奴隷商人のトカゲ達は、物陰に隠れながらあたりを見回している。一人のトカゲがもう一人に言った。
「夜中に誘拐事件が多発してるってうわさが立ってるから、近頃は家から獲物が出てこないな、誰もいないぜ」
「おい、見ろよ。さっきの宿にいたゴリラ女だ。あれを捕まえるか」
「だめだ、ありゃ戦士だぜ。あの洗濯板の商人の護衛だ。やばいって」
「よく見ろよ。手に桶をもってタオルを首に下げてる。あれはこの先の川で水浴びをするつもりだぜ。まさか剣と鎧を身に着けたまま水浴びするわけがない。剣と鎧さえなければ、所詮は人間の女だ。俺たち二人で襲い掛かれば捕まえられるぜ。それにしても夜中に水浴びをするとは不用心な女だ」
「でもよ、あんなゴリラ女を買うやつがいるのか」
「バカだなお前。だいたい金持ちってのは最終的にゲテモノ食いに行きつくんだよ。美人なんかカネを出せばいくらでもいるから、飽きちまうんだ。おまけに人間の貴族の中には、ああいう強い女に鞭でしばかれたいとかいう変態もいるらしいぞ。あのゴリラは、かなりの掘り出し物だ」
レイラは宿の主人に言われたとおり、ナツメヤシの農園を通る道をまっすぐ北へ歩く。農園を過ぎると視界が開け、広い河口がリフレ湖に広がっていた。空には満月が明るく輝き、その光が湖面を照らして一面にきらきらと輝いている。
「きれい・・・、なんてきれいなの」
レイラは湖面を眺めながら考えた。私は物心が付いた頃から剣術修行に明け暮れ、男仲間に負けまいと日夜をたがわず訓練に打ち込んで、国王のお付きの近衛騎士にまで昇りつめた。確かに成功は納めたけれど、これまでの人生で、この湖を満たす月光のきらめきのような美しさに見とれる瞬間を経験をしたことはなかった。美しさに浸る余裕などなかった。
女の友達も居なければ、ドレスを着たこともない、ダンスも知らない、もちろん、恋なんかできるわけがない。心が揺らいでいる。切ない。おそらく世間から変な目で見られているのだろうな。普通の女性じゃないから。
でも近衛騎士として、私がずっとそばで仕えるアルフレッド陛下なら、こんな私でも、変な目で見ることはないだろう。頼りにしていると言ってくれたし。陛下がもっと私を見てくれたら嬉しいけど、それは無理だ。身分が違いすぎる。でも・・・どうすれば、もっとアルフレッド陛下に近づけるのだろう。
ふと我に返るとレイラはあたりを見回した。誰もいないとは思うが、水浴びの前に念のため確認したのだ。ワニが出るかも知れないとの話は聞いていたが、ワニのことは全然気にしていない。
川岸で鎧と鎧下を脱いで剣と共に足元にきちんと置くと、下着のまま歩いて川の中に入った。レイラは日頃の鍛錬のおかげで筋肉が発達しているが、筋肉だけではなく、皮下脂肪もそれなりに多くて、全体に丸みのある体つきをしていた。
川の水は濁っていたものの真水だったので、からだじゅうに蓄積した塩分を洗い流すには十分だった。砂漠の熱気に焼かれた体には、とても気持ちが良かった。その時、木陰に潜んでいた人影が、川岸に置いた鎧と剣を盗んで行った事にレイラは気付かなかった。
突然、どこかで聞いたことのある笑い声がした。レイラがはっとして振り返ると、川岸に二人のトカゲ族の男が立っていた。月明りに照らし出された顔には見覚えがあった。
「また会ったなゴリラ女。こんな夜中に一人で水浴びするとはいい度胸だ。ご褒美に、俺たちがお前をどこかの貴族の奴隷として売り飛ばしてやるよ」
「抵抗しても痛い目にあうだけだぞ、お前の鎧も剣も奪い取ったからな」
川岸に置いたはずの鎧と剣がなくなっていた。だがレイラにまったく動じる様子はない。両手で身構えながら言った。
「はっ。笑わせるな。捕まえられるものならやってみろ。こっちは剣が無くても戦えるように鍛えられてるんだよ」
「いきがるなよ」
