ロマラン国から戻ると、王国農場にアカイモの植え付けを開始した。アルカナの農場では、冬に小麦の種を蒔いて春に収穫している。春から冬の間は乾燥に強いスイカやかぼちゃなどの作物を植えている。春蒔きの二割ほどでもアカイモに切り替えれば、食料事情はかなり改善するだろう。
「ミック、アカイモの栽培事業はどこまで進んでいる?」
「はい、先日、王国農場の小作農民を集めて、ロマランより招いた技術者からアカイモの栽培法を学習させました。今は、植え付けのための準備を進めております。また、これまで仕事が無かったスラムの人々を新たな小作労働者として採用して、新たな土地にアカイモ専用の畑を開墾させております」
「アカイモは?せた土地でも育つので、まずは焼き畑で十分だろう。農地として整えるのは後でもいい」
「わかりました」
「それと話は変わるが、王立銀行の準備状況はどうだ?」
「はい、王立銀行の建物は城の隣にある王家の別邸を改造して利用いたしますが、すでに内部の工事はほぼ完了しております。巨大な金庫も設置いたしました。また、銀行券の印刷も進んでおります」
「ルミアナに依頼してある銀行券のサンプルを見せてくれないか?」
金貨と違って紙幣は紙に印刷するだけなので偽造されやすい。そこで普通に印刷機で紙幣を印刷したあと、ルミアナに作ってもらった魔法のインクを使って上からさらに王立銀行の紋章を印刷し、光にかざすと紋章がきらめく仕掛けを施した。サンプルを一枚手に取って良く見たが、部屋の明かり程度でも紋章がキラキラと虹色にきらめいて見えた。
「なるほど、これなら偽造はできないだろう。それに幻惑の効果もあって、紙でできたおカネにもかかわらず、とても魅力を感じるな」
「左様でございますね。これで銀行券の準備も問題ありません。ところで、王立銀行の設立は、具体的にどのような手順で始めればよろしいのでしょうか」
「まず、おカネに関する法律を布告する。内容は『これまでの王国の金貨と同様に、王立銀行の銀行券を新たなおカネと定めて、王国がその価値を保証する』というものだ。もちろん、王立銀行において銀行券と金貨は交換が可能だから、価値が保証されていると言える。その代わり、銀行券を使った支払いに応じない場合は罰する」
「なるほど、銀行券を金貨や銀貨と同じように扱いなさい、と法律で定めるわけですね」
「そうだ。それを『法定通貨』と呼ぶ。とはいえ、法律で定めただけでは銀行券を使う人は限られてしまう。だから多くの国民が普通に銀行券を使う環境を作り出す必要がある。王国が率先して銀行券による取引を行なえば、自然に銀行券は世の中に広まってゆく。
そこで注目すべきなのが、王国が販売している穀物だ。王国は王国農場で穀物を生産したり、あるいは税として農民から穀物を徴収している。その量は膨大だ。そして王国はそれらの穀物を市場で売っている。つまり、国内で取引される穀物の大部分は王国政府が販売しているのだ。
そこで、王国政府が小麦などの穀物を売る場合、金貨ではなく銀行券での支払いを求める。そうすれば、多くの人々が銀行券を必要とするようになる。銀行券は王立銀行で金貨や銀貨を預金すれば手に入る。逆に、もし金貨や銀貨が必要なら、銀行券を持ち込めば引き出すことができる」
「なるほど、国民たちに強制的に銀行券を使わせるのではなく、使う必然性があれば自然と使うようになるのですね。そうすれば、国民たちも自発的に金貨を銀行券に交換するようになる。自発的に預金するようになるのですね」
「そうだ。これまでの金貨と同じように、銀行券と引き換えに王国が穀物を売るのだから、銀行券の信用が高まるのは当然だ。しかも銀行券が無ければ穀物が買えない。それでも最初のうちは銀行券を信用しない人もいるだろうから、銀行券を持ったらすぐに王立銀行へ行って金貨を引き出すかもしれない。が、銀行券を使うことに慣れてくれば信用が高まり、いちいち金貨に交換することもなくなる」
