俺はアルカナの命運を左右するほど重要な国家制度を説明するため、会議を招集した。会議には主だった大臣と仲間たちに出席してもらった。
「本日皆さんに集まってもらったのは、私がアルカナに設立を考えている『王立銀行』について説明するためだ」
一同は顔を見合わせた。ミックが言った。
「陛下、銀行とは何でしょうか?」
「銀行とは、おカネを発行するところだ。アルカナに王立銀行を設立して、おカネを自由に発行できるようにする」
「しかし陛下、金貨や銀貨のおカネは今でも王国政府が発行しておりますが」
「確かに金貨や銀貨は王国政府が発行している。だが金貨や銀貨は、アルカナで産出される金や銀の量によって発行できる量が決まってしまう。金や銀が無ければ、必要に応じて自由におカネを発行することはできない。それがこの先、大きな問題になるはずだ。そこで王立銀行を設立して自由におカネを発行できる体制を整える」
「その王立銀行とやらを設立しても、金や銀がなければ、やはり自由におカネを発行することはできないのでは?」
「確かにこれまでの常識で考えれば、金や銀が無ければおカネは発行できない。そこで紙でおカネを作ることにする。紙に金額を印刷した紙幣、『銀行券』を作る。紙でおカネを作れば、いくらでもおカネを作ることができる」
財務大臣のヘンリーが軽蔑のまなざしを向けた。
「金や銀の代わりに紙でおカネを作るですと?紙に印刷されたおカネなど、誰も信用しませんぞ。子供でも分かる話です。陛下は何を血迷われたのですか」
ミックが身を乗り出した。
「もしや、それは陛下が以前に仰っていた神の啓示なのですか?」
ヘンリーが、いぶかしげに言った。
「神の啓示ですと?何ですか、それは」
俺は疑われることがないように、確信を持った口調で言い切った。
「ミックの言う通りだ、それは神の啓示によってもたらされた知識だ。このことは城内の者でも、ごく近しい者しか知らない。私が五日間のこん睡状態にあったことはご存じの通りだ。死の淵を彷徨っていた五日間の間に私は夢を見た。この世界とは別の『異世界』の夢だった。異世界はこの世界よりはるかに文明が進んでいた。その夢の中で私は多くの知識を得た。そして私は生き返った。私は確信した。これは神の啓示に違いないと」
ヘンリーが馬鹿者でも見るような目つきで言った。
「夢のお話ですか。それで、その夢で見た世界では、紙のおカネを使っていたのですか」
「その通りだ。金貨や銀貨というおカネの仕組みは廃れ、とうに消え去っていた」
ヘンリーは苦々しい顔で俺を見た。
「紙のおカネを使うなど、いくら陛下のお話でも、そんな話は信じられませんな」
「それはそうだろう。私も最初は信じられなかったからな、だが、よく考えてみると銀行という仕組みは実に巧妙であることがわかったのだ」
ミックは俺の話を信用し、真剣な表情で言った。
「銀行とはどのような仕組みなのでしょうか」
「夢で見た異世界の銀行制度は非常に複雑なしくみだった。しかし初期の頃の銀行、つまり世界に銀行というものが誕生した頃のしくみは単純だった。銀行を知るには、まず銀行が誕生した経緯を理解することが手っ取り早いだろう」
会議場は俺の話を聞こうと、再び静まり返った。
「異世界での銀行はどのようにして誕生したのか。銀行が誕生する以前の世界は、今のアルカナと同じように、おカネは金貨や銀貨のような硬貨だった。経済活動が活発になるにつれて、世の中にはお金持ちが増えてきた。お金持ちは金貨や銀貨を大量に所有している。しかし大量の金貨や銀貨を自宅に保管していると、盗まれたり強盗に襲われる危険性がある。そこで、武装した兵士に守られた警備の厳重な金庫に、金貨や銀貨を預けた方が安全だと考えた。
