「わたくしは、お兄様の妹のキャサリンでございますわ」
それまで黙って俺の横で話を聞いていた美少女が微笑んだ。この子が妹なのか、すげえ美少女だな。ミックからアルカナ国の悲惨な現状を聞いて絶望的な気分に落ち込んでいたが、こんな金髪美少女が妹なら、この異世界も捨てたもんじゃないな。俺は美少女の手前、ちょっとカッコつけて言った。
「キャサリンか・・・ああ、すまない。今は何も思い出せないんだ」
「大丈夫ですわ。それよりわたくし、お兄様が本当に死んでしまわれるのではないかと心配しましたわ。だからお兄様の回復を祈って、毎日、お庭のバラの花を摘んでお部屋に飾っておりましたのよ。このベッドの横のお花ですわ」
ああ、なんて優しい妹なんだ。おまけに金髪美少女だし。見ているだけでも心が安らぐようだ。こんな天使のような妹がいるなんて、これは間違いなく異世界転生の特典だ。これだけでも転生した価値があったな。俺はまた、ちょっとカッコつけて言った。
「ありがとう、キャサリン。とてもうれしいよ」
ところが、キャサリンはそれまでの優しい口調から打って変わり、まるで母親が子供を諭すように片手を腰に当てると、俺を指さしながら言った。
「それと、こういうことが二度と起きないよう、これからは、わたくしがお兄様と同じテーブルで食事をして、食べるものはすべてわたくしが毒見いたしますわ」
「え? ・・・な、何もそこまでしなくても・・・」
「いいえダメです。隙あらば自分が国王に成り替わって権力者になろうと企む貴族連中が国内にはいるのです。お兄様は考えが甘すぎですわ」
あれ? 何だか雲行きがおかしくなってきたぞ。「天使のように優しい妹」じゃなかったのか? まるで怖い教育ママみたいになってきたぞ。なんだかわからないが、ここはとりあえず彼女に大人しく従っておこう。
「わかったよ、キャサリンの言う通りかも知れない、任せるよ」
二人の様子を黙って見ていたミックは、少し間をおいてから言った。
「国王様、まだ何も思い出せませんか?」
「そうなんだ。まったく思い出せない。その代わり・・・」
俺は少し考えた。二人を納得させるための、ちょっとした作り話をしようと思ったからだ。転生前の俺の記憶は神の啓示なんだ、という作り話である。
「その代わり、私には別の記憶があるんだ。こん睡状態で眠っていた時、私は不思議な夢をみた。夢の中では、この世界とは違う別の世界で生活していた。その夢で見た記憶が今でもはっきり残っているんだ」
「別の世界・・・陛下はもしかすると異世界の夢をご覧になったですか?」
「そうなんだ、しかも、この世界で記憶を失っていたのは五日間だが、夢の中ではもっと長い期間を過ごしていた気がする。一年とか二年とか、あるいはもっと長く・・・」
「それはすごく不思議なお話ですね。陛下が体験された異世界とは、どのような世界だったのですか?」
「この世界より遥かに文明が進歩した世界だった。巨大な鉄の船が海を行き交い、翼の生えた馬車が空を飛んでいた。夜の街は何万ものランプで昼間のように明るく照らされ、壁に飾られた額縁の中では絵が動いていた。そして、隣の町に居る人と会話ができる道具を、すべての人が持ち歩いていた。まるで魔法のような世界だった」
「本当ですか、にわかに信じられるお話ではありませんが」
「本当なんだ。信用できないなら、まだまだ話すことができる。もしかするとあれは単なる夢ではなくて、何かの啓示だったのかもしれない。あまりにも鮮明な記憶があるのだ・・・」
突然、キャサリンがすっくと立ち上がると、きらきらした目で言った。
「すごいですわ、なんて不思議なお話でしょう。これは奇跡ですわ、奇跡に違いありません。お兄様がこん睡状態で生死の境を彷徨っている時、神様がアルカナを救うためにお兄様に啓示をお与えになったに違いありませんわ。まさしく奇跡です」
「しかし、お嬢様。アルフレッド様は毒の影響で夢をみていただけですから・・・」
「いいえ、ちがいます!」
キャサリンは両手を胸の前に組んで上を見上げながら、うるうるして言った。
