一方、キャサリンは、レイラ、カザル、ナッピーと一緒に、地元の有名なレストランで食事をしていた。白いオシャレなテラスは、緑の木々がみずみずしい広場に面している。半乾燥地帯の埃っぽいアルカナとは大違いだ。しかし、キャサリンはご機嫌斜めだった。

「またしても、わたくしをのけものにして、お兄様だけで宮殿で秘密会議をするなんて面白くないですわ。わたしくしだって、お父様の娘なんですからね」

 レイラは、キャサリンのいつもの愚痴に諦めた様子で、淡々と言った。

「仕方ないことですよ、お嬢様。私だって本来なら陛下のおそばに仕えるはずですが、こうしてお嬢様の護衛を任されているわけです。ですが、なんの不満もございません。むしろ陛下のお役に立てて光栄です」

「そうね、レイラは近衛騎士だから、それで満足なのですわ。ところでレイラ。私のこの新しいドレス、どう思いますこと?」

 キャサリンはイシル国へお出かけするというので、ドレスを新調したようだ。色は派手なピンクを基調にして、白いフリル柄がスカートのあたりに幾重にも施されている。が、何と言ってもスカートの丈が今までになく短い。レイラはキャサリンの太ももを見てちょっと恥ずかしくなり、視線をそらせながら言った。

「う~ん、とてもよくお似合いだと思います。色もお嬢様らしくて、輝くように美しいですね。・・・ただ、その、なんと言いますか、短くないですか、その、スカートが」

「おほほ、これはこれでいいのですわ。最近、お兄様の周りには女性が増えてきたのです。それで、なんとなく私の影が薄くなってきたような気がして、心配になってきたの。それで気がついたのですわ。私には何かが足りないって」

「はあ、それで、何が足りないと?」

「色気よ!」

 キャサリンは、突然色気に目覚めたらしい。

「物語でも、ヒロインには色気がある方が受けるのよ! というか、人気の出る絶対条件ですわ。だから、まず衣装からですわ。王宮の仕立て屋に言わせると、肌を見せたほうが刺激的だと言ってましたの。足を大胆に見せるのは、ちょっと恥ずかしい気もするけど、どうかしら。まだお兄様には見せていないの」

 カザルが目を血走らせて言った。

「いい、断然、こっちのほうがいいですぜ、キャサリンお嬢様。ピンクもいいですけど、あっしの好みから言えば、黒くて、ひらひらがいっぱいあしらわれたドレスがいいです。手袋も黒いの、そして、何と言ってもハイヒールのブーツですぜ。ああ、たまらん」

「あんたの好みを聞いてるんじゃないわ、この変態ドワーフ」

 いつの間にか、あたりには多くのサルが集まっていた。イシル国の宗教であるヤッカイ教では、サルが神の使いとして大切にされており、我が物顔で町中を徘徊している。一方、サルの宿敵とも言うべきイヌたちは、肩身の狭い思いをしていた。そんな野良イヌが数匹ナッピーのそばに来て、ナッピーから食べ物を分けてもらっていた。ナッピーは野良犬たちと何やら会話していたが、ふいに、みんなの方を向いて言った。

「ねえねえ、この町のサルは乱暴で図々しいから、気をつけたほうがいいって、このイヌたちがみんな言ってるよ。人間に甘やかされて、付け上がっているんだって」

 カザルが言った

「へ、こんなエテ公なんぞ、どうってことないですぜ」

 ふと見ると、カザルの料理を載せた皿が、いつの間にか空っぽになっている。通りの反対側にある木の上で、カザルの料理をサルたちが手づかみで貪っている。

「くそ、やりやがったな」

 キャサリンがカザルを指さして笑った。

「おーほほほ、カザルは間抜けだから、サルにバカにされるのですわ。わたくしのように、威厳にあふれている人間は、サルにも見分けることができるのよ」

 キャサリンの料理も綺麗さっぱり無くなっていた。

「うえええ、なにこれ、いつの間に! 許さないわサルの分際で。レイラ、あのクソザルどもを捕まえてお仕置きするのよ」

 レイラは、キャサリンが騒ぎを起こさないようアルフレッドから監視の役目を仰せつかっているので、何かしでかさないかと内心ハラハラである。レイラは苦笑いを浮かべながら、キャサリンをなだめた。

