ルミアナとレイラが無事にナンタルから帰還し、俺は謁見の間で報告を受けていた。ルミアナが状況を説明した。
「・・・というわけで、ナンタルのレジスタンスとの関係を構築しました。資金的な支援の見返りに、彼らの入手した情報をアルカナに提供してくれる予定です」
レイラが張り切って嬉しそうに言った。
「陛下陛下、ナンタルからおみやげをもってきました」
「おお、南国ナンタルのおみやげか。ナンタルにはさぞ珍しいものがあるんだろうな」
「はいこれ、巨大ワニの頭蓋骨です」
レイラが背負っていた袋から巨大な頭蓋骨を取り出すと、俺の前にドンと置いた。
なんでお土産がワニの頭蓋骨なんだ。確かにワニはこのあたりでは珍しいが、南国のお土産ならもっと他にあるんじゃないの、デーツとかヤシ酒とか南国情緒あふれるお土産が。ワニの頭蓋骨とか、色気もへったくれもないお土産だけど、まあ、いかにもレイラらしいお土産ではあるな。ここは無理してでも喜んでやらなければならない。
「それはすごいじゃないか、ありがとう、嬉しいよ」
レイラは少し恥ずかしそうに赤くなった。
「陛下に喜んでいただいて嬉しいです。あの・・・そのワニは、私が素手で仕留めました。他にも下水道でトカゲ族を十数人ほど仕留めましたが、そっちの首は持ってこれませんでした。・・・やっぱり首が欲しかったですか」
首狩り族じゃあるまいし、トカゲ族の首なんか欲しくない。トカゲの生首を串刺しにして城に飾るわけにもいかないだろ。そんなホラーなことしたら、誰も城に近寄らなくなるぞ。
「二人とも疲れたろう。二、三日はゆっくり休んでくれ」
二人が謁見の間から出てゆくと、入れ違いにミックがやって来た。
「陛下、アルカナ川の工事の件ですが、古い川筋に水を引くための水路工事はほぼ完了し、あとは水門の工事を残すだけとなっております」
「そうか、ブラックライノたちのおかげで思ったより早く終わったな。では約束通り、ブラックライノたちを王都の林に呼んで、そこを餌場にしてもらおう。それとナッピーも呼ばないとな。王都や海を見たがっていたからな」
「はい、手配いたします」
「ところで、王立銀行の運営は順調にすすんでいるか?」
「はい、今のところさしたる混乱もなく銀行券が流通を始めております。もちろん、まだ半信半疑の人々も多く、銀行券を持って金貨を引き出しに来る人もおりますが」
「そうか。ではそろそろ、財源として王立銀行から銀行券を借りることにしよう」
「王立銀行から借りる? おカネを発行して財源にするのではないのですか」
「いや、王立銀行からおカネを借りるのだ。以前にも説明したように、銀行は『おカネを作って貸す』のだ。だから銀行からおカネを調達するには、借りる以外に方法はない。王国政府が王立銀行から借金をすることでおカネを調達し、それを使って様々な国家事業を行うことになる。これがおカネを発行して財源にする方法だ。ただし、そうすることで、王国政府の借金はどんどん増えることになる」
「王国政府の借金が増えると、借金を返せなくなって破綻するのではないですか?」
「それはあり得ない。なぜなら王立銀行は王国の銀行だからだ。王立銀行も王国政府もアルカナ王国という同じ国家の機関だ。だから『王立銀行が発行したおカネを王国政府に貸す』ということは『自分で作ったおカネを自分に貸す』ことだ。自分が作ったおカネを自分に貸して、それで首が回らなくなることなどあり得ない」
「確かにそうですね」
「もちろん、一般常識で考えれば、借りたおカネを返すのは当然だ。例えば街中にある『金貸し商』から王国政府がおカネを借りたなら、それは返さなければならない。他人からおカネを借りたのだから、他人におカネを返すのは当然だ。
しかし、王立銀行が発行したおカネを王国政府が借りたのなら、返す必要はないし、返す意味がない。自分でおカネを発行して自分で借りたのだから、そもそも貸し借りの関係はない。単に自分が通貨を発行しただけなのだ。つまり『王立銀行から王国政府が借りたおカネは、本質的には借金ではなく、王国が発行したおカネに過ぎない』のだ。ここを間違えてしまう人が実に多い」