「なるほど、信用とは『慣れ』なんですね」
「そうだ。信用とは慣れに基づいている。紙のおカネだから信用がない、金貨だから信用がある、というのは思い込みに過ぎない。使い慣れれば、どんなおカネも信用が生じる。
そして次のステップとしては、王国政府が兵士や使用人に給料として支給している穀物、あるいは城に出入りする職人や商人に支払っている金貨や銀貨を銀行券に変える。つまり王国政府の支払いをすべて銀行券に変える。もちろん、受け取った人は、銀行券が嫌なら王立銀行へ行って即座に金貨に変えればよいだろう。しかし銀行券が金貨と同じように使えるとわかれば、いちいち金貨に変えることはなくなる」
「なるほど、これも慣れですね」
「そうだ。さらに、王国政府が商人などから集めている税金も銀行券で納めさせるようにする。いまは税収の大部分は農民から集める穀物などの現物だ。しかし工業や商業が活発になれば、税の多くがおカネで納められるようになるだろう。だから銀行券で納税させるようにすれば、ますます銀行券の信用が増す」
「よく考えられていますね。しばらくは金貨や銀貨と銀行券は並行して利用するのですか」
「そうだ。慣れるには時間が必要だからな。人々が銀行券を使うことに十分に慣れて、銀行券がおカネだと誰もが信じるようになれば、やがて金貨や銀貨を廃止することが可能になる。私の見てきた異世界では、金貨や銀貨を使う国などなかった」
「よくわかりました。では準備ができ次第、法律を布告することにいたします」
「よろしく頼みます」
ついに念願の王立銀行が稼働する。これで王国政府が財源に困ることは二度と無くなるだろう。これまでのアルカナ王国は、金や銀の産出量が少ないためにおカネの発行が自由に出来なかった。
だが、王立銀行の稼働により、金や銀の産出量に縛られることなく、国家運営に必要なおカネを発行することができるのだ。もちろん金貸し商から王国がおカネを借りる必要もない。王立銀行のおかげで、国家が借金で苦しめられることは二度とないのだ。
「ミック、アカイモの栽培事業はどこまで進んでいる?」
「はい、先日、王国農場の小作農民を集めて、ロマランより招いた技術者からアカイモの栽培法を学習させました。今は、植え付けのための準備を進めております。また、これまで仕事が無かったスラムの人々を新たな小作労働者として採用して、新たな土地にアカイモ専用の畑を開墾させております」
「アカイモは?せた土地でも育つので、まずは焼き畑で十分だろう。農地として整えるのは後でもいい」
「わかりました」
「それと話は変わるが、王立銀行の準備状況はどうだ?」
「はい、王立銀行の建物は城の隣にある王家の別邸を改造して利用いたしますが、すでに内部の工事はほぼ完了しております。巨大な金庫も設置いたしました。また、銀行券の印刷も進んでおります」
「ルミアナに依頼してある銀行券のサンプルを見せてくれないか?」
金貨と違って紙幣は紙に印刷するだけなので偽造されやすい。そこで普通に印刷機で紙幣を印刷したあと、ルミアナに作ってもらった魔法のインクを使って上からさらに王立銀行の紋章を印刷し、光にかざすと紋章がきらめく仕掛けを施した。サンプルを一枚手に取って良く見たが、部屋の明かり程度でも紋章がキラキラと虹色にきらめいて見えた。
「なるほど、これなら偽造はできないだろう。それに幻惑の効果もあって、紙でできたおカネにもかかわらず、とても魅力を感じるな」
「左様でございますね。これで銀行券の準備も問題ありません。ところで、王立銀行の設立は、具体的にどのような手順で始めればよろしいのでしょうか」
「まず、おカネに関する法律を布告する。内容は『これまでの王国の金貨と同様に、王立銀行の銀行券を新たなおカネと定めて、王国がその価値を保証する』というものだ。もちろん、王立銀行において銀行券と金貨は交換が可能だから、価値が保証されていると言える。その代わり、銀行券を使った支払いに応じない場合は罰する」