「お兄様は神を見たのですわ。お兄様は間違いなく神の啓示を受け、アルカナを救うために死の淵から蘇ったのですわ。さあ、ミックも信じるのです。お兄様は、そのうち空中浮遊して予言を口走るに違いありませんわ」
どこの新興宗教だよ。異世界で教祖なんかやる気はないぞ。そこまで信じ込まれると怖いな。とはいえ俺の狙った通りの展開である。そこでダメ押しに俺は言った。
「キャサリンの言う通りかも知れない。神が私に不思議な啓示をお与えになり、そして毒に侵されて瀕死の状態だった命を救ってくださった。もしそうなら、アルカナのために神の啓示で授かった知識を生かすことが、生き返った私に課せられた使命なのだと思う」
「なんだか鳥肌が立つお話ですわね、お兄様。どきどきしますわ」
その会話を聞いていたミックは言った。
「お、おっしゃる通りかも知れません。もし神がアルカナを救うために陛下に啓示をお与えになったのだとしたら、それを生かすことが陛下の責務と言えましょう」
ウソみたいだが、二人を信じ込ませることに成功した。よくある異世界転生アニメだと「これで経験値を獲得し、俺はスキルを獲得した」という事になるのだが、残念ながらこの異世界ではそういうレベルアップは起こらなかった。まあこの場合、獲得しても『二枚舌』という不名誉なスキルだろうから、欲しいとは思わないが。
それにしても、国王に転生するとは、俺はなんて幸運なんだ。これが奴隷や辺境の原住民にでも転生していたら、たまったものではない。腰蓑(こしみの)一丁で槍を持って転生していたら大変だった。それじゃあサバイバルクラフトゲームだ。
国王といえば、政治を通じて国全体を動かすことのできる立場だ。普通の人間ならどれほど努力を重ねても、ほとんど到達することが不可能な立場なのだ。ならば、前の世界の俺には到底不可能だった「世の中を変える」ことを成し遂げてみたいと思った。人々が豊かに、幸福に暮らせる国を実現してみたい。そうした意欲が湧き上がってきた。
俺はミックに言った。
「ミックにお願いしたいことがある」
「何でしょうか、陛下。何でもおっしゃって下さい」
「おかげで体の方は元気になってきた。そこで、二、三日中に王都やその周辺を視察してみたいと思う。せっかく神から啓示を受けたのだから、その知識を活かしてこの国を大きく発展させて豊かな国にしたいと思う。そのためには、まず現状を知る必要がある」
ミックは少し驚いたようだった。
「陛下が積極的に領地を視察するとおっしゃるのは、これまでなかったことでございます。意識を失っておられる間に、本当に陛下は神から啓示を受けられたのかも知れません。わかりました。視察を行うための準備をいたします」
「よろしく頼む」
その話を聞いていたキャサリンは、まるで当然のように言った。
「それでしたら、わたくしも同行させていただきますわ。わたくしがお兄様を案内して差し上げれば、きっと失われた記憶も戻るに違いありませんもの。幼いころは侍女たちといっしょに、お兄様と二人で王都のあちこちを見て歩いたものですわ」
ーーー
一方、ここはアルカナの王都にある、とある建物。ランプに照らされた薄暗い部屋には豪華な調度品が並んでおり、この部屋の主の身分が高いことをうかがわせる。椅子には派手な身なりをした男が横柄な態度で足を組んで座っており、落ち着かない様子だ。男の部下と思われる黒装束の人物が跪いて報告している。
「お伝えしたいことがございます。アルフレッド国王の意識が戻られたとのことでございます。二、三日中には公務に復帰されるようです」
「なに? それは本当か」
「はい、城内に潜入させてある情報提供者からの報告ですので、間違いございません」
「わかった、下がってよい」
「はっ」
男は椅子から立ち上がるとゆっくり窓際へ歩んだ。表情には口惜しさがにじんでいる。固く握りしめられた右手が、かすかに震えている。部下が部屋から退席して一人になると男はつぶやいた。
「今回も失敗か。あの男も頼りにならんな、文句の一つでも言ってやらねば・・・」
この男は何者なのか、何を企んでいるのか、まだわからない。