一人のトカゲが飛び込んでくると、レイラの手首をつかんだ。
「ほれ、捕まえた」
レイラはその腕を弾くように振りほどくと逆にその腕を取り、渾身の力を込めて背負い投げでトカゲを投げ飛ばした。トカゲは手足をばたばたさせながら十メートルほど飛んで川岸に頭から突っ込み、悲鳴を上げた。
「このゴリラおんなが、大人しくしやがれ」
もう一人が後ろから両手で掴みかかるが、レイラがそれを体さばきでかわしつつ足を引っかけると、トカゲは勢いあまって前に飛び出し地面に転がった。さすがに闇雲に突っ込んでも無駄だと悟った二人のトカゲは体制を立て直すと、レイラを前後からはさんで、じりじりと間合いを詰めてきた。
掛け声と同時に前後から一斉に飛びかかってきたが、レイラは身体を捩じって前のトカゲの顔面にこぶしを叩きこむと同時に、後ろのトカゲに蹴りを入れる。鉄拳を食らったトカゲが切れた口から血を流しながら叫び声をあげた。
「うおおお、もうカンベンならねえ。奴隷売買の商品だからって手加減したのが間違いだった。ぼこぼこに殴り倒してやる」
トカゲはファイティングポーズでレイラに挑んだが、繰り出すパンチはかすりもせず、すべて軽快にかわされている。さらに、後ろから忍び寄ってきたもう一方のトカゲも、頭を回し蹴りで蹴り飛ばされて地面に転がった。しかし、レイラが蹴りから体勢を立て直す間に、正面のトカゲがボディーブローを繰り出し、パンチがレイラの腹部に深々と突き刺さった。レイラのからだが九の字に曲がった。トカゲがニヤリと笑った。
トカゲは勢いに乗ってそのままレイラの腹部にパンチを連打した。レイラがその場にうずくまった。トカゲは手を止めて肩で激しく呼吸しながら、勝ち誇ったように言い放った。
「へ、ざまあみやがれ。参ったか」
レイラはうずくまった姿勢のまま顔を上げるとニヤッと笑い、全身の筋肉を使って下から突きあげるように拳をトカゲの顎にお見舞いした。強烈なアッパーカットを食らったトカゲは三メートルほど宙に浮くとそのまま川岸に崩れ落ち、動かなくなった。
それを見たもう一人のトカゲは怖気づき、すっかり戦意を喪失したようだ。レイラが肩で息をしながら睨みつけた。トカゲは後ずさりしながら言った。
「わ、ちょっと待て。だから俺はゴリラ・・じゃなくて、あなた様を襲うのはやめた方がいいと言ったんだ。俺はしかたなく・・・・。」
「ゴリラが何だって?」
「いえ、そんなこと言ってません。言ってたのはあそこで伸びている変なヤツです。私はあなた様に思わず見とれてしまいました。あなた様はチャーミングです、グラマーです、絶世の美人です、女神さまです。もうしません、許してください」
レイラがゆっくりトカゲに近づく。しかし不意にレイラの表情が驚きに変わった。
「おい、おまえ、待て、後ろ・・・」
トカゲが、ただならぬ気配に気付いて後ろを振り返ると、巨大なワニが真っ赤な口を開けてトカゲに噛みつこうとした瞬間だった。
「うえええ」
飛び退くのが一瞬遅かった。ワニはトカゲの左ひざ下にガッチリ噛みついた。こうなったら逃げられない。ワニは獲物をずるずると川の中へ引きずり込んでいく。
「うぎゃあああ、た、助けてくれ。あんた助けてくれ、なんでもする、お願いだ」
レイラは一瞬躊躇したが、いくらトカゲとはいえ必死に助けを求める者を見捨てることができる性格ではなかった。全身から気迫をみなぎらせてすぐさまワニに飛びかかると、巨大な胴体の上に馬乗りになり、両手の拳でワニの頭を殴りつけた。
ワニがひるんだ隙にトカゲがほうほうの体(てい)で逃げ出す。この巨大ワニは、宿のおやじが言っていた『人を襲っているワニ』に違いない。なら、殺すしかないだろうと思った。
レイラは素早くワニの後ろに回り込み、尾の先を両手で掴むとワニのからだを高々と振り上げた。振り上げた高さは十メートルになるだろう。ワニを振り上げたレイラのシルエットは輝く湖面を背景に浮かび上がり、巨大なブロンズ像のようだった。