そうしたニーズを受けて、銀行という『金貨や銀貨の預かり所』ができた。銀行は預金者から金貨や銀貨を預かって金庫に保管し、預かった証として証明書を渡した。この証明書は紙で作られている。この証明書が後に銀行券と呼ばれるようになり、それが紙のおカネになったのだ。
例えば預金者が金貨百枚を預けたら、金貨百枚に相当する金額の銀行券を預金者に渡す。そして預金者が銀行に預けた金貨や銀貨を引き出したいと希望すれば、その銀行券を銀行に持ち込めば、いつでも金貨や銀貨と交換することができる。これがもっとも基本的な銀行の仕組みだ」
ミックが言った。
「金貨や銀貨を銀行に預けた際に渡される『預かり証明書』が銀行券ということですね」
「そうだ。やがて金貨や銀貨の代わりに、人々はこの銀行券をおカネの代わりに使い始めた。なぜなら金貨や銀貨よりも銀行券の方が軽くて持ち運びに便利だったからだ。しかも金貨や銀貨が必要なら、この銀行券があればいつでも交換できる。つまり銀行券は価値が保障されている。
だから、やがて人々は金貨や銀貨を持ち歩かず、もっぱら紙でできた銀行券を持ち歩いて買い物や取引をするようになった。やがて金貨や銀貨は銀行の金庫に預けっぱなしで、金貨や銀貨は取引にほとんど使われなくなった。こうして金貨や銀貨は廃れたんだ」
ミックが感心したように言った。
「なるほど、銀行券を銀行に持参すると、同額の金貨や銀貨を引き出すことができるから、紙のおカネである銀行券に金貨や銀貨と同じ価値があると信じられたわけですね。そうなると、金貨や銀貨を使う必要はなくなったわけですね」
それまで黙って話を聞いていたルミアナが口を挟んだ。
「これまでの説明だと、あくまでも銀行は預かった金貨や銀貨の証明として銀行券、つまりおカネを発行していますね。ということは、金貨や銀貨がなければ、やっぱり自由におカネを発行することはできないのではないでしょうか」
「確かにその通りだ。ところがここに驚きの仕掛けがある。金貨や銀貨を預からずに銀行券を発行しても問題が生じないのだ」
「え、それはどういうことでしょうか」
多くの出席者はキツネにつままれたような表情になった。俺はつづけた。
「なぜ金貨や銀貨を預からずに銀行券を発行しても問題が生じないのか。それは金貨や銀貨を銀行に引き出しに来る人がほとんど居ないからだ。金貨や銀貨は銀行に預けっぱなしになっている。だから、金貨や銀貨と無関係に銀行券を発行しても問題が生じない。
例えば、金貨や銀貨を預からずに銀行券だけを発行すれば、預かっている金貨や銀貨の総額よりも銀行券の総額の方が大きくなる。その状態で、もしすべての人が一斉に金貨や銀貨を引き出しに来れば、金貨や銀貨の量が足りなくて引き出しに応じられなくなる。異世界ではこれを『取り付け騒ぎ』と呼ぶ。
しかし実際にはすべての人が同時に金貨や銀貨を引き出しに来ることはあり得ない。預けっぱなしだ。だから金貨や銀貨とは無関係に銀行券を発行しても問題が発生することはない。この仕組みを『信用創造』というんだ」
ヘンリーはほとんど必死になって机をたたいた。
「とんでもない、陛下は異世界で犯罪を勉強してきたのか。国民から金貨や銀貨を巻き上げて紙のおカネを渡そうとしている。しかも金貨や銀貨を預かってもいないのに、銀行券を発行する。これは詐欺行為ですぞ」
「良く考えることだ。確かに詐欺行為かも知れないが、異世界ではどの国もこぞって銀行制度を採用していた。金貨や銀貨を使う国など、どこにもない。銀行制度を採用することによって、金や銀の量に縛られることなく自由におカネを増やせたことで、異世界では多くの国が発展した。つまり銀行制度こそアルカナ発展のカギになるのだ」