「ここは我慢です、キャサリンお嬢様。この国では、サルは大切にされているのですから、暴力はいけません。料理は、私がすぐに代わりのものを用意させますので」

「仕方がないわね、レイラの頼みだから聞いてあげるわ。まったく運のいいサルたちね。もうお肉はいいから、甘いものが欲しいわ、それとお紅茶も」

 食い物を奪ったサルたちがそれで満足するかと思いきや、まるでそんなことはない。今度は、何やら目付きの悪いサルたちが、忍び足でキャサリンの周りに集まってきた。そして、スイーツを食べることに夢中になっていたキャサリンの頭に、一匹のサルが飛びついて、キャサリンの長い髪を数本引き抜いた」

「うひゃああ、いたたた。な、何すんのよ、このサル、痛いじゃないの。さては、わたくしの美しい金髪に目がくらんだのね。わたくしったら、あまりの美しさに、サルにも狙われるのですわ」

 野良イヌとひそひそ話していたナッピーが言った。

「あのね、サルたちは女性の長い髪を引き抜いて、自分たちの歯の掃除に使うんだって。長ければ長いほうが、歯を掃除したときに、気持ちがいいらしいよ」

 キャサリンが怒った。

「なんですって! わたくしのシルクのような金色の髪をむしって、あろうことか、汚い歯の掃除に使うなんて、許せませんわ。レイラ、今度こそ、サルどもを捕まえて、ぎゃふんと言わせるのよ」

「お、お嬢様。ここは我慢です、我慢。髪の毛でしたら、お嬢様の代わりに私の髪を、いくらでもむしらせてやります。サルたち、さあ、私の髪をむしりなさい」

 レイラはキャサリンの前に進み出てこうべを垂れ、サルたちに自分の頭を差し出した。サルたちの動きが一瞬止まった。自らの身体を犠牲にしても良いという、レイラの天使の如き献身的な姿が、サルたちを感動させたのだろうか、ああなんと美しい光景・・・。

 と思いきや、それはレイラの思い描いた幻想に過ぎなかった。次の瞬間、「ベチャ」という柔らかい音と同時に、レイラの磨き上げられた鎧に何かがぶつかって、地面にずるっと落ち、レイラは現実に引き戻された。

 野良イヌとひそひそ話していたナッピーが言った。

「あのね、サルたちは、気に入らない相手にウンチを投げつけるらしいよ」

 レイラの鎧には、次々とウンチが飛んできて、ぶつかって、地面に落ちた。レイラの頭が小刻みに震え始めた。

「が、がまん、がまん、がまん、がまん・・・・」

 ウンチをぶつけられても震えるだけのレイラをみたサルたちは、さらなる挑発行為に及んだ。キーキーわめきながら、自らの赤い尻をたたき始めたのである。中には、放屁するサルまでいる。震えるレイラの顔が、赤くなってきた。

「わ、私が毎朝早起きして、ピカピカに磨き上げている神聖な近衛騎士の鎧にウンチを投げつけて穢(けが)し、しかも、汚い尻を叩いて侮辱するとは・・・。ア、アルフレッド様、わ、わたくしは、・・もう、我慢の限界でございます・・・」