そのままワニを地面に叩きつけると、地響きが起きる。腰を抜かして座り込んでいたトカゲが、ひいっと言って後ずさりする。レイラがそのまま十回ほど巨大ワニを地面に叩きつけるとワニは死んだ。
さすがのレイラも息が切れ、肩で荒い呼吸をしている。せっかく水浴びしたのに、また泥まみれの汗だくになってしまった。
レイラは地面にへたりこんでいるトカゲに向かって言った。
「・・・おまえ」
「はいはいはいはい、なんでございますか、ご主人さま」
「なんでもすると言ったな」
「言いました、言いました。何でしょうか」
「あそこで伸びている相棒と一緒に、奴隷商人はもうやめろ。まあ、お前らが止めても他の奴らがやるだろうがな。だが、奴隷商人はいずれ私が、みんなぶっ殺してやるから、お前はやめた方が身のためだ。せっかく助けたやつを殺す気にはなれない」
「はい、そう致します」
「それと、今夜のことは絶対に誰にも話すな。もし一言でも話したらこのワニと同じようになる。お前の相棒にもよく言い伝えるように」
「もちろんですとも、絶対に話しません。口が裂けても話しません。まあトカゲの口は裂けてますけどね、シャシャシャ」
「それじゃあ、盗んだ剣と鎧を私に返してから、お前の相棒を連れてここから立ち去れ」
相棒を担いでよたよた去ってゆくトカゲのうしろ姿を見ながらレイラは思った。トカゲ族だってすべての連中が悪者とは限らない。ジャビ帝国という弱肉強食の環境が、彼らを傲慢で邪悪な性格に変えているのかも知れない。
いや、あるいは生まれつきの本能がトカゲをそうさせているのだろうか。だとしたら、トカゲ族と人間のどちらか一方が滅び去るまで戦いは続くだろう。それが自然の掟だとしたら悲しいものだ。すでに月は大きく傾き、リフレ湖に沈もうとしている。レイラは血の滲んだからだを、そっと川の水で洗い清めた。
「夜中に誘拐事件が多発してるってうわさが立ってるから、近頃は家から獲物が出てこないな、誰もいないぜ」
「おい、見ろよ。さっきの宿にいたゴリラ女だ。あれを捕まえるか」
「だめだ、ありゃ戦士だぜ。あの洗濯板の商人の護衛だ。やばいって」
「よく見ろよ。手に桶をもってタオルを首に下げてる。あれはこの先の川で水浴びをするつもりだぜ。まさか剣と鎧を身に着けたまま水浴びするわけがない。剣と鎧さえなければ、所詮は人間の女だ。俺たち二人で襲い掛かれば捕まえられるぜ。それにしても夜中に水浴びをするとは不用心な女だ」
「でもよ、あんなゴリラ女を買うやつがいるのか」
「バカだなお前。だいたい金持ちってのは最終的にゲテモノ食いに行きつくんだよ。美人なんかカネを出せばいくらでもいるから、飽きちまうんだ。おまけに人間の貴族の中には、ああいう強い女に鞭でしばかれたいとかいう変態もいるらしいぞ。あのゴリラは、かなりの掘り出し物だ」
レイラは宿の主人に言われたとおり、ナツメヤシの農園を通る道をまっすぐ北へ歩く。農園を過ぎると視界が開け、広い河口がリフレ湖に広がっていた。空には満月が明るく輝き、その光が湖面を照らして一面にきらきらと輝いている。
「きれい・・・、なんてきれいなの」
レイラは湖面を眺めながら考えた。私は物心が付いた頃から剣術修行に明け暮れ、男仲間に負けまいと日夜をたがわず訓練に打ち込んで、国王のお付きの近衛騎士にまで昇りつめた。確かに成功は納めたけれど、これまでの人生で、この湖を満たす月光のきらめきのような美しさに見とれる瞬間を経験をしたことはなかった。美しさに浸る余裕などなかった。
女の友達も居なければ、ドレスを着たこともない、ダンスも知らない、もちろん、恋なんかできるわけがない。心が揺らいでいる。切ない。おそらく世間から変な目で見られているのだろうな。普通の女性じゃないから。