興奮が収まらないヘンリーを一瞥してから、ミックが言った。
「なるほど、金や銀の少ない我が国にとっては最適の制度かもしれません。ところで、銀行が信用創造で発行したおカネはどのように利用するのでしょうか。何かを買い入れるのでしょうか」
「銀行が新たに発行した銀行券でモノを買ってはいけない。あくまでも貸出として使うのだ。なぜなら、貸し出した銀行券は返済によって戻ってくるが、支払った銀行券は戻ってこないからだ。貸し出した銀行券がすべて戻ってくれば、取り付け騒ぎが起きることはない。しかし支払いに使った銀行券は戻ってこないので、取り付け騒ぎを起こすリスクが高まる。だから『原則的に』銀行はおカネを発行して貸すのだ」
「少々話がややこしくなってきましたが、銀行がおカネを発行して貸すことはわかりました」
「ここが誤解を生みやすいところだから繰り返すが、銀行は預金者の預けた金貨や銀貨を貸すのではない。あくまでも、信用創造で銀行券を発行して、それを貸し出して利息を稼ぐ。これが銀行の基本的な仕組みだ」
「しかし銀行制度はこの世界にこれまでなかった仕組みですし、誰も聞いたことすらありません。うまく行くでしょうか」
「導入のためのプランはすでに考えてある。もちろん周到な準備とそれなりの時間が必要になる。だから、すぐにでも準備を始めたいと思う」
「それにしても、なぜ陛下はおカネを自由に発行したいと考えるのでしょうか?」
「その理由はいろいろあるが、長くなるのでまた別の機会にしよう。ただし、一つだけ説明しよう。国家がおカネを発行する理由は、国家運営を円滑に執り行うためだ」
「国家運営のため?」
「すでに周知のようにアルカナ国の財政は火の車である。このままでは国を発展させたり、外国からの侵略に備える事に支障をきたしかねない。実際、今回のアルカナ川工事の費用を調達するにも、金貸し商からの借金に依存せざるをえなかった。だから王立銀行を設立して、そこからおカネを調達すれば、金貸し商から借金する必要がなくなる。それにより、心置きなく国家の課題に取り組むことができる」
財務大臣のヘンリーが言った。
「なんと、王立銀行を作ることで、金貸し商からカネを借りることを止めるのですか」
「そのとおりだ。ヘンリーも常日頃から『王国の借金がー、王国の借金がー』と嘆いていたから、もう二度と金貸し商からカネを借りる必要がなくなって安心だろう」
「それは・・・」
言葉に窮しているヘンリーを横目に、ミックが言った。
「なるほど、銀行制度にすれば『おカネが足りないから重要な国家政策ができなくなる』という、愚かな事態がなくなるわけですね。それはすごいことです。これまでの常識を完全に覆すことができます」
キャサリンが言った。
「さすがはお兄様ですわ。やっぱり神の啓示はすごい知識なのです。『金や銀の産出量が少ない』というアルカナのおカネの問題が、ウソのように解決できますわね。おカネを発行するのに金も銀も必要ない。お兄様のおかげで、アルカナも無双国家へ向かって前進するのですわ」
さすがに、そこまで簡単にはいかないな。おカネなど、銀行制度さえ整えれば無限に発行できるにすぎない。そうなると本当に重要なのはおカネや財源の問題ではない。おカネの改革はアルカナを無双国家にするための最重要な政策ではあるが、それだけでは不十分なのだ。
会議で大きな異論は出されなかった。おそらく銀行の基本的な仕組みから説明したから、みんなが理解できたのだろう。一方、転生前の日本では、銀行制度の本質的な仕組みを理解している人は全国民の1パーセントにも満たない悲惨な状態だった。これでは経済のことなど国民に理解できるはずがない。