それまで黙って俺の横で話を聞いていた美少女が微笑んだ。この子が妹なのか、すげえ美少女だな。ミックからアルカナ国の悲惨な現状を聞いて絶望的な気分に落ち込んでいたが、こんな金髪美少女が妹なら、この異世界も捨てたもんじゃないな。俺は美少女の手前、ちょっとカッコつけて言った。
「キャサリンか・・・ああ、すまない。今は何も思い出せないんだ」
「大丈夫ですわ。それよりわたくし、お兄様が本当に死んでしまわれるのではないかと心配しましたわ。だからお兄様の回復を祈って、毎日、お庭のバラの花を摘んでお部屋に飾っておりましたのよ。このベッドの横のお花ですわ」
ああ、なんて優しい妹なんだ。おまけに金髪美少女だし。見ているだけでも心が安らぐようだ。こんな天使のような妹がいるなんて、これは間違いなく異世界転生の特典だ。これだけでも転生した価値があったな。俺はまた、ちょっとカッコつけて言った。
「ありがとう、キャサリン。とてもうれしいよ」
ところが、キャサリンはそれまでの優しい口調から打って変わり、まるで母親が子供を諭すように片手を腰に当てると、俺を指さしながら言った。
「それと、こういうことが二度と起きないよう、これからは、わたくしがお兄様と同じテーブルで食事をして、食べるものはすべてわたくしが毒見いたしますわ」
「え? ・・・な、何もそこまでしなくても・・・」
「いいえダメです。隙あらば自分が国王に成り替わって権力者になろうと企む貴族連中が国内にはいるのです。お兄様は考えが甘すぎですわ」
あれ? 何だか雲行きがおかしくなってきたぞ。「天使のように優しい妹」じゃなかったのか? まるで怖い教育ママみたいになってきたぞ。なんだかわからないが、ここはとりあえず彼女に大人しく従っておこう。
「わかったよ、キャサリンの言う通りかも知れない、任せるよ」
二人の様子を黙って見ていたミックは、少し間をおいてから言った。
「国王様、まだ何も思い出せませんか?」
「そうなんだ。まったく思い出せない。その代わり・・・」
俺は少し考えた。二人を納得させるための、ちょっとした作り話をしようと思ったからだ。転生前の俺の記憶は神の啓示なんだ、という作り話である。
「その代わり、私には別の記憶があるんだ。こん睡状態で眠っていた時、私は不思議な夢をみた。夢の中では、この世界とは違う別の世界で生活していた。その夢で見た記憶が今でもはっきり残っているんだ」
「別の世界・・・陛下はもしかすると異世界の夢をご覧になったですか?」
「そうなんだ、しかも、この世界で記憶を失っていたのは五日間だが、夢の中ではもっと長い期間を過ごしていた気がする。一年とか二年とか、あるいはもっと長く・・・」
「それはすごく不思議なお話ですね。陛下が体験された異世界とは、どのような世界だったのですか?」
「この世界より遥かに文明が進歩した世界だった。巨大な鉄の船が海を行き交い、翼の生えた馬車が空を飛んでいた。夜の街は何万ものランプで昼間のように明るく照らされ、壁に飾られた額縁の中では絵が動いていた。そして、隣の町に居る人と会話ができる道具を、すべての人が持ち歩いていた。まるで魔法のような世界だった」
「本当ですか、にわかに信じられるお話ではありませんが」
「本当なんだ。信用できないなら、まだまだ話すことができる。もしかするとあれは単なる夢ではなくて、何かの啓示だったのかもしれない。あまりにも鮮明な記憶があるのだ・・・」
突然、キャサリンがすっくと立ち上がると、きらきらした目で言った。
「すごいですわ、なんて不思議なお話でしょう。これは奇跡ですわ、奇跡に違いありません。お兄様がこん睡状態で生死の境を彷徨っている時、神様がアルカナを救うためにお兄様に啓示をお与えになったに違いありませんわ。まさしく奇跡です」
「しかし、お嬢様。アルフレッド様は毒の影響で夢をみていただけですから・・・」
「いいえ、ちがいます!」
キャサリンは両手を胸の前に組んで上を見上げながら、うるうるして言った。