でも近衛騎士として、私がずっとそばで仕えるアルフレッド陛下なら、こんな私でも、変な目で見ることはないだろう。頼りにしていると言ってくれたし。陛下がもっと私を見てくれたら嬉しいけど、それは無理だ。身分が違いすぎる。でも・・・どうすれば、もっとアルフレッド陛下に近づけるのだろう。
ふと我に返るとレイラはあたりを見回した。誰もいないとは思うが、水浴びの前に念のため確認したのだ。ワニが出るかも知れないとの話は聞いていたが、ワニのことは全然気にしていない。
川岸で鎧と鎧下を脱いで剣と共に足元にきちんと置くと、下着のまま歩いて川の中に入った。レイラは日頃の鍛錬のおかげで筋肉が発達しているが、筋肉だけではなく、皮下脂肪もそれなりに多くて、全体に丸みのある体つきをしていた。
川の水は濁っていたものの真水だったので、からだじゅうに蓄積した塩分を洗い流すには十分だった。砂漠の熱気に焼かれた体には、とても気持ちが良かった。その時、木陰に潜んでいた人影が、川岸に置いた鎧と剣を盗んで行った事にレイラは気付かなかった。
突然、どこかで聞いたことのある笑い声がした。レイラがはっとして振り返ると、川岸に二人のトカゲ族の男が立っていた。月明りに照らし出された顔には見覚えがあった。
「また会ったなゴリラ女。こんな夜中に一人で水浴びするとはいい度胸だ。ご褒美に、俺たちがお前をどこかの貴族の奴隷として売り飛ばしてやるよ」
「抵抗しても痛い目にあうだけだぞ、お前の鎧も剣も奪い取ったからな」
川岸に置いたはずの鎧と剣がなくなっていた。だがレイラにまったく動じる様子はない。両手で身構えながら言った。
「はっ。笑わせるな。捕まえられるものならやってみろ。こっちは剣が無くても戦えるように鍛えられてるんだよ」
「いきがるなよ」
一人のトカゲが飛び込んでくると、レイラの手首をつかんだ。
「ほれ、捕まえた」
レイラはその腕を弾くように振りほどくと逆にその腕を取り、渾身の力を込めて背負い投げでトカゲを投げ飛ばした。トカゲは手足をばたばたさせながら十メートルほど飛んで川岸に頭から突っ込み、悲鳴を上げた。
「このゴリラおんなが、大人しくしやがれ」
もう一人が後ろから両手で掴みかかるが、レイラがそれを体さばきでかわしつつ足を引っかけると、トカゲは勢いあまって前に飛び出し地面に転がった。さすがに闇雲に突っ込んでも無駄だと悟った二人のトカゲは体制を立て直すと、レイラを前後からはさんで、じりじりと間合いを詰めてきた。
掛け声と同時に前後から一斉に飛びかかってきたが、レイラは身体を捩じって前のトカゲの顔面にこぶしを叩きこむと同時に、後ろのトカゲに蹴りを入れる。鉄拳を食らったトカゲが切れた口から血を流しながら叫び声をあげた。
「うおおお、もうカンベンならねえ。奴隷売買の商品だからって手加減したのが間違いだった。ぼこぼこに殴り倒してやる」
トカゲはファイティングポーズでレイラに挑んだが、繰り出すパンチはかすりもせず、すべて軽快にかわされている。さらに、後ろから忍び寄ってきたもう一方のトカゲも、頭を回し蹴りで蹴り飛ばされて地面に転がった。しかし、レイラが蹴りから体勢を立て直す間に、正面のトカゲがボディーブローを繰り出し、パンチがレイラの腹部に深々と突き刺さった。レイラのからだが九の字に曲がった。トカゲがニヤリと笑った。
トカゲは勢いに乗ってそのままレイラの腹部にパンチを連打した。レイラがその場にうずくまった。トカゲは手を止めて肩で激しく呼吸しながら、勝ち誇ったように言い放った。
「へ、ざまあみやがれ。参ったか」
レイラはうずくまった姿勢のまま顔を上げるとニヤッと笑い、全身の筋肉を使って下から突きあげるように拳をトカゲの顎にお見舞いした。強烈なアッパーカットを食らったトカゲは三メートルほど宙に浮くとそのまま川岸に崩れ落ち、動かなくなった。
