスパンのような長くて固いパンである。それにしても、キャサリンの作るものは相変わらずサイズが大きい。長さ1.2メートルはあるだろう。どう見ても棍棒にそっくりだ。
「でも、焼き方を少し失敗して、ちょっと固くなってしまいましたわ」
「いや、こういうパンは、ちょっと固いほうが美味しいんですぜ」
と言いながら、カザルがキャサリンの背中のパンに触ったが、黙ってしまった。
「どうした、カザル」
と言いながら俺もさわってみた。確かに固い。人を殴り殺せるほど硬い。これはもはやパンと呼ぶより凶器である。それにしても、どうやったらこんな殺人パンが焼けるのだろうか。
「キャサリンは、なにか特別な方法でパンを焼いているのか?」
「いいえ、本で読んだ通りに作ってますわ。そして、かまどの前でパンに向かって『おいしくなーれ』って、一生懸命に念じているのですわ」
ははあ、それがあやしいぞ。キャサリンは「貧乏神の勇者」だというから、無意識のうちに意図しない「貧乏神の魔法」が発動している可能性がある。つまり、美味しく焼けるように念じているつもりが、無意識に貧乏化の魔法が発動して、逆に『絶対食えない代物』に変化しているのかもしれないのだ。
しかし、そんなこと思いもよらないキャサリンは張り切っている。
「さて、食料も持ったし、遺跡に出発ですわね」
遺跡に通じる穴を垂直に十五メートルほど降りると通路が横方向へ伸びており、そこから三十メートルほど横に行った通路の突き当りが広い空間になっていた。空間の中央の壁には大きな石の扉がそびえている。この扉の向こうに遺跡があるのだろう。しかし、分厚い石の扉はどれほど押しても微動だにしない。扉を囲む石には、様々なレリーフが施されていた。扉にはエルフ文字の碑文が刻まれている。ルミアナが碑文に近づいて、文字を解読する。
「イグラム歴1025年・・・都市ラスクを封印し、我らこの地を去る。いつの日か再びこの地に戻る日まで・・・炎の熊と月の狼に守られて」
扉の上には熊と狼の頭部をかたどったレリーフ板が並んでいる。ルミアナは腰に手を当てて、しばらく考えていたが、やがて魔法素材の入ったバックを探り始めた。
「ルミアナ、何かわかったのか?」
「ええ、陛下。これはきっと魔法を鍵にした封印ですわ。炎の熊とは、熊の爪を素材に使用する腕力向上の魔法、使用時に炎のような赤い光を出します。月の狼とは、狼の牙を素材に使用する敏捷性向上の魔法、使用時に月の光のような、淡い青い光を出しますわ。たぶん、この魔法をレリーフに向けて使うことで、封印が解けるかと」
ルミアナが熊と狼のレリーフに向かってそれぞれに呪文を唱えると、カチリと音がして、びくともしなかった石の扉が動き出した。扉はゴリゴリと岩を引きずる音と共に下へゆっくり下がってゆく。それと同時に、真っ暗な扉の奥に続く通路の両側の壁に、ひとりでに明かりが灯った。どのような仕掛けなのかわからないが、壁に取り付けられた燭台の上にある石が輝いている。おそらく魔法を利用した照明なのだろう。
「すごいな、かなり古い遺跡だと思うが、まだ設備が生きているんだな」
「そうですね、放棄されたのは今から1000年以上前のはずですから、驚きですね」
遺跡の内部は石造りである。材質はアルカナではありふれた砂岩のようだ。表面はザラザラしているが、きれいに四角く切り出された石が丁寧に組まれている。広い通路を少し進むと左右に細い脇道がいくつも現れた。周囲の壁には木の扉が数多く並んでいる。その扉の一つを開いて、中に踏み込んでみた。内部はあまり広くないが、小部屋がいくつも繋がっていた。中を見回していたルミアナが言った。
「小部屋がたくさんあることから、これは、古代のエルフたちが住んでいた住居の跡じゃないかしら。入り口の碑文にも『都市ラスク』と刻まれていたから、ここはエルフたちが住む街だったはず」
カザルが周囲を見回して退屈そうに言った。
「はあ、エルフの住居でやすか。でも、何もないですぜ」
「それは、エルフがこの場所を去るときに、貴重品をすべて運び出してしまったからでしょうね。おカネになりそうな目ぼしいものは、何も残ってないでしょう」
キャサリンが何かを見つけたようだ。
「あら、これは何かしら」