「ということは、王立銀行に政府がいくら借金しても問題ないのですね」
「そのとおりだ。王立銀行におカネを返す必要がないからだ。その点においては、政府は王立銀行から無限におカネを借りることができる。
ただし注意しなければならないことがある。今も説明したように『王立銀行から政府がおカネを借りることは、王国がおカネを発行すること』を意味する。
つまり、政府が借金をすると世の中のおカネの量が増えるのだ。だから借金を増やしすぎると世の中のおカネの量が増えすぎて、市場で売っているさまざまな商品が値上がりするようになり、社会に混乱をもたらす恐れがある。異世界ではそれを『インフレ』と呼ぶ」
「なぜ、世の中のおカネの量が増えると、市場で売っている商品の値段が上がるのですか」
「なぜ値段が上がるのかといえば、それは商品が売れ過ぎるからだ。世の中のおカネが増えると、人々の持っているおカネの量も増える。おカネを持てば、商品を買う人が増えて、商品が飛ぶように売れるようになる。売れすぎて商品が不足するようになる。すると商人たちは、より高い値段で商品を売ろうとするので、商品は値上がりすることになる」
「世の中のおカネの量が増えると、売れ過ぎで品不足になるから値上がりするのですね」
「そうだ。ゆっくりした値上がりなら問題ないが、あまりに急激に値上がりすると社会を混乱させてしまう。それを防ぐために、たとえ政府が借金を返す必要がなかったとしても、政府の借金は適切な量にとどめる必要があるんだ」
「むずかしい話ですね。それも異世界の知識なのですか? 異世界の人々は本当に賢い人ばかりなんですね」
「いや、そんなことはなかった。大部分の人々は銀行制度の事も、国の借金のことも、インフレのことも、ほとんど何もわかっていなかった。そのため、政府が借金をすることが単純に悪いことだと勘違いした財務大臣によって、国家がダメになった例もあるんだ」
もちろん、それは日本のことである。
「愚かな財務大臣は国を亡ぼすのですね、私も気を付けたいと思います」
「十分に気を付けてくれ。アルカナをそんな国の二の舞にするわけにはいかないからな。では、どれだけのおカネを発行することが適切なのか?それは商品の値段が急激に上がり過ぎない範囲に止めるということだ。だから市場で売られている様々な商品の価格を調査し、おカネの発行量を加減しなければならない」
「承知しました。市場価格を定期的に調査する役人を準備いたします」
―――
数日後のこと、ジェイソンの邸宅には金貸し商のシャイロックがいた。アルフレッド国王が設立した王立銀行について、シャイロックは激高していた。
「あのクソ忌々しいアルフレッドめ。王立銀行とやらを設立して、今後、王国政府は我々のような金貸し商からは、カネを借りないと抜かしているらしい。カネのない王国政府にカネを貸して利息を取るのが我々の一番おいしい商売だったのに、それを奪うとはとんでもない野郎だ。しかも金貨や銀貨ではなく、銀行券と称する紙のおカネを発行している。あんなぺらぺらの紙切れに何の信用があるというのか。しかも愚かな国民どもが、喜んであんなおもちゃのような紙切れのおカネを使い始めている。このままだとアルカナがめちゃくちゃになりますぞ。ジェイソン殿、何とかしてくだされ。あの国王は完全に狂っている」
ジェイソンは大げさに神妙な顔をしてみせた。
「ご心配なされますな、シャイロック殿。アルカナの行く末を憂いているのは私とて同じです。我々の権利を危うくする王はこの世に必要ありません。消えていただきましょう」
そういうとジェイソンはシャイロックに耳打ちした。
「そのためには、借金で首が回らなくなっている連中を利用させていただきたいと思っているのです。シャイロック殿からカネを借りている連中は多いでしょう、そいつらに働いてもらうのです」
シャイロックはニンマリと笑った。
「へへへ、それでしたら大勢いますよ。カネを返せない奴には、代わりに別の形で働いてもらいましょう。お望みなら、多額債務者の名簿を差し上げますぞ」
「ありがとうございますシャイロック殿。結果を楽しみにお待ちください」
