「あーつまらないわ、私にも使えるものが、何か見つからないかしら」

 手持ち無沙汰になったキャサリンが、性懲りもなく、また何かを探し始めた。ナッピーは頭蓋骨を拾い集めて、せっせとピラミッドを作っている。一方、カザルはキャサリンが見つけたドワーフ専用ウォーハンマーをレイラに見せて自慢していた。

「これがドワーフ専用の両手武器、ウォーハンマーですぜ。これを両手に持ってぶん回せば、たいていの敵はびびって近寄ってこないんでさ。どうです、持ってみますかい? 人間には重すぎて使えない代物だがよ。がははは」

 レイラはカザルの差し出したウォーハンマーをひょいと持ち上げると、片手でぶんぶん振り回し、片手メイスの技を披露してみせた。

「うん、悪くないね。ただし私はウォーハンマーの正しい使い方を習ったことがないので、残念だがこれは使いこなせないだろうな。ありがとう、これは返すよ」

 その様子を見たカザルは大きく目を見開き、口を開けたままレイラを見つめた。

「両手武器のウォーハンマーを、片手でおもちゃのように振り回すとは、あんた人間じゃないぜ。まるで怪力ゴリラ・・・」

 レイラの鼻息とともに、ウォーハンマーが地面に半分突き刺さった。

「・・・いやいや、怪力ゴリラと戦っても余裕で勝てるほどのすごい腕力だという意味だぜ。あ、あんたもドワーフの道場へ行けば、ウォーハンマーもすぐに上達するってもんだ、ガハハハ」

 キャサリンが何かを見つけたようだ。

「ちょっと、くそドワーフ。今度は壺があったわ。これは魔法の壺とかじゃないかしら。」

「おお、それは・・・痰壺だな。」

「なによ! なんで痰壺がこんなところにあるのよ。ふざけてますわ」

 地面に叩きつけられた痰壷が粉々に砕けて、大きな音が響き渡った。

 ずっと我慢していたルミアナがついに怒った。

「うるさい、ちょっとみんな静かにしてよ。音が聞こえないじゃないの!」

 俺とルミアナが三十分ほど探し回ると、赤い魔法石がそこそこ集まった。これだけあれば魔法をかなりの回数発動できるに違いない。廃鉱山に閉じ込められた状況だったが、魔法石が大量に手に入ったため、俺はうきうきした気分になった。

 一行は管理室へ向かって進んだ。突然、カザルの持っていたランタンの明かりが急に弱まり、やがて消えた。ランプオイルが切れたようだ。

「ち、ランタンをこんなに長く使うと思わなかったからよ、油を半分しか入れてこなかったんでさ。このまま真っ暗になったらヤバいぜ。」

 ルミアナが落ち着いて言った。

「大丈夫、さっき採取した赤い魔法石を明かりにできるわ」

 俺は思わず大声で言った。

「おお、それなら私もできる、やってみよう」

 それを聞いてレイラが驚いた。

「陛下、陛下は魔法が使えるのですか? いつの間に魔法を習得されたのですか?」

「騒ぎになると困るのでずっと秘密にしていたんだ。キャサリンにも口止めしていた。だからここで見たことは内緒にしておいてくれ。しかるべき時が来たら、公にするつもりだ」

「わかりました陛下、このことは口外しません」

 俺は赤い魔法石の小さなかけらをランタンの中にセットしてからみんなに説明した。

「赤い魔法石を一気に炎上させると相手にダメージを与える攻撃魔法になる。しかし、ゆっくり少しずつ反応させれば長く燃え続けてランプの代わりになるんだ。それにこの炎は風で消えることはないし、水中でも燃え続けるから便利なのだ」

 俺は仲間の視線を感じて、ルミアナから聞いた知識を、ちょっと得意になって説明した。それからおもむろに小さな魔法石のかけらに意識を集中し、<灯火(ライト)>の魔法を念じた。

「はっ!」

 爆音とともに大きな炎が上がり、魔法石は一瞬で燃え尽きた。俺の髪の毛も燃えた。大失敗である。

 爆音の余韻が消えると、坑道は静寂に包まれた。俺があれだけ自信満々に語っておいて失敗したものだから、誰もどうフォローして良いかわからない状態だ。視線が痛い。誰か何かしゃべってくれ。

 ルミアナが言った。

「陛下、まだ魔法石はありますので、もう一度やってみましょう」

「あ・・・ああ、そうするよ」

 俺は焼け焦げてフレームだけになってしまったランタンにもう一度魔法石のかけらをセットして<灯火(ライト)>の魔法を念じた。今度は魔法石が静かに燃え始めた。成功である。やや間をおいてから、拍手が湧き起こった。

「おめでとうございます、陛下」

「お兄様、すばらしいですわ」

 まるで幼児が初めて歩いた時のようにあやされてしまった。かなり恥ずかしい気分だったが、魔法が成功してホッとした。だが、本当にホッとしたのは周りの連中だろう。もしこのまま俺が失敗し続けたら、氷河期のような雰囲気になってしまうからだ。

 魔法石の赤い光が、ランタンよりもずっと明るく周囲を照らし出した。道は何度も分岐したが、幸いなことにカザルが案内版を読むことで、迷うことなく管理室へ向かうことができた。管理室まで来ると、中に入る鉄の扉は固く閉ざされていた。扉の真ん中には、手のひらの形が掘り込まれたプレートがはまっている。

「ははあ、こいつはあっしの手の形にぴったりですぜ」

 ドアの真ん中にある手形にカザルが右手を当てると、鍵が外れる音がしてドアがゆっくりと開いた。この扉はドワーフだけしか開けられないように作られていたらしい。

 管理室の中には多数の椅子、机があったが、どれも埃が積もっている。床には文字が掘られた石板が散乱している。椅子も机もすべて壁から切り出した花崗岩らしき石材で作られている。一行は休憩のため椅子に腰掛けた。カザルは管理室の壁のあちこちに描かれている図形を一人で確認して回っている。やがて俺の元に来ると言った。

「わかりやしたぜ旦那。管理室にある地図を確認したんですが、どうやら鉱山の最も下の階層に、鉱石を地上へ運び上げるための立坑(たてこう)があるらしいですぜ。そこまで行けば、リフトを使って地上まで一気に登れやす。まあリフトが動けば、という話ですがね」

 一行は鉱山の最下層を目指して再び歩き始めた。ほどなくして下へ向かう階段が見つかった。長い階段の先がぼんやりと明るく見える。

「誰かがいるのだろうか?」

「それはあり得ませんぜ。坑道の状態から見て、少なくとも数百年は使われてないはずでやす」

 下層に降りるにつれて明かりがより強さを増し、下層の入り口付近は、満月の光に照らされたほどの明るさがあった。入り口から下層の内部に入るとそこは広い空間になっており、高さ三メートルほどもある巨大な発光キノコが群生していた。明るさの原因は大量の発光キノコが発する青い光だったのである。

「なにこれ、不思議な空間ですわね・・・」

 いつも真っ先に大声で騒ぎ出すキャサリンもさすがに驚いたのか、口数も少なくこの光景に見入っている。空洞の高さはおよそ十五メートル、岩石を削り残して作られた無数の太い柱によって天井が支えられている。床は荒削りの岩石で、小さな水の流れや池がところどころに見られる。キノコの発する青い光に包まれた、神秘的な空間である。

 岩の柱のところどころには道案内の看板があり、カザルがそこに「立坑」の文字を確認した。一行は案内に従ってキノコの間をゆっくり歩いた。大きな池の近くまで来ると、キャサリンが小走りに水辺へ向かった。