アルカナ川が復活してから一年が経った。
未だに洞窟に国王一行を閉じ込めた犯人の特定には至っていない。カザルに大金を貸し付けていたのは金貸し商のシャイロックという男だったが、シャイロックを問い詰めても証拠は出てこなかった。ただ、このシャイロックという男が貴族のジェイソンの屋敷に出入りしている様子がしばしば目撃されているらしい。
一方、俺たちの閉じ込められた鉱山には、その後の調査で赤い魔法石が豊富に存在することがわかり、ルミアナを中心とする魔法石採掘隊を編成して魔法石を採取した。赤い魔法石については、俺とルミアナが使うには十分な量を確保できた。
この一年の間に俺の魔法はかなり上達し、様々な攻撃魔法を習得した。補助系、幻惑系の魔法もある程度使えるようになった。
俺は主だった仲間を集めて、今後の政策などについて話し合っていた。
総務大臣のミックが現状について報告した。
「農業生産に関しては、穀物の収穫量が以前の二倍に増え、その他の野菜類の収穫に関しては、種類も量も増えております。これにはアルカナ川による灌漑と人糞を利用した肥料の効果が大きいです。何と言っても、アカイモは食糧の増産や食生活の改善に大きく貢献しています。今のところ食料の増産計画は順調です」
キャサリンがはしゃいでいる。
「素晴らしいですわ、お兄様。このままいけば人口も順調に増えますし、人口が増えれば、国民たちの生活も豊かになりますわね」
「そうだな、確かに食料生産が増えれば人口は増加するが、人口が増えれば国民も豊かになるという単純な話ではないんだ」
「あら、それはどういうことですの?人口が増えれば、より多くの食料や物資が生産できますのに」
「確かに人口が増えるほど食料や物資の生産量は増えるが、同時に人々の生活を支えるための食料や物資も、より多く必要になる。だから人口が増えて国の生産量が増えても、人々の生活が豊かになるわけじゃない。実際、巨大な人口を抱える国の国民が、非常に貧しい生活をしている例は数多くある。人口が増えるだけでは豊かにならないんだ」
「でも、大きな国の王族や貴族の生活は、小さな国の王族や貴族よりはるかに豊かですわ」
「それは、国民から搾取できる富の量が、大きい国ほど多くなるからだ。だから大きい国ほどその国の王族や貴族は豊かになり、他国にマネできないほど豪華な王宮や巨大な寺院を建設することができる。その一方で国民の生活は貧しいままだ」
「それは酷いですわ。それじゃあ、どうすればアルカナの国民は豊かになれるのかしら」
「アルカナの国民が豊かになる方法は大きく二つある。一つ目は他国を侵略する方法だ。二つ目は技術を開発することだ」
「『他国を侵略する』か、『技術を開発する』のどちらかなの?」
「そうだ。他国を侵略する方法の場合は、侵略先の国から財産や食料を奪ったり、属国として支配下に置いて重税を課したり、あるいは人々を奴隷として連れ去って、強制労働をさせる。その方法を採用しているのがトカゲ族の国であるジャビ帝国だ」
「そんな方法が長続きするはず無いのですわ」
「その通りだ。だからジャビ帝国は常に侵略戦争を行い、富を奪い、奴隷を連れ去る。侵略を止めると衰退する運命にあるからだ」
「もう一つの『技術を開発する』とは、どんな意味ですの?」
「技術を説明するのは難しいが、匠の技(わざ)のようなものだ。そうした技を使うことで、例えば家を一軒建てる場合も、より短い期間で建てることができたり、同じ面積の畑でも、より多くの作物を収穫できるようになる。つまり生産の効率が高まる」
「生産の効率が高まるとどうなるの?」
「生産の効率が高まると人手が余るようになる。すると、余った人手を他のモノを作る仕事に費やすことができるようになり、同じ人口でも、より多くの種類の富を生み出すことができるようになる。人数が増えずに生み出される富の量が増えるのだから、国民一人当たりに分配される富の量も増えることになる」
「なんか難しいわね。それで、その技術ってのを開発するにはどうするの」
「『王立研究所』を設立しようと考えているんだ」
「研究所って何、何をする場所なの?」
「様々な分野の職人、専門家のような人々を集めて、より優れたモノを、より効率的に作るための方法を試行錯誤して、新たな技術を獲得する場所だ。例えば、錬金術師を研究所に呼び、新しい薬の研究をしてもらう場所だ」