キャサリンが何気なく壁から突き出したレバーを引いた。かちりと音がして、カザルの足元に開いた無数の小さな穴から、真っ赤な炎が吹き出した。
「うわあ、あちちち。な、なんだこれは」
ルミアナが言った。
「気をつけてカザル、それはたぶん暖炉の跡よ。暖炉の周りを囲んでいた柵などが無くなっているからわかりにくいけど。仕掛けはまだ生きているのよ」
「あぶねえ、あやうく焼き殺されるところでしたぜ。キャサリンお嬢様、危ないから、やたらと、そのへんのレバーに触らないでくだせえ」
「あら、わかったわ。レバーには触らないわ」
「やれやれ、キャサリンお嬢様には気を付けていただかないと、なにせ貧乏神の勇者なんだから、こっちがとんでもないことに巻き込まれるんですぜ。・・・ところで、この小さい部屋はなんだ?」
カザルが小部屋を覗き込んだ。中には柄付きのブラシが見えた。カザルがそれを手に取ろうと小部屋の中に入ると、突然、四方の壁から水が勢いよく吹き出した。
「ぐは、げほげほ、うげー、おい、止めてくだせえ」
ルミアナが言った。
「気をつけてカザル、それはシャワーか、あるいは洗濯場ですね。こんな水の少ないアルカナで、どこからこれだけの水を確保しているのか不思議です」
「ゲホゲホ、こんなのシャワーなんかじゃないですぜ、あやうく溺れるところだった。お嬢様、だからレバーにはさわるなと・・・」
「何よ、レバーなんか触ってないわ。この赤いボタンを押しただけよ。青いボタンを押したら、水が止まったの。本当に不思議ですわね」
「レバーもボタンもダメです。お嬢様は何も触らないでくだせえ」
ルミアナが言った。
「あ、それと、エルフの古代文明を調査した報告書では、家庭で出るゴミを吸い出して捨てる装置も洗い場の近くにあったらしいから、カザルも気をつけてね」
「うぎゃ、もう遅いですぜ。あっしの尻が吸い込まれました」
「まあ大変、キャサリンお嬢様、そっちの停止レバーを引いてください」
「え、でも、レバーにはさわるなって言ったわ」
「いまはいいんだよ」
「え、どれよ」
「そっちの、黄色いレバーです」
キャサリンが全身の力を込めて、赤いレバーを引いた。それは逆噴射レバーだった。ぼんという噴射音とともに反対側の壁まで吹き飛ばされたカザルは、壁に顔面をうちつけた。カザルは立ち上がるとヤケクソになって叫んだ。
「ええい、エルフの住居はもう、こりごりだ。先へ進みましょうぜ」
エルフの住宅おそるべし。というか、貧乏神キャサリン恐るべし。俺たちはエルフの居住区をあとにして、先へ進むことにした。広い居住区を抜けると道は広場に突き当たった。見たところ遊具もある。昔はエルフの家族たちが、ここで憩いのひとときを過ごしていたのだろうか。
道は広場で行き止まりである。遺跡はこれで終わりなのだろうか。先へ進む道を探して広場をしばらくうろうろしていたが、先へ進む入り口は見当たらず、一行はここで休憩することにした。
ルミアナの話によれば、魔導具が眠っている可能性のある古代エルフの遺跡が、王城の地下にあるらしいのだ。そう、毎日ウンチを投げ入れていた、例の『穴』である。王国農場で堆肥を作るようになってからは、もう一年以上、ウンチを投げ入れていないので、そろそろ探検しても匂いで気絶する心配はないだろうと考えたのである。ルミアナを呼んで話をしてみることにした。
「ルミアナ、お前が以前に話していた古代エルフの遺跡のことだが、王城の裏庭にそれらしき入り口が見つかったぞ」
ルミアナが目を輝かせ、いかにも興奮した様子で言った。
「本当ですか陛下、それは素晴らしいです。ついに古代エルフの神聖な遺跡をこの目で見ることができるんですね。きっと神殿もあるに違いありませんわ。今すぐにでも参りましょう。どこですか?」
「あ、いや、待て。いま、使用人たちに水洗いさせているからな」
「は? 水洗い? なぜ遺跡を水洗いなどしているのですか?」
「いやまあ・・・私は埃っぽい場所では、くしゃみが出るんだ。あらかじめきれいにしておかないと」
そこへ、遺跡の清掃をしていた使用人のリーダーが入ってきた。
