カザルが地団太を踏んだ。

「くそったれめ、話が違うじゃねえか」

 ルミアナはその言葉を聞き逃さなかった。

「カザル、話が違うとはどういうこと?」

「あ、いや何でもねえ、こっちの話だ」

「ふーん、あんたが嫌でも喋ってもらいますよ。」

 ルミアナはポーションバッグから一つのポーションを取り出した。

「やべえ」

 カザルが慌てて逃げようとしたが、その腕をレイラが素早く掴んだ。

「た、助けてくれ」

「大丈夫、別に殺そうというんじゃないの。ただ言いたくないことを話してもらうだけ」

 ルミアナが<催眠(ハプノーシス)>の魔法を使うと、カザルはたちまち催眠状態となり、意識が朦朧となった。ルミアナはカザルに言った。

「あなたは、この温泉に来る前に、誰かと話をしましたね」

「ああ・・・話をした。あんたたちを捕まえて身代金を取ろうって連中だ。あっしはその連中にカネで雇われたんだ」

「それで、どうするつもりだったの?」

「あんたらを鉱山の中まで誘導したら、あっしだけ入り口に戻って鍵をかけて閉じ込める。そして身代金を要求するって手はずだった。なのに、あいつら落盤を起こして、あっしまで閉じ込めやがった。これじゃあ、皆殺しだ」

「どうしてそんな悪い連中に加担したの?おカネが欲しかったの?」

「あっしは借金で首が回らなくなっていたんでさ。あっしは昔、ドワーフの里で鍛冶職人をやっていて、腕前は町で評判になるほどだった。でも女と酒とばくちに目が無くて、稼いだカネを全部つぎ込んだあげく、借金を抱えてドワーフの里から逃げ出したんでさ。それで流れ着いたアルカナでも借金を重ねて首が回らなくなったんでやす」

 キャサリンが噛み付いた。

「やっぱりこんなくそドワーフはレイラにむち打ちしてもらいましょう」

 ルミアナはカザルの催眠を解いた。そしてちょっと考えてから言った。

「う~ん、おかしいわね。これは身代金が目的じゃないわ。最初から私たちを亡き者にするつもりだったのよ。だから私たちが絶対に出られないように落盤を起こした。口封じのためにカザルも一緒に坑道に閉じ込めたのよ」

 正気を取り戻したカザルが言った。

「まったく、ひでえ連中だぜ」

 レイラが剣を鞘から引き抜いてカザルに突きつけた。

「ひどいのはあんたの方だ、さあ、この落とし前はどう付けようか」

 ランタンの光に照らされて白刃が光る。

「まま、待ってくれ。この廃鉱山は見たところ、大昔にドワーフが掘ったものらしい。だから鉱山の構造もなんとなくわかる。あっしが一緒に坑道を探索すれば、別の出口が見つかるかも知れねえ。何としても出口を見つけるから、殺さないでくれ、頼む」

 俺はカザルを睨みつけた。

「この代償は相当に大きなものだ。わかっているのだろうな」

「もちろん、もちろんですとも、重々わかっておりやす。一生、陛下のために働きやす」

「まあ、まずはこの廃鉱山から脱出する方法を見つけないとな」

「ドワーフの鉱山には、だいたい中央付近に管理室のような部屋があるもんでさ。そこには鉱山全体を地図にした石板のようなものがあるんでやす。それを調べれば別の出口がわかるかも知れやせん」

「ところでカザルが話していた蟻の化け物ってのは?」

「すいません、あれは皆さんを誘い出すための嘘です」

「まあ、化け物が居ないに越したことはない。先へ進もう」

 坑道は下に向かってゆるやかに傾斜している。そのまま真っすぐにしばらく降りると、道は十字路に行きついた。壁には古いプレートが埋め込まれている。カザルがプレートに刻まれた古いドワーフの文字を解読すると、右方向に管理室があるらしいことがわかった。

 十字路を右折してさらに進むと、不細工な形をした茶碗にも思える丸い物体が暗がりの中にいくつか転がっている。キャサリンは何気なくそれを拾って眺めていたが、いきなり悲鳴を上げて放り出した。

「きゃー、人間の頭蓋骨だわ。こわいですわ、お兄様。」

 見渡すと、坑道の横壁に空けられた広い開口の向こう側に、石碑のようなものが並んでいる部屋がうっすらと見えた。カザルが言った。

「ああ、頭蓋骨はそこの部屋から転がってきたもんだな。おそらく、あそこは事故で死んだ鉱夫の墓場でさあ。墓の中には、この先の探索で役に立つものが埋められているかも知れねえから、探してみやしょう。」

