「ルシアン様……あたくしたちはどうなるのでしょうか……」
「知らねえよ……考えたくもねえ……」
「早くここから出たいですわ……」

 収容施設に来てから、もう何日経ったのかわからない。
 いや、実際にはまだ数時間かもしれない。
 恐怖とショックとで、あたくしは時間の感覚がわからなくなっていた。
 ルシアン様もいつもの横柄な感じはなくなり、すっかりしょげてしまっている。
 処刑、死罪……という言葉が何度も頭の中を渦巻く。
 生きた心地がしないとはこのことだろう。
 鬱々としていたら、不意にルシアン様が立ち上がった。
 狭い室内であたくしを指出して叫ぶ。

「これも全部……シルヴィー! お前のせいだ!」
「はぁ!?」

 突然、あたくしが悪いと言い出した。
 いったい、この人は何を言っているの。
 なおもルシアン様は叫ぶ。

「お前が下手な詩を書くからこんな目に遭ったんだよ! 責任を取りやがれ!」
「下手ですって!? あたくしの詩が!? これ以上ないほど最高の詩だったじゃないですか!」
「だったら、王様の病気は治ったはずじゃねえか! 俺はお前のせいでここにいるんだぞ!」

 あろうことか、ルシアン様はあたくしのせいにしてきた。
 その後も、派手すぎて胃もたれする、だとか、お前みたいな凶暴な女は見たことがない、とか、身の程を弁えろとか、好き勝手言ってくる。
 暴言とともに、全ての罪をなすりつけられる気分だ。
 もう見過ごすことはできない。

「ルシアン様こそ、いつも偉そうにしているではありませんか!」
「なんだと! お前こそ……ぐあああっ!」

 ルシアン様に飛びかかったのをきっかけに、あたくしたちは取っ組み合いの喧嘩を始める。 今まで我慢してきたけど、ルシアン様は……いや、この男は本当に愚かで浅はかだ。
 常に横柄で偉そうな態度だし、あたくしを完全に見下している。
 下手に出てればいい気になりやがってええ。
 こんな人と婚約していたなんて、それこそ考えたくもない。
 しばらく殴り殴られ互いの身体がぼろぼろになったとき。
 扉の外から、わっと歓声が聞こえた。

「おい、みんな聞け! 王様の病気が治ったみたいだぞ!」
「あんなに苦しんでいたのが、綺麗サッパリ消えちまった!」
「もう大丈夫だってよ! よかった……よかったなぁ!」

 王様の病気が治った、苦しみが綺麗サッパリ消えた、もう大丈夫だ……といった、状況が好転したと思われる言葉が次々と聞こえてくる。
 こ、これは……どういう状況なの……?
 さっきまで危篤だったんじゃ……。
 あたくしとルシアン様は、殴るのも忘れて思わず手を止める。
 状況がわからず呆然としていたけど、徐々に頭がはっきりしてきた。

 ――王様は病気が治ったのだ!

 ルシアン様は震えながらあたくしに言う。
 考えずとも、震えの原因は喜びと嬉しさだとよくわかった。
 なぜなら、あたくしもそうだからだ。

「シ、シルヴィー、今の声を聞いたか?」
「え、ええ、聞いたに決まっておりますわ」

 二人で抱き合い喜びを爆発させる。

「「王様は……病気が治った!」」

 さっきまでの怒りや憎しみは、どこか遠くに行ってしまった。
 あたくしとルシアン様は互いに喜びを分かち合う。

「やったぞ、シルヴィー! 王様は命が救われたんだ!」
「奇跡ですわ! 天があたくしたちも救ってくれたのです!」

 なぜかはわからないけど、きっと奇跡が起きたのよ。
 これもあたくしの日々の行いが良いからね。
 毎日庶民や下級貴族どもの相手をした甲斐があったというもの。
 
「俺たちの罪はなかったことになるよな!」
「もちろんでございますわ! ここに連れてこられたのも間違いでしたのよ!」

 無事に生きているのなら、あたくしたちの罪も消滅するはず。
 だって、生きているのだから。
 これで暗殺未遂なんて馬鹿げた罪もなくなるでしょう。
 晴れて無罪放免。
 こんな惨めな部屋にいる謂れも所以もない。
 そう確信したとき、扉がガシャンッと勢いよく開いた。
 収容施設に連行した衛兵が次々と入る。
 あたくしとルシアン様を解放しに来たのだ。

「さあ、今すぐここから出してもらおうか」
「ミスで収容してしまうなんて、あなたたちはどんな罪に問われるのでしょうねぇ」

 衛兵たちは何も言わない。
 自分の犯した間違いを心の中で反省しているようね。
 まぁ、床に這いつくばって謝れば許さないことも……。

「こいつらを取り押さえろ!」
「「えっ……ど、どういう……!?」」

 あろうことか、衛兵はあたくしとルシアン様を床に押しつける。
 激しく顔をぶつけた。
 謝罪の言葉をかけられることもなく、あっという間にぐるぐると縄で縛られ、身動きが取れなくなってしまった。
 突然のことに混乱してしょうがない。

「ダングレーム家の人間に向かって、よくもこんな手荒な真似ができたな! お前らを訴えてやるぞ!」
「そうよ! 今すぐ解放しなさい! ここから出すの!」

 ルシアン様と一緒に叫ぶ。
 てっきり解放されると思っていたのに、逆に縛られるなんてぬか喜びさせられた気分だ。
 絶対に許せない。

「解放するわけがないだろ。お前たちのせいで王様は死ぬところだったんだぞ」

 再確認するように言われた。
 心臓がドキリと鼓動する。

「だ、だから、それはもういいでしょうがっ。病気は治ったのだからっ」
「お前たちがポーラ嬢を不当に婚約破棄して追い出したことも明らかになっているぞ。これから裁きの時間が始まる。覚悟しろ」
「「なっ……!」」

 衛兵は淡々と告げる。
 ま、まずい……お義姉様の件まで明らかにされてしまった。
 正当な理由がない婚約破棄は重い罪に問われる。
 家からの追い出しもまたしかり。
 王様の一件も合わせると、いったいどれほどの罪になるのだ。
 心がひんやりし始めたとき、衛兵の予期せぬ言葉が耳に飛び込んだ。

「王様は……ポーラ嬢が救ってくださったんだよ! あの方がいなかったら、今ごろ王国は大変なことになっていただろうな」

 やけに静かに聞こえた。
 耳を通ったものの、理解するまで少し時間がかかった。
 王様、ポーラ嬢、救って……。
 単語が途切れ途切れに反響する。
 要約すると、それはつまり……。

 ――あたくしはお義姉様に命を救われたということ? ずっと小馬鹿にしてきたお義姉様に?

 そう自覚した瞬間、かつてないほどの怒りが心の底からわき上がる。

「そんなはずはないでしょうがあああ!」
「「おい、暴れるな! こいつを取り押さえるんだ!」」

 興奮と怒りが身を焦がす。
 衛兵たちがあたくしを床に押さえつける。
 ふざけんじゃないわよ、あたくしはこんなところで終わる人間ではない。
 偉い貴族と結婚するんだから。
 抵抗するも徐々に呼吸が苦しくなる。
 まだよ……まだ……ここから……。
 ぱたりと、あたくしは意識を失った。