だから「財源がない」などとまことしやかな嘘をつくマスコミや官僚の、思うがままに操られるだけだったのだ・・・。
「本日皆さんに集まってもらったのは、私がアルカナに設立を考えている『王立銀行』について説明するためだ」
一同は顔を見合わせた。ミックが言った。
「陛下、銀行とは何でしょうか?」
「銀行とは、おカネを発行するところだ。アルカナに王立銀行を設立して、おカネを自由に発行できるようにする」
「しかし陛下、金貨や銀貨のおカネは今でも王国政府が発行しておりますが」
「確かに金貨や銀貨は王国政府が発行している。だが金貨や銀貨は、アルカナで産出される金や銀の量によって発行できる量が決まってしまう。金や銀が無ければ、必要に応じて自由におカネを発行することはできない。それがこの先、大きな問題になるはずだ。そこで王立銀行を設立して自由におカネを発行できる体制を整える」
「その王立銀行とやらを設立しても、金や銀がなければ、やはり自由におカネを発行することはできないのでは?」
「確かにこれまでの常識で考えれば、金や銀が無ければおカネは発行できない。そこで紙でおカネを作ることにする。紙に金額を印刷した紙幣、『銀行券』を作る。紙でおカネを作れば、いくらでもおカネを作ることができる」
財務大臣のヘンリーが軽蔑のまなざしを向けた。
「金や銀の代わりに紙でおカネを作るですと?紙に印刷されたおカネなど、誰も信用しませんぞ。子供でも分かる話です。陛下は何を血迷われたのですか」
ミックが身を乗り出した。
「もしや、それは陛下が以前に仰っていた神の啓示なのですか?」
ヘンリーが、いぶかしげに言った。
「神の啓示ですと?何ですか、それは」
俺は疑われることがないように、確信を持った口調で言い切った。
「ミックの言う通りだ、それは神の啓示によってもたらされた知識だ。このことは城内の者でも、ごく近しい者しか知らない。私が五日間のこん睡状態にあったことはご存じの通りだ。死の淵を彷徨っていた五日間の間に私は夢を見た。この世界とは別の『異世界』の夢だった。異世界はこの世界よりはるかに文明が進んでいた。その夢の中で私は多くの知識を得た。そして私は生き返った。私は確信した。これは神の啓示に違いないと」
ヘンリーが馬鹿者でも見るような目つきで言った。
「夢のお話ですか。それで、その夢で見た世界では、紙のおカネを使っていたのですか」
「その通りだ。金貨や銀貨というおカネの仕組みは廃れ、とうに消え去っていた」
ヘンリーは苦々しい顔で俺を見た。
「紙のおカネを使うなど、いくら陛下のお話でも、そんな話は信じられませんな」
「それはそうだろう。私も最初は信じられなかったからな、だが、よく考えてみると銀行という仕組みは実に巧妙であることがわかったのだ」
ミックは俺の話を信用し、真剣な表情で言った。
「銀行とはどのような仕組みなのでしょうか」
「夢で見た異世界の銀行制度は非常に複雑なしくみだった。しかし初期の頃の銀行、つまり世界に銀行というものが誕生した頃のしくみは単純だった。銀行を知るには、まず銀行が誕生した経緯を理解することが手っ取り早いだろう」
会議場は俺の話を聞こうと、再び静まり返った。
「異世界での銀行はどのようにして誕生したのか。銀行が誕生する以前の世界は、今のアルカナと同じように、おカネは金貨や銀貨のような硬貨だった。経済活動が活発になるにつれて、世の中にはお金持ちが増えてきた。お金持ちは金貨や銀貨を大量に所有している。しかし大量の金貨や銀貨を自宅に保管していると、盗まれたり強盗に襲われる危険性がある。そこで、武装した兵士に守られた警備の厳重な金庫に、金貨や銀貨を預けた方が安全だと考えた。