それを見たもう一人のトカゲは怖気づき、すっかり戦意を喪失したようだ。レイラが肩で息をしながら睨みつけた。トカゲは後ずさりしながら言った。
「わ、ちょっと待て。だから俺はゴリラ・・じゃなくて、あなた様を襲うのはやめた方がいいと言ったんだ。俺はしかたなく・・・・。」
「ゴリラが何だって?」
「いえ、そんなこと言ってません。言ってたのはあそこで伸びている変なヤツです。私はあなた様に思わず見とれてしまいました。あなた様はチャーミングです、グラマーです、絶世の美人です、女神さまです。もうしません、許してください」
レイラがゆっくりトカゲに近づく。しかし不意にレイラの表情が驚きに変わった。
「おい、おまえ、待て、後ろ・・・」
トカゲが、ただならぬ気配に気付いて後ろを振り返ると、巨大なワニが真っ赤な口を開けてトカゲに噛みつこうとした瞬間だった。
「うえええ」
飛び退くのが一瞬遅かった。ワニはトカゲの左ひざ下にガッチリ噛みついた。こうなったら逃げられない。ワニは獲物をずるずると川の中へ引きずり込んでいく。
「うぎゃあああ、た、助けてくれ。あんた助けてくれ、なんでもする、お願いだ」
レイラは一瞬躊躇したが、いくらトカゲとはいえ必死に助けを求める者を見捨てることができる性格ではなかった。全身から気迫をみなぎらせてすぐさまワニに飛びかかると、巨大な胴体の上に馬乗りになり、両手の拳でワニの頭を殴りつけた。
ワニがひるんだ隙にトカゲがほうほうの体(てい)で逃げ出す。この巨大ワニは、宿のおやじが言っていた『人を襲っているワニ』に違いない。なら、殺すしかないだろうと思った。
レイラは素早くワニの後ろに回り込み、尾の先を両手で掴むとワニのからだを高々と振り上げた。振り上げた高さは十メートルになるだろう。ワニを振り上げたレイラのシルエットは輝く湖面を背景に浮かび上がり、巨大なブロンズ像のようだった。
そのままワニを地面に叩きつけると、地響きが起きる。腰を抜かして座り込んでいたトカゲが、ひいっと言って後ずさりする。レイラがそのまま十回ほど巨大ワニを地面に叩きつけるとワニは死んだ。
さすがのレイラも息が切れ、肩で荒い呼吸をしている。せっかく水浴びしたのに、また泥まみれの汗だくになってしまった。
レイラは地面にへたりこんでいるトカゲに向かって言った。
「・・・おまえ」
「はいはいはいはい、なんでございますか、ご主人さま」
「なんでもすると言ったな」
「言いました、言いました。何でしょうか」
「あそこで伸びている相棒と一緒に、奴隷商人はもうやめろ。まあ、お前らが止めても他の奴らがやるだろうがな。だが、奴隷商人はいずれ私が、みんなぶっ殺してやるから、お前はやめた方が身のためだ。せっかく助けたやつを殺す気にはなれない」
「はい、そう致します」
「それと、今夜のことは絶対に誰にも話すな。もし一言でも話したらこのワニと同じようになる。お前の相棒にもよく言い伝えるように」
「もちろんですとも、絶対に話しません。口が裂けても話しません。まあトカゲの口は裂けてますけどね、シャシャシャ」
「それじゃあ、盗んだ剣と鎧を私に返してから、お前の相棒を連れてここから立ち去れ」
相棒を担いでよたよた去ってゆくトカゲのうしろ姿を見ながらレイラは思った。トカゲ族だってすべての連中が悪者とは限らない。ジャビ帝国という弱肉強食の環境が、彼らを傲慢で邪悪な性格に変えているのかも知れない。
いや、あるいは生まれつきの本能がトカゲをそうさせているのだろうか。だとしたら、トカゲ族と人間のどちらか一方が滅び去るまで戦いは続くだろう。それが自然の掟だとしたら悲しいものだ。すでに月は大きく傾き、リフレ湖に沈もうとしている。レイラは血の滲んだからだを、そっと川の水で洗い清めた。