「なるほど、アルカナ全土から優れた人材を集めるのね」
「確かにそうだが、優れている人物や有名な人物だけを研究所に集めてもダメなんだ。そうしたすでに成果を出している人物だけではなく、まったく世間から評価されていない奇人や変人の類(たぐい)を集めることも重要だ。つまり『狂ったように何かに打ち込んでいる人物』が必要だ」
「奇人や変人をいっぱい集めるの?」
「いや、単なる奇人や変人ではなく、狂ったように何かの研究に打ち込んでいる人物だ。一見すると奇人や変人の趣味のようにしか思えない、何の役に立つかまったくわからないような研究の中から、世の中を変えるほどの大発見が飛び出すこともある。そういう例が異世界では多いんだ。
ところが、役人の多くは、すでに有名になった人物だけを集めて、カネを出して目標を与えれば成果が出ると勘違いしている。おまけに、その方がカネがかからないから都合が良い。しかし、大発見は狙って出てくるものじゃない。偶然の産物だ。つまり『数を打たないと大当たりが出ない』。
だから、とにかく大勢の研究者を王都に集めて、なんだかわからない研究であっても、どんどんやらせるのだ。当然ながら膨大なおカネが必要となる。だからこそ、おカネを発行するために銀行制度を立ち上げたんだ」
「なるほどですわ。傍から見ると変な人に見えるけど、何かに打ち込んでいる人が大切なのね。それで、変態のカザルも王国の役に立っているのね」
「相変わらずお嬢様は口が悪いぜ」
「おお、カザルか。例のものの開発は順調か?」
「順調ですぜ、旦那。中庭に試射の準備をしていますので、ご覧くだされ」
「何の準備ですの?」
俺は椅子から立ち上がりながら言った。
「鉄砲だ。鉄砲というのは異世界の武器だ。これは硬い鱗で全身を覆われているトカゲ族の兵士を倒すための、強力な武器になる」
俺たちは王城の中庭へ出た。中庭の奥にはプレートアーマーを付けた三体の人形が標的として立てられており、その百メートルほど手前には、台の上に三丁の火縄銃が置かれていた。火縄銃であれば中世時代の技術でも十分に作ることは可能だ。昔、俺は火縄銃に興味があって構造などを調べたことがあるのだが、その知識が役に立った。火薬の原料となる硝石は堆肥から抽出できたし、硫黄も温泉の近くで採取できた。
キャサリンもレイラも、見たこともない武器に興味津々といった顔つきだ。俺は鉄砲を両手で持ち上げると、皆に説明した。
「これが鉄砲というものだ。これは異世界で使われていた武器だ。火薬という薬品に火をつけて爆発させ、その勢いでこの鉛の丸い玉を鉄砲の筒先から飛ばす。まあ、見てもらったほうが早いだろう。ものすごい音が出るから気をつけてくれ」
俺がカザルに目配せすると、カザルは俺から鉄砲を受け取り、的となる鎧を着た人形に狙いを付けた。中庭は緊張感に包まれ、静まり返っている。ややおいて、俺の合図と同時に中庭に雷が落ちたかと思われるほどの轟音が響き渡り、鉄砲から大量の白煙が吹き出した。あまりの音の大きさにキャサリンが悲鳴を上げた。あらかじめ弾が込められていた三丁の鉄砲が続いて発射された。すべてが人形に命中した。
衛兵たちが人形を抱えて俺の方へ運んできた。人形のプレートアーマーには三つの穴が空いており、中の丸太に鉛玉が食い込んでいた。衛兵がそれを高く掲げると、どよめきが起こった。
レイラが言った。
「弓矢で貫くことができない鉄のプレートアーマーが、三発とも完全に貫通している。これは恐ろしい武器ですね陛下。これなら硬い鱗の体を持つトカゲ族であっても、ひとたまりもありません」
「さ、さすがお兄様ですわ。これなら、アルカナの軍隊は無敵になりますわ」
「そうだ。これもいわば『技術の開発』から生まれた成果だ。技術が進んでいた異世界の鉄砲は、こんなものではない。一つの鉄砲が、一秒間に何発も発射できる。いかに技術の開発が重要かわかるだろう。技術の開発にカネを惜しんではいられないのだ」
ミックが言った。
「陛下よくわかりました。王立研究所の件、早速準備に取り掛かろうと思います」
「頼んだぞ。財源は王立銀行から借りれば何の問題もない。ただし以前も話したが、おカネを増やしすぎるとモノの値段が上がって国民の暮らしに影響する。無計画におカネを増やしてはいけない。市場における物価の調査は毎月、しっかり行って報告してくれ。それを見ながら毎月の借入額を決定する」