そうしたニーズを受けて、銀行という『金貨や銀貨の預かり所』ができた。銀行は預金者から金貨や銀貨を預かって金庫に保管し、預かった証として証明書を渡した。この証明書は紙で作られている。この証明書が後に銀行券と呼ばれるようになり、それが紙のおカネになったのだ。
例えば預金者が金貨百枚を預けたら、金貨百枚に相当する金額の銀行券を預金者に渡す。そして預金者が銀行に預けた金貨や銀貨を引き出したいと希望すれば、その銀行券を銀行に持ち込めば、いつでも金貨や銀貨と交換することができる。これがもっとも基本的な銀行の仕組みだ」
ミックが言った。
「金貨や銀貨を銀行に預けた際に渡される『預かり証明書』が銀行券ということですね」
「そうだ。やがて金貨や銀貨の代わりに、人々はこの銀行券をおカネの代わりに使い始めた。なぜなら金貨や銀貨よりも銀行券の方が軽くて持ち運びに便利だったからだ。しかも金貨や銀貨が必要なら、この銀行券があればいつでも交換できる。つまり銀行券は価値が保障されている。
だから、やがて人々は金貨や銀貨を持ち歩かず、もっぱら紙でできた銀行券を持ち歩いて買い物や取引をするようになった。やがて金貨や銀貨は銀行の金庫に預けっぱなしで、金貨や銀貨は取引にほとんど使われなくなった。こうして金貨や銀貨は廃れたんだ」
ミックが感心したように言った。
「なるほど、銀行券を銀行に持参すると、同額の金貨や銀貨を引き出すことができるから、紙のおカネである銀行券に金貨や銀貨と同じ価値があると信じられたわけですね。そうなると、金貨や銀貨を使う必要はなくなったわけですね」
それまで黙って話を聞いていたルミアナが口を挟んだ。
「これまでの説明だと、あくまでも銀行は預かった金貨や銀貨の証明として銀行券、つまりおカネを発行していますね。ということは、金貨や銀貨がなければ、やっぱり自由におカネを発行することはできないのではないでしょうか」
「確かにその通りだ。ところがここに驚きの仕掛けがある。金貨や銀貨を預からずに銀行券を発行しても問題が生じないのだ」
「え、それはどういうことでしょうか」
多くの出席者はキツネにつままれたような表情になった。俺はつづけた。
「なぜ金貨や銀貨を預からずに銀行券を発行しても問題が生じないのか。それは金貨や銀貨を銀行に引き出しに来る人がほとんど居ないからだ。金貨や銀貨は銀行に預けっぱなしになっている。だから、金貨や銀貨と無関係に銀行券を発行しても問題が生じない。
例えば、金貨や銀貨を預からずに銀行券だけを発行すれば、預かっている金貨や銀貨の総額よりも銀行券の総額の方が大きくなる。その状態で、もしすべての人が一斉に金貨や銀貨を引き出しに来れば、金貨や銀貨の量が足りなくて引き出しに応じられなくなる。異世界ではこれを『取り付け騒ぎ』と呼ぶ。
しかし実際にはすべての人が同時に金貨や銀貨を引き出しに来ることはあり得ない。預けっぱなしだ。だから金貨や銀貨とは無関係に銀行券を発行しても問題が発生することはない。この仕組みを『信用創造』というんだ」
ヘンリーはほとんど必死になって机をたたいた。
「とんでもない、陛下は異世界で犯罪を勉強してきたのか。国民から金貨や銀貨を巻き上げて紙のおカネを渡そうとしている。しかも金貨や銀貨を預かってもいないのに、銀行券を発行する。これは詐欺行為ですぞ」
「良く考えることだ。確かに詐欺行為かも知れないが、異世界ではどの国もこぞって銀行制度を採用していた。金貨や銀貨を使う国など、どこにもない。銀行制度を採用することによって、金や銀の量に縛られることなく自由におカネを増やせたことで、異世界では多くの国が発展した。つまり銀行制度こそアルカナ発展のカギになるのだ」
興奮が収まらないヘンリーを一瞥してから、ミックが言った。