「お兄様は神を見たのですわ。お兄様は間違いなく神の啓示を受け、アルカナを救うために死の淵から蘇ったのですわ。さあ、ミックも信じるのです。お兄様は、そのうち空中浮遊して予言を口走るに違いありませんわ」
どこの新興宗教だよ。異世界で教祖なんかやる気はないぞ。そこまで信じ込まれると怖いな。とはいえ俺の狙った通りの展開である。そこでダメ押しに俺は言った。
「キャサリンの言う通りかも知れない。神が私に不思議な啓示をお与えになり、そして毒に侵されて瀕死の状態だった命を救ってくださった。もしそうなら、アルカナのために神の啓示で授かった知識を生かすことが、生き返った私に課せられた使命なのだと思う」
「なんだか鳥肌が立つお話ですわね、お兄様。どきどきしますわ」
その会話を聞いていたミックは言った。
「お、おっしゃる通りかも知れません。もし神がアルカナを救うために陛下に啓示をお与えになったのだとしたら、それを生かすことが陛下の責務と言えましょう」
ウソみたいだが、二人を信じ込ませることに成功した。よくある異世界転生アニメだと「これで経験値を獲得し、俺はスキルを獲得した」という事になるのだが、残念ながらこの異世界ではそういうレベルアップは起こらなかった。まあこの場合、獲得しても『二枚舌』という不名誉なスキルだろうから、欲しいとは思わないが。
それにしても、国王に転生するとは、俺はなんて幸運なんだ。これが奴隷や辺境の原住民にでも転生していたら、たまったものではない。腰蓑(こしみの)一丁で槍を持って転生していたら大変だった。それじゃあサバイバルクラフトゲームだ。
国王といえば、政治を通じて国全体を動かすことのできる立場だ。普通の人間ならどれほど努力を重ねても、ほとんど到達することが不可能な立場なのだ。ならば、前の世界の俺には到底不可能だった「世の中を変える」ことを成し遂げてみたいと思った。人々が豊かに、幸福に暮らせる国を実現してみたい。そうした意欲が湧き上がってきた。
俺はミックに言った。
「ミックにお願いしたいことがある」
「何でしょうか、陛下。何でもおっしゃって下さい」
「おかげで体の方は元気になってきた。そこで、二、三日中に王都やその周辺を視察してみたいと思う。せっかく神から啓示を受けたのだから、その知識を活かしてこの国を大きく発展させて豊かな国にしたいと思う。そのためには、まず現状を知る必要がある」
ミックは少し驚いたようだった。
「陛下が積極的に領地を視察するとおっしゃるのは、これまでなかったことでございます。意識を失っておられる間に、本当に陛下は神から啓示を受けられたのかも知れません。わかりました。視察を行うための準備をいたします」
「よろしく頼む」
その話を聞いていたキャサリンは、まるで当然のように言った。
「それでしたら、わたくしも同行させていただきますわ。わたくしがお兄様を案内して差し上げれば、きっと失われた記憶も戻るに違いありませんもの。幼いころは侍女たちといっしょに、お兄様と二人で王都のあちこちを見て歩いたものですわ」
ーーー
一方、ここはアルカナの王都にある、とある建物。ランプに照らされた薄暗い部屋には豪華な調度品が並んでおり、この部屋の主の身分が高いことをうかがわせる。椅子には派手な身なりをした男が横柄な態度で足を組んで座っており、落ち着かない様子だ。男の部下と思われる黒装束の人物が跪いて報告している。
「お伝えしたいことがございます。アルフレッド国王の意識が戻られたとのことでございます。二、三日中には公務に復帰されるようです」
「なに? それは本当か」
「はい、城内に潜入させてある情報提供者からの報告ですので、間違いございません」
「わかった、下がってよい」
「はっ」
男は椅子から立ち上がるとゆっくり窓際へ歩んだ。表情には口惜しさがにじんでいる。固く握りしめられた右手が、かすかに震えている。部下が部屋から退席して一人になると男はつぶやいた。
「今回も失敗か。あの男も頼りにならんな、文句の一つでも言ってやらねば・・・」
この男は何者なのか、何を企んでいるのか、まだわからない。