ジェイソンは不敵な笑みを浮かべた。
「・・・というわけで、ナンタルのレジスタンスとの関係を構築しました。資金的な支援の見返りに、彼らの入手した情報をアルカナに提供してくれる予定です」
レイラが張り切って嬉しそうに言った。
「陛下陛下、ナンタルからおみやげをもってきました」
「おお、南国ナンタルのおみやげか。ナンタルにはさぞ珍しいものがあるんだろうな」
「はいこれ、巨大ワニの頭蓋骨です」
レイラが背負っていた袋から巨大な頭蓋骨を取り出すと、俺の前にドンと置いた。
なんでお土産がワニの頭蓋骨なんだ。確かにワニはこのあたりでは珍しいが、南国のお土産ならもっと他にあるんじゃないの、デーツとかヤシ酒とか南国情緒あふれるお土産が。ワニの頭蓋骨とか、色気もへったくれもないお土産だけど、まあ、いかにもレイラらしいお土産ではあるな。ここは無理してでも喜んでやらなければならない。
「それはすごいじゃないか、ありがとう、嬉しいよ」
レイラは少し恥ずかしそうに赤くなった。
「陛下に喜んでいただいて嬉しいです。あの・・・そのワニは、私が素手で仕留めました。他にも下水道でトカゲ族を十数人ほど仕留めましたが、そっちの首は持ってこれませんでした。・・・やっぱり首が欲しかったですか」
首狩り族じゃあるまいし、トカゲ族の首なんか欲しくない。トカゲの生首を串刺しにして城に飾るわけにもいかないだろ。そんなホラーなことしたら、誰も城に近寄らなくなるぞ。
「二人とも疲れたろう。二、三日はゆっくり休んでくれ」
二人が謁見の間から出てゆくと、入れ違いにミックがやって来た。
「陛下、アルカナ川の工事の件ですが、古い川筋に水を引くための水路工事はほぼ完了し、あとは水門の工事を残すだけとなっております」
「そうか、ブラックライノたちのおかげで思ったより早く終わったな。では約束通り、ブラックライノたちを王都の林に呼んで、そこを餌場にしてもらおう。それとナッピーも呼ばないとな。王都や海を見たがっていたからな」
「はい、手配いたします」
「ところで、王立銀行の運営は順調にすすんでいるか?」
「はい、今のところさしたる混乱もなく銀行券が流通を始めております。もちろん、まだ半信半疑の人々も多く、銀行券を持って金貨を引き出しに来る人もおりますが」
「そうか。ではそろそろ、財源として王立銀行から銀行券を借りることにしよう」
「王立銀行から借りる? おカネを発行して財源にするのではないのですか」
「いや、王立銀行からおカネを借りるのだ。以前にも説明したように、銀行は『おカネを作って貸す』のだ。だから銀行からおカネを調達するには、借りる以外に方法はない。王国政府が王立銀行から借金をすることでおカネを調達し、それを使って様々な国家事業を行うことになる。これがおカネを発行して財源にする方法だ。ただし、そうすることで、王国政府の借金はどんどん増えることになる」
「王国政府の借金が増えると、借金を返せなくなって破綻するのではないですか?」
「それはあり得ない。なぜなら王立銀行は王国の銀行だからだ。王立銀行も王国政府もアルカナ王国という同じ国家の機関だ。だから『王立銀行が発行したおカネを王国政府に貸す』ということは『自分で作ったおカネを自分に貸す』ことだ。自分が作ったおカネを自分に貸して、それで首が回らなくなることなどあり得ない」
「確かにそうですね」
「もちろん、一般常識で考えれば、借りたおカネを返すのは当然だ。例えば街中にある『金貸し商』から王国政府がおカネを借りたなら、それは返さなければならない。他人からおカネを借りたのだから、他人におカネを返すのは当然だ。
しかし、王立銀行が発行したおカネを王国政府が借りたのなら、返す必要はないし、返す意味がない。自分でおカネを発行して自分で借りたのだから、そもそも貸し借りの関係はない。単に自分が通貨を発行しただけなのだ。つまり『王立銀行から王国政府が借りたおカネは、本質的には借金ではなく、王国が発行したおカネに過ぎない』のだ。ここを間違えてしまう人が実に多い」
「ということは、王立銀行に政府がいくら借金しても問題ないのですね」