「なるほど、銀行券を金貨や銀貨と同じように扱いなさい、と法律で定めるわけですね」
「そうだ。それを『法定通貨』と呼ぶ。とはいえ、法律で定めただけでは銀行券を使う人は限られてしまう。だから多くの国民が普通に銀行券を使う環境を作り出す必要がある。王国が率先して銀行券による取引を行なえば、自然に銀行券は世の中に広まってゆく。
そこで注目すべきなのが、王国が販売している穀物だ。王国は王国農場で穀物を生産したり、あるいは税として農民から穀物を徴収している。その量は膨大だ。そして王国はそれらの穀物を市場で売っている。つまり、国内で取引される穀物の大部分は王国政府が販売しているのだ。
そこで、王国政府が小麦などの穀物を売る場合、金貨ではなく銀行券での支払いを求める。そうすれば、多くの人々が銀行券を必要とするようになる。銀行券は王立銀行で金貨や銀貨を預金すれば手に入る。逆に、もし金貨や銀貨が必要なら、銀行券を持ち込めば引き出すことができる」
「なるほど、国民たちに強制的に銀行券を使わせるのではなく、使う必然性があれば自然と使うようになるのですね。そうすれば、国民たちも自発的に金貨を銀行券に交換するようになる。自発的に預金するようになるのですね」
「そうだ。これまでの金貨と同じように、銀行券と引き換えに王国が穀物を売るのだから、銀行券の信用が高まるのは当然だ。しかも銀行券が無ければ穀物が買えない。それでも最初のうちは銀行券を信用しない人もいるだろうから、銀行券を持ったらすぐに王立銀行へ行って金貨を引き出すかもしれない。が、銀行券を使うことに慣れてくれば信用が高まり、いちいち金貨に交換することもなくなる」
「なるほど、信用とは『慣れ』なんですね」
「そうだ。信用とは慣れに基づいている。紙のおカネだから信用がない、金貨だから信用がある、というのは思い込みに過ぎない。使い慣れれば、どんなおカネも信用が生じる。
そして次のステップとしては、王国政府が兵士や使用人に給料として支給している穀物、あるいは城に出入りする職人や商人に支払っている金貨や銀貨を銀行券に変える。つまり王国政府の支払いをすべて銀行券に変える。もちろん、受け取った人は、銀行券が嫌なら王立銀行へ行って即座に金貨に変えればよいだろう。しかし銀行券が金貨と同じように使えるとわかれば、いちいち金貨に変えることはなくなる」
「なるほど、これも慣れですね」
「そうだ。さらに、王国政府が商人などから集めている税金も銀行券で納めさせるようにする。いまは税収の大部分は農民から集める穀物などの現物だ。しかし工業や商業が活発になれば、税の多くがおカネで納められるようになるだろう。だから銀行券で納税させるようにすれば、ますます銀行券の信用が増す」
「よく考えられていますね。しばらくは金貨や銀貨と銀行券は並行して利用するのですか」
「そうだ。慣れるには時間が必要だからな。人々が銀行券を使うことに十分に慣れて、銀行券がおカネだと誰もが信じるようになれば、やがて金貨や銀貨を廃止することが可能になる。私の見てきた異世界では、金貨や銀貨を使う国などなかった」
「よくわかりました。では準備ができ次第、法律を布告することにいたします」
「よろしく頼みます」
ついに念願の王立銀行が稼働する。これで王国政府が財源に困ることは二度と無くなるだろう。これまでのアルカナ王国は、金や銀の産出量が少ないためにおカネの発行が自由に出来なかった。
だが、王立銀行の稼働により、金や銀の産出量に縛られることなく、国家運営に必要なおカネを発行することができるのだ。もちろん金貸し商から王国がおカネを借りる必要もない。王立銀行のおかげで、国家が借金で苦しめられることは二度とないのだ。