 キャサリンは呆れたようにドワーフを見た。

「あなた墓荒らしする気ですの、本当にくそドワーフですわね。まあいいわ、あたしも探してあげる。役に立つものを見つけたら感謝するのよ」

 鉱夫の墓場だという部屋には、掘り返された骸骨が散乱している。墓はかなり荒らされており、すでに金目のものはことごとく奪われているようだ。使えそうなものが残されていないか手分けして探してみたが、ランタンの明かりだけでは暗すぎてよくわからない。

 キャサリンが何かを見つけたらしく、鼻息も荒くカザルの元へずんずん歩いてくると自慢げに言った。

「ちょっとドワーフ、こんなの見つけたわ。役に立つかしら」

「おお、それは・・・尿瓶(しびん)ですな。ドワーフの鉱山じゃあ、作業途中に用を足すことができないんで、尿瓶(しびん)におしっこをためておいて後から捨てるんですぜ。それ、お嬢ちゃんが使いやすか?」

「あたしが使うわけないじゃないの、うげ、思い切りつかんじゃったわ」

 キャサリンが慌てて地面に叩きつけると、尿瓶はどこかへ飛んで行った。ブリブリしなから再び探し始めたが、すぐにまた何かを見つけたようだ。

「ちょっとあんた、今度はどうかしら。毛が、もじゃもじゃですわ」

「それは・・・づらだな。かつらでさあ。ドワーフはハゲが多いから、づらを付けてる奴が多いんですぜ。ちなみに、あっしもハゲでさあ」

「これ、づらなの?・・・なによあんたのハゲ頭にぴったりじゃないの! こんなもん、あんたにあげるわ」

 カザルの目の前に、づらを叩きつけると、ブリブリしなから再び探し始めた。しばらくするとまた何かを見つけたようだ。今度はかなり重いものを見つけたらしく、地面をずるずる引きずる音が聞こえてきた。

「はあはあ、ちょっとあんた、はあはあ、これは何か絶対に凄いものだと思いますわ。無茶苦茶重たいですもの。も、持ち上がりませんわ」

「やや、お嬢ちゃん、そいつぁは凄いぞ。ドワーフ族専用のウォーハンマーでさ。人間には使えない武器だから、盗まれずにずっと放置されていたのかも知れませんぜ。お願いだからそいつをあっしにくだせえ」

 キャサリンの態度が急にデカくなった。

「おーほほほ、どんなもんですか、それはあんたにあげるわ。感謝しなさいよ。これからは私のいう事をなんでも聞くこと。わかったわね」

 その時、突然ルミアナが言った。

「ちょっと静かにして。・・・音が聞こえるわ」

 キャサリンは驚いて飛び上がると、びくびくしながら周囲の暗闇に目をこらした。

「なな、何よ、急に脅かさないで。亡霊でも出たの?ドワーフのたたりなの?」

「そうじゃないわ。魔法石の囁きが聞こえるの。墓地のどこかにあるみたい」

 俺はルミアナの傍に寄って小声で言った。

「魔法石の囁き?<素材探知(マテリアル・ディテクション)>の魔法を使ったのか?」

「そうです、素材探知の魔法を使いました。どうやらこの辺りには魔法石があるようです」

「わかった、私も試してみよう」

 閉じ込められた坑道に魔法石があるとは皮肉な展開だが、これは魔法石を手にれるチャンスだ。俺も<素材探知(マテリアル・ディテクション)>を周囲に発動した。微かにではあるが、音楽のような、風の音のような、聞いたこともない音が聞こえてきた。

 墓地は幾つもの部屋に分かれており、すべて合わせるとかなりの広さがある。ルミアナはその部屋の一つに入ってゆくとナイフを腰から抜き、地面から結晶を削り取った。暗くて分かりにくいが赤い結晶がルミアナの手の中にあった。

「これは火炎魔法につかう魔法石です。地下から成分が染み出てきて結晶化しています。まだ探せばありそうなので、このあたりを少し探しませんか」

「いいとも、使えそうなものがあれば、採取しておいた方がいい」

 俺とルミアナは素材探知の魔法を使って魔法石を探し回った。