「そのとおりだ。王立銀行におカネを返す必要がないからだ。その点においては、政府は王立銀行から無限におカネを借りることができる。
ただし注意しなければならないことがある。今も説明したように『王立銀行から政府がおカネを借りることは、王国がおカネを発行すること』を意味する。
つまり、政府が借金をすると世の中のおカネの量が増えるのだ。だから借金を増やしすぎると世の中のおカネの量が増えすぎて、市場で売っているさまざまな商品が値上がりするようになり、社会に混乱をもたらす恐れがある。異世界ではそれを『インフレ』と呼ぶ」
「なぜ、世の中のおカネの量が増えると、市場で売っている商品の値段が上がるのですか」
「なぜ値段が上がるのかといえば、それは商品が売れ過ぎるからだ。世の中のおカネが増えると、人々の持っているおカネの量も増える。おカネを持てば、商品を買う人が増えて、商品が飛ぶように売れるようになる。売れすぎて商品が不足するようになる。すると商人たちは、より高い値段で商品を売ろうとするので、商品は値上がりすることになる」
「世の中のおカネの量が増えると、売れ過ぎで品不足になるから値上がりするのですね」
「そうだ。ゆっくりした値上がりなら問題ないが、あまりに急激に値上がりすると社会を混乱させてしまう。それを防ぐために、たとえ政府が借金を返す必要がなかったとしても、政府の借金は適切な量にとどめる必要があるんだ」
「むずかしい話ですね。それも異世界の知識なのですか? 異世界の人々は本当に賢い人ばかりなんですね」
「いや、そんなことはなかった。大部分の人々は銀行制度の事も、国の借金のことも、インフレのことも、ほとんど何もわかっていなかった。そのため、政府が借金をすることが単純に悪いことだと勘違いした財務大臣によって、国家がダメになった例もあるんだ」
もちろん、それは日本のことである。
「愚かな財務大臣は国を亡ぼすのですね、私も気を付けたいと思います」
「十分に気を付けてくれ。アルカナをそんな国の二の舞にするわけにはいかないからな。では、どれだけのおカネを発行することが適切なのか?それは商品の値段が急激に上がり過ぎない範囲に止めるということだ。だから市場で売られている様々な商品の価格を調査し、おカネの発行量を加減しなければならない」
「承知しました。市場価格を定期的に調査する役人を準備いたします」
―――
数日後のこと、ジェイソンの邸宅には金貸し商のシャイロックがいた。アルフレッド国王が設立した王立銀行について、シャイロックは激高していた。
「あのクソ忌々しいアルフレッドめ。王立銀行とやらを設立して、今後、王国政府は我々のような金貸し商からは、カネを借りないと抜かしているらしい。カネのない王国政府にカネを貸して利息を取るのが我々の一番おいしい商売だったのに、それを奪うとはとんでもない野郎だ。しかも金貨や銀貨ではなく、銀行券と称する紙のおカネを発行している。あんなぺらぺらの紙切れに何の信用があるというのか。しかも愚かな国民どもが、喜んであんなおもちゃのような紙切れのおカネを使い始めている。このままだとアルカナがめちゃくちゃになりますぞ。ジェイソン殿、何とかしてくだされ。あの国王は完全に狂っている」
ジェイソンは大げさに神妙な顔をしてみせた。
「ご心配なされますな、シャイロック殿。アルカナの行く末を憂いているのは私とて同じです。我々の権利を危うくする王はこの世に必要ありません。消えていただきましょう」
そういうとジェイソンはシャイロックに耳打ちした。
「そのためには、借金で首が回らなくなっている連中を利用させていただきたいと思っているのです。シャイロック殿からカネを借りている連中は多いでしょう、そいつらに働いてもらうのです」
シャイロックはニンマリと笑った。
「へへへ、それでしたら大勢いますよ。カネを返せない奴には、代わりに別の形で働いてもらいましょう。お望みなら、多額債務者の名簿を差し上げますぞ」
「ありがとうございますシャイロック殿。結果を楽しみにお待ちください」
ジェイソンは不敵な笑みを浮かべた。