「なるほど、金や銀の少ない我が国にとっては最適の制度かもしれません。ところで、銀行が信用創造で発行したおカネはどのように利用するのでしょうか。何かを買い入れるのでしょうか」
「銀行が新たに発行した銀行券でモノを買ってはいけない。あくまでも貸出として使うのだ。なぜなら、貸し出した銀行券は返済によって戻ってくるが、支払った銀行券は戻ってこないからだ。貸し出した銀行券がすべて戻ってくれば、取り付け騒ぎが起きることはない。しかし支払いに使った銀行券は戻ってこないので、取り付け騒ぎを起こすリスクが高まる。だから『原則的に』銀行はおカネを発行して貸すのだ」
「少々話がややこしくなってきましたが、銀行がおカネを発行して貸すことはわかりました」
「ここが誤解を生みやすいところだから繰り返すが、銀行は預金者の預けた金貨や銀貨を貸すのではない。あくまでも、信用創造で銀行券を発行して、それを貸し出して利息を稼ぐ。これが銀行の基本的な仕組みだ」
「しかし銀行制度はこの世界にこれまでなかった仕組みですし、誰も聞いたことすらありません。うまく行くでしょうか」
「導入のためのプランはすでに考えてある。もちろん周到な準備とそれなりの時間が必要になる。だから、すぐにでも準備を始めたいと思う」
「それにしても、なぜ陛下はおカネを自由に発行したいと考えるのでしょうか?」
「その理由はいろいろあるが、長くなるのでまた別の機会にしよう。ただし、一つだけ説明しよう。国家がおカネを発行する理由は、国家運営を円滑に執り行うためだ」
「国家運営のため?」
「すでに周知のようにアルカナ国の財政は火の車である。このままでは国を発展させたり、外国からの侵略に備える事に支障をきたしかねない。実際、今回のアルカナ川工事の費用を調達するにも、金貸し商からの借金に依存せざるをえなかった。だから王立銀行を設立して、そこからおカネを調達すれば、金貸し商から借金する必要がなくなる。それにより、心置きなく国家の課題に取り組むことができる」
財務大臣のヘンリーが言った。
「なんと、王立銀行を作ることで、金貸し商からカネを借りることを止めるのですか」
「そのとおりだ。ヘンリーも常日頃から『王国の借金がー、王国の借金がー』と嘆いていたから、もう二度と金貸し商からカネを借りる必要がなくなって安心だろう」
「それは・・・」
言葉に窮しているヘンリーを横目に、ミックが言った。
「なるほど、銀行制度にすれば『おカネが足りないから重要な国家政策ができなくなる』という、愚かな事態がなくなるわけですね。それはすごいことです。これまでの常識を完全に覆すことができます」
キャサリンが言った。
「さすがはお兄様ですわ。やっぱり神の啓示はすごい知識なのです。『金や銀の産出量が少ない』というアルカナのおカネの問題が、ウソのように解決できますわね。おカネを発行するのに金も銀も必要ない。お兄様のおかげで、アルカナも無双国家へ向かって前進するのですわ」
さすがに、そこまで簡単にはいかないな。おカネなど、銀行制度さえ整えれば無限に発行できるにすぎない。そうなると本当に重要なのはおカネや財源の問題ではない。おカネの改革はアルカナを無双国家にするための最重要な政策ではあるが、それだけでは不十分なのだ。
会議で大きな異論は出されなかった。おそらく銀行の基本的な仕組みから説明したから、みんなが理解できたのだろう。一方、転生前の日本では、銀行制度の本質的な仕組みを理解している人は全国民の1パーセントにも満たない悲惨な状態だった。これでは経済のことなど国民に理解できるはずがない。
だから「財源がない」などとまことしやかな嘘をつくマスコミや官僚の、思うがままに操られるだけだったのだ・・・。