「陛下、ご報告申し上げます。遺跡の中には、ウンチらしきものはほとんどありませんでした。排水路のような設備があって、放り込んだウンチは、どこかへ流れ出していたものと思われます。ウンチの匂いも気になるほどではありません。念のため、陛下のご指示の通り、床は丹念に水洗いしておきましたので、ウンチを踏むことはないでしょう」
大きなルミアナの目が、ますます大きくなった。慌てて俺は言った。
「いやあ、遺跡は長年放置されていたので、野良犬の巣になっていてな、イヌのウンチが溢れていたのだ。それで水洗いを・・・」
使用人が怪訝な顔をして言った。
「お言葉ですが陛下、野良犬など、おりませんが・・・・」
「ええい、もう下がってよい。ご苦労さまだった」
ーーーーーー
翌日、俺たちは古代エルフの遺跡探検を行うことになった。メンバーは俺の他に、ルミアナ、レイラ、カザル、もちろんキャサリンも一緒である。ミックは万一に備えて遺跡の入り口で待機することになった。
「アルフレッド様、お気をつけて」
探検だというのに、キャサリンは相変わらずピクニック気分である。例によって手作りの食べ物を持参してきた。カザルがそれを見て言った。
「キャサリンお嬢様、その背中に担いでいる巨大な棍棒は何でやすか?」
「棍棒とは失礼ね、これは、わたくしが今朝、丹精込めて焼いた『パン』よ」
パンと言っても、バゲット、つまりフランスパンのような長くて固いパンである。それにしても、キャサリンの作るものは相変わらずサイズが大きい。長さ1.2メートルはあるだろう。どう見ても棍棒にそっくりだ。
「でも、焼き方を少し失敗して、ちょっと固くなってしまいましたわ」
「いや、こういうパンは、ちょっと固いほうが美味しいんですぜ」
と言いながら、カザルがキャサリンの背中のパンに触ったが、黙ってしまった。
「どうした、カザル」
と言いながら俺もさわってみた。確かに固い。人を殴り殺せるほど硬い。これはもはやパンと呼ぶより凶器である。それにしても、どうやったらこんな殺人パンが焼けるのだろうか。
「キャサリンは、なにか特別な方法でパンを焼いているのか?」
「いいえ、本で読んだ通りに作ってますわ。そして、かまどの前でパンに向かって『おいしくなーれ』って、一生懸命に念じているのですわ」
ははあ、それがあやしいぞ。キャサリンは「貧乏神の勇者」だというから、無意識のうちに意図しない「貧乏神の魔法」が発動している可能性がある。つまり、美味しく焼けるように念じているつもりが、無意識に貧乏化の魔法が発動して、逆に『絶対食えない代物』に変化しているのかもしれないのだ。
しかし、そんなこと思いもよらないキャサリンは張り切っている。
「さて、食料も持ったし、遺跡に出発ですわね」
遺跡に通じる穴を垂直に十五メートルほど降りると通路が横方向へ伸びており、そこから三十メートルほど横に行った通路の突き当りが広い空間になっていた。空間の中央の壁には大きな石の扉がそびえている。この扉の向こうに遺跡があるのだろう。しかし、分厚い石の扉はどれほど押しても微動だにしない。扉を囲む石には、様々なレリーフが施されていた。扉にはエルフ文字の碑文が刻まれている。ルミアナが碑文に近づいて、文字を解読する。
「イグラム歴1025年・・・都市ラスクを封印し、我らこの地を去る。いつの日か再びこの地に戻る日まで・・・炎の熊と月の狼に守られて」
扉の上には熊と狼の頭部をかたどったレリーフ板が並んでいる。ルミアナは腰に手を当てて、しばらく考えていたが、やがて魔法素材の入ったバックを探り始めた。
「ルミアナ、何かわかったのか?」
「ええ、陛下。これはきっと魔法を鍵にした封印ですわ。炎の熊とは、熊の爪を素材に使用する腕力向上の魔法、使用時に炎のような赤い光を出します。月の狼とは、狼の牙を素材に使用する敏捷性向上の魔法、使用時に月の光のような、淡い青い光を出しますわ。たぶん、この魔法をレリーフに向けて使うことで、封印が解けるかと」
ルミアナが熊と狼のレリーフに向かってそれぞれに呪文を唱えると、カチリと音がして、びくともしなかった石の扉が動き出した。扉はゴリゴリと岩を引きずる音と共に下へゆっくり下がってゆく。それと同時に、真っ暗な扉の奥に続く通路の両側の壁に、ひとりでに明かりが灯った。どのような仕掛けなのかわからないが、壁に取り付けられた燭台の上にある石が輝いている。おそらく魔法を利用した照明なのだろう。