 レイラが巨大な長剣をジャキンと引き抜いた。

「アルフレッド様、お許し下さい」

 振りかざした刃が、ギラリと光る。レイラの目が燃えている。

「殺す!」

 レイラのあまりの剣幕にたじろいだカザルが言った。

「あ、あっしは、お仕置きするだけでいいと思いやすぜ」

「いいや、殺す。絶対殺す。すぐに殺す」

「そうよレイラ、あの生意気なエテ公どもに、容赦なんかいらないわ」

 レイラが電光石火でサルたちに切りかかったが、サルたちはすばしこく、蜘蛛の子を散らす如くにパッとその場を飛び退くと、一目散に逃げ出した。

「まてええ、逃がすもんか」

 これを見た野良イヌたちも、サルたちへの日頃のうっぷんを晴らすいい機会だと思い、一緒になってサルたちを追いかけ始めた。

「あのね、イヌさんたちも、協力するって」

 キャサリンが鼻息荒く言い放った。

「よし、イヌたちも、あたいについてきなさい。レイラ、サルはあそこの宴会場に逃げ込んだわ。突撃よ」

 宴会場では、折しも、結婚披露宴がとり行われようとしていた。司会者の男が会場に集まった大勢の人たちに向かって叫んだ。

「それでは、新郎新婦の入場です!」

 ドアを激しくぶち破って、レイラとキャサリンが宴会場に躍り込んだ。

「サルはどこよ!」

「サルを出せ」

 宴会場は、唖然とした空気に包まれた。

「な、なんだ、何かの演出か? 余興か?」

 遅れて入ってきた本物の新郎新婦があっけにとられ、棒立ち状態でいると、キャサリンが新郎にズカズカと歩み寄り、鼻先がぶつかるくらいに、にじり寄った。

「あんた、変装したサルじゃないでしょうね?」

「ひいい」

 新郎の顔はサルに似ていた。カザルが慌てて言った。

「キ、キャサリンお嬢様、まずいですぜ。ここは結婚式の披露宴です」

「なんですって? 披露宴の席でサルをかくまうとは、不届きな連中ですわ」

「いやいや、不届きなのは、あっしらの方ですぜ」

 野良イヌたちから話を聞いていた、ナッピーがドアを指さして言った。

「サルは向こうの出口から逃げたって」

「よし、逃がすものですか」

「うりゃああ」

 出口のドアをぶち破ると、怒涛のごとく飛び出した。

「サルはあの雑貨屋に逃げ込んだって」

 折しも、雑貨屋には、強盗が押し入っていた。

「カ、カ、カネを出せ」

 覆面をした強盗と思しき男が、カウンター越しに、剣のようなものを店主に突き出している。剣の先が震えている。

「兄貴、やめましょうよ、こんな店じゃ、たいしてカネもありませんってば」

「う、うるせえ、やると決めたらやるんでぇ。もう3日も何も食ってないんだ、もう限界だ。やい、おやじ、おれは昔、軍隊で人を殺したことだってあるんだ。か、カネを出さないと、本当に刺すからな、ホントだぞ」

 そのとき、凄まじい音がして、雑貨店の入り口のドアが吹き飛び、レイラとキャサリンが雑貨屋になだれ込んだ。

「サルはどこよ!」

「サルを出せ」

 強盗はドアが吹き飛んだ勢いに仰天して床に転がったが、すぐに立ち上がるとレイラとキャサリンに剣を向けて身構えた。が、いかにも素人っぽい構えで、手がガタガタ震えている。キャサリンはまったく動じることなく、強盗に言った。

「あんたたち、ここにサルが逃げ込んだでしょう?知らないとは言わせないわ」

「お、俺たちはサルなんか見ていないぞ」

 レイラが長剣を、強盗の鼻先に突き出して言った。

「なんでもいいから、サルを出しなさい。出さないと首が床に転がることになります」

「ひえええ」

 強盗の兄貴分と思しき男が、弟分に向かって言った。

「お、おまえ、そういえばサルにそっくりだよな。おまえ、行け」

「えええええ、あっしはサルじゃないですよ」

 キャサリンが言った。

「あんたがサルだって?ちがうわ、こんなブサイクなサルじゃなかったわよ」

「兄貴、ひどいよ、この人たち」

「う、うるせえ」

「ところで、あなたたち、ここで何してるのかしら」

「あー、いや、なに、お店のお手伝いですよ、なあ、みなさん」

 お店の主人も店員も、激しく首を横に振った。

「違うっていってるわ。手伝いたいなら、こっちを手伝いなさい。あなたたちも、サルを捕まえるのよ。行くわよ」

 ナッピーが外を指さして言った。

「サルは、あの小窓から外に逃げたって」

 キャサリンが叫んだ。

「なによ、窓が小さくて通れないじゃないの。レイラ、窓を壊すのよ」

 カザルが驚いて言った。

「いやいや、窓を壊さなくても、入り口から外に出ればいいと思いますぜ」

「いいえ、窓から出るのよ。レイラ、やりなさい」

 レイラが窓枠ごと壁をぶち壊すと、キャサリンが通りに飛び出した。向こうにサルの姿が見えた。

「いたわ! あそこよ。あんたたちも、ぼさっとしてないで、早く追うのよ!」

「兄貴、なんで、あっしら、こんなことしてるんですか」

「うるせえ、黙ってろ。見ろ、こいつらイカれてるぞ、今逃げたら何されるか、わかったもんじゃねえ」

 通りには商人たちの持ち込んだウマやヤギたちが、道端でのんびりと干し草をはんでいた。ナッピーが通りを走りながら叫んだ。

「みんな~お願い、サルを捕まえるのを、手伝ってえ~」

 ナッピーの調教(テイマー)の能力は絶大だ。ナッピーのお願いを耳にしたウマとヤギの群れが、たちまちサルを追う一団に加わった。

 先頭のキャサリンに続いて、猛牛のごとく目を血走らせたレイラが続き、必死に追いかけるカザル、吠える野良イヌが十数匹、気弱な強盗が二人、さらにナッピーとウマ三頭、ヤギ七匹が加わった、意味不明の大集団が通りを怒涛のように駆け抜ける。