「かしこまりました」
未だに洞窟に国王一行を閉じ込めた犯人の特定には至っていない。カザルに大金を貸し付けていたのは金貸し商のシャイロックという男だったが、シャイロックを問い詰めても証拠は出てこなかった。ただ、このシャイロックという男が貴族のジェイソンの屋敷に出入りしている様子がしばしば目撃されているらしい。
一方、俺たちの閉じ込められた鉱山には、その後の調査で赤い魔法石が豊富に存在することがわかり、ルミアナを中心とする魔法石採掘隊を編成して魔法石を採取した。赤い魔法石については、俺とルミアナが使うには十分な量を確保できた。
この一年の間に俺の魔法はかなり上達し、様々な攻撃魔法を習得した。補助系、幻惑系の魔法もある程度使えるようになった。
俺は主だった仲間を集めて、今後の政策などについて話し合っていた。
総務大臣のミックが現状について報告した。
「農業生産に関しては、穀物の収穫量が以前の二倍に増え、その他の野菜類の収穫に関しては、種類も量も増えております。これにはアルカナ川による灌漑と人糞を利用した肥料の効果が大きいです。何と言っても、アカイモは食糧の増産や食生活の改善に大きく貢献しています。今のところ食料の増産計画は順調です」
キャサリンがはしゃいでいる。
「素晴らしいですわ、お兄様。このままいけば人口も順調に増えますし、人口が増えれば、国民たちの生活も豊かになりますわね」
「そうだな、確かに食料生産が増えれば人口は増加するが、人口が増えれば国民も豊かになるという単純な話ではないんだ」
「あら、それはどういうことですの?人口が増えれば、より多くの食料や物資が生産できますのに」
「確かに人口が増えるほど食料や物資の生産量は増えるが、同時に人々の生活を支えるための食料や物資も、より多く必要になる。だから人口が増えて国の生産量が増えても、人々の生活が豊かになるわけじゃない。実際、巨大な人口を抱える国の国民が、非常に貧しい生活をしている例は数多くある。人口が増えるだけでは豊かにならないんだ」
「でも、大きな国の王族や貴族の生活は、小さな国の王族や貴族よりはるかに豊かですわ」
「それは、国民から搾取できる富の量が、大きい国ほど多くなるからだ。だから大きい国ほどその国の王族や貴族は豊かになり、他国にマネできないほど豪華な王宮や巨大な寺院を建設することができる。その一方で国民の生活は貧しいままだ」
「それは酷いですわ。それじゃあ、どうすればアルカナの国民は豊かになれるのかしら」
「アルカナの国民が豊かになる方法は大きく二つある。一つ目は他国を侵略する方法だ。二つ目は技術を開発することだ」
「『他国を侵略する』か、『技術を開発する』のどちらかなの?」
「そうだ。他国を侵略する方法の場合は、侵略先の国から財産や食料を奪ったり、属国として支配下に置いて重税を課したり、あるいは人々を奴隷として連れ去って、強制労働をさせる。その方法を採用しているのがトカゲ族の国であるジャビ帝国だ」
「そんな方法が長続きするはず無いのですわ」
「その通りだ。だからジャビ帝国は常に侵略戦争を行い、富を奪い、奴隷を連れ去る。侵略を止めると衰退する運命にあるからだ」
「もう一つの『技術を開発する』とは、どんな意味ですの?」
「技術を説明するのは難しいが、匠の技(わざ)のようなものだ。そうした技を使うことで、例えば家を一軒建てる場合も、より短い期間で建てることができたり、同じ面積の畑でも、より多くの作物を収穫できるようになる。つまり生産の効率が高まる」
「生産の効率が高まるとどうなるの?」
「生産の効率が高まると人手が余るようになる。すると、余った人手を他のモノを作る仕事に費やすことができるようになり、同じ人口でも、より多くの種類の富を生み出すことができるようになる。人数が増えずに生み出される富の量が増えるのだから、国民一人当たりに分配される富の量も増えることになる」
「なんか難しいわね。それで、その技術ってのを開発するにはどうするの」
「『王立研究所』を設立しようと考えているんだ」
「研究所って何、何をする場所なの?」
「様々な分野の職人、専門家のような人々を集めて、より優れたモノを、より効率的に作るための方法を試行錯誤して、新たな技術を獲得する場所だ。例えば、錬金術師を研究所に呼び、新しい薬の研究をしてもらう場所だ」