「すごいな、かなり古い遺跡だと思うが、まだ設備が生きているんだな」
「そうですね、放棄されたのは今から1000年以上前のはずですから、驚きですね」
遺跡の内部は石造りである。材質はアルカナではありふれた砂岩のようだ。表面はザラザラしているが、きれいに四角く切り出された石が丁寧に組まれている。広い通路を少し進むと左右に細い脇道がいくつも現れた。周囲の壁には木の扉が数多く並んでいる。その扉の一つを開いて、中に踏み込んでみた。内部はあまり広くないが、小部屋がいくつも繋がっていた。中を見回していたルミアナが言った。
「小部屋がたくさんあることから、これは、古代のエルフたちが住んでいた住居の跡じゃないかしら。入り口の碑文にも『都市ラスク』と刻まれていたから、ここはエルフたちが住む街だったはず」
カザルが周囲を見回して退屈そうに言った。
「はあ、エルフの住居でやすか。でも、何もないですぜ」
「それは、エルフがこの場所を去るときに、貴重品をすべて運び出してしまったからでしょうね。おカネになりそうな目ぼしいものは、何も残ってないでしょう」
キャサリンが何かを見つけたようだ。
「あら、これは何かしら」
キャサリンが何気なく壁から突き出したレバーを引いた。かちりと音がして、カザルの足元に開いた無数の小さな穴から、真っ赤な炎が吹き出した。
「うわあ、あちちち。な、なんだこれは」
ルミアナが言った。
「気をつけてカザル、それはたぶん暖炉の跡よ。暖炉の周りを囲んでいた柵などが無くなっているからわかりにくいけど。仕掛けはまだ生きているのよ」
「あぶねえ、あやうく焼き殺されるところでしたぜ。キャサリンお嬢様、危ないから、やたらと、そのへんのレバーに触らないでくだせえ」
「あら、わかったわ。レバーには触らないわ」
「やれやれ、キャサリンお嬢様には気を付けていただかないと、なにせ貧乏神の勇者なんだから、こっちがとんでもないことに巻き込まれるんですぜ。・・・ところで、この小さい部屋はなんだ?」
カザルが小部屋を覗き込んだ。中には柄付きのブラシが見えた。カザルがそれを手に取ろうと小部屋の中に入ると、突然、四方の壁から水が勢いよく吹き出した。
「ぐは、げほげほ、うげー、おい、止めてくだせえ」
ルミアナが言った。
「気をつけてカザル、それはシャワーか、あるいは洗濯場ですね。こんな水の少ないアルカナで、どこからこれだけの水を確保しているのか不思議です」
「ゲホゲホ、こんなのシャワーなんかじゃないですぜ、あやうく溺れるところだった。お嬢様、だからレバーにはさわるなと・・・」
「何よ、レバーなんか触ってないわ。この赤いボタンを押しただけよ。青いボタンを押したら、水が止まったの。本当に不思議ですわね」
「レバーもボタンもダメです。お嬢様は何も触らないでくだせえ」
ルミアナが言った。
「あ、それと、エルフの古代文明を調査した報告書では、家庭で出るゴミを吸い出して捨てる装置も洗い場の近くにあったらしいから、カザルも気をつけてね」
「うぎゃ、もう遅いですぜ。あっしの尻が吸い込まれました」
「まあ大変、キャサリンお嬢様、そっちの停止レバーを引いてください」
「え、でも、レバーにはさわるなって言ったわ」
「いまはいいんだよ」
「え、どれよ」
「そっちの、黄色いレバーです」
キャサリンが全身の力を込めて、赤いレバーを引いた。それは逆噴射レバーだった。ぼんという噴射音とともに反対側の壁まで吹き飛ばされたカザルは、壁に顔面をうちつけた。カザルは立ち上がるとヤケクソになって叫んだ。
「ええい、エルフの住居はもう、こりごりだ。先へ進みましょうぜ」
エルフの住宅おそるべし。というか、貧乏神キャサリン恐るべし。俺たちはエルフの居住区をあとにして、先へ進むことにした。広い居住区を抜けると道は広場に突き当たった。見たところ遊具もある。昔はエルフの家族たちが、ここで憩いのひとときを過ごしていたのだろうか。
道は広場で行き止まりである。遺跡はこれで終わりなのだろうか。先へ進む道を探して広場をしばらくうろうろしていたが、先へ進む入り口は見当たらず、一行はここで休憩することにした。