「なるほど、アルカナ全土から優れた人材を集めるのね」
「確かにそうだが、優れている人物や有名な人物だけを研究所に集めてもダメなんだ。そうしたすでに成果を出している人物だけではなく、まったく世間から評価されていない奇人や変人の類(たぐい)を集めることも重要だ。つまり『狂ったように何かに打ち込んでいる人物』が必要だ」
「奇人や変人をいっぱい集めるの?」
「いや、単なる奇人や変人ではなく、狂ったように何かの研究に打ち込んでいる人物だ。一見すると奇人や変人の趣味のようにしか思えない、何の役に立つかまったくわからないような研究の中から、世の中を変えるほどの大発見が飛び出すこともある。そういう例が異世界では多いんだ。
ところが、役人の多くは、すでに有名になった人物だけを集めて、カネを出して目標を与えれば成果が出ると勘違いしている。おまけに、その方がカネがかからないから都合が良い。しかし、大発見は狙って出てくるものじゃない。偶然の産物だ。つまり『数を打たないと大当たりが出ない』。
だから、とにかく大勢の研究者を王都に集めて、なんだかわからない研究であっても、どんどんやらせるのだ。当然ながら膨大なおカネが必要となる。だからこそ、おカネを発行するために銀行制度を立ち上げたんだ」
「なるほどですわ。傍から見ると変な人に見えるけど、何かに打ち込んでいる人が大切なのね。それで、変態のカザルも王国の役に立っているのね」
「相変わらずお嬢様は口が悪いぜ」
「おお、カザルか。例のものの開発は順調か?」
「順調ですぜ、旦那。中庭に試射の準備をしていますので、ご覧くだされ」
「何の準備ですの?」
俺は椅子から立ち上がりながら言った。
「鉄砲だ。鉄砲というのは異世界の武器だ。これは硬い鱗で全身を覆われているトカゲ族の兵士を倒すための、強力な武器になる」
俺たちは王城の中庭へ出た。中庭の奥にはプレートアーマーを付けた三体の人形が標的として立てられており、その百メートルほど手前には、台の上に三丁の火縄銃が置かれていた。火縄銃であれば中世時代の技術でも十分に作ることは可能だ。昔、俺は火縄銃に興味があって構造などを調べたことがあるのだが、その知識が役に立った。火薬の原料となる硝石は堆肥から抽出できたし、硫黄も温泉の近くで採取できた。
キャサリンもレイラも、見たこともない武器に興味津々といった顔つきだ。俺は鉄砲を両手で持ち上げると、皆に説明した。
「これが鉄砲というものだ。これは異世界で使われていた武器だ。火薬という薬品に火をつけて爆発させ、その勢いでこの鉛の丸い玉を鉄砲の筒先から飛ばす。まあ、見てもらったほうが早いだろう。ものすごい音が出るから気をつけてくれ」
俺がカザルに目配せすると、カザルは俺から鉄砲を受け取り、的となる鎧を着た人形に狙いを付けた。中庭は緊張感に包まれ、静まり返っている。ややおいて、俺の合図と同時に中庭に雷が落ちたかと思われるほどの轟音が響き渡り、鉄砲から大量の白煙が吹き出した。あまりの音の大きさにキャサリンが悲鳴を上げた。あらかじめ弾が込められていた三丁の鉄砲が続いて発射された。すべてが人形に命中した。
衛兵たちが人形を抱えて俺の方へ運んできた。人形のプレートアーマーには三つの穴が空いており、中の丸太に鉛玉が食い込んでいた。衛兵がそれを高く掲げると、どよめきが起こった。
レイラが言った。
「弓矢で貫くことができない鉄のプレートアーマーが、三発とも完全に貫通している。これは恐ろしい武器ですね陛下。これなら硬い鱗の体を持つトカゲ族であっても、ひとたまりもありません」
「さ、さすがお兄様ですわ。これなら、アルカナの軍隊は無敵になりますわ」
「そうだ。これもいわば『技術の開発』から生まれた成果だ。技術が進んでいた異世界の鉄砲は、こんなものではない。一つの鉄砲が、一秒間に何発も発射できる。いかに技術の開発が重要かわかるだろう。技術の開発にカネを惜しんではいられないのだ」
ミックが言った。
「陛下よくわかりました。王立研究所の件、早速準備に取り掛かろうと思います」
「頼んだぞ。財源は王立銀行から借りれば何の問題もない。ただし以前も話したが、おカネを増やしすぎるとモノの値段が上がって国民の暮らしに影響する。無計画におカネを増やしてはいけない。市場における物価の調査は毎月、しっかり行って報告してくれ。それを見ながら毎月の借入額を決定する」